第20話


 ***

 

「アルファリーダーより各機、地上部隊より航空支援要請」

「了解、対地攻撃は私たちが受け持つ。予備軍は対空援護を」

 王立空軍より一方的に通達され、その後暫くして予備軍の指揮系統からも追認の形で発表された正規予備両軍の共同作戦。

 共同作戦とは名ばかりの付け焼刃の作戦だが、それでも一応の成功は収めていた。

 空での戦闘は連邦王国優位に進行。

 当然、今までモンスターしか撃ってこなかった人間にいきなり人の乗る敵機を墜とせと言って出来る訳も無いが、それを補って余りあるほどに王立空軍の数はこの戦場において圧倒的だった。母艦の搭載する12個飛行隊の内訳は、欠員を考慮しても8個飛行隊50機近くの戦闘艇と4個飛行隊30機近くの攻撃機。存在だけで、十分な脅威となる。

 もとが砲火力重視の戦力編成だったのも幸いした。

 相手との駆け引きの末、照準器で狙いをつけて引き金を引く必要のある戦闘艇とは違い、爆装した攻撃艇や艦隊の砲火力は、大雑把に指示通りの空域や地域に向けて手順通り投下、或いは砲撃すれば、性能通りの戦果を達成する。一瞬の躊躇い、無意識の抵抗。王立空軍が敵軍を相手どる上で圧倒的なハンデとなりうるそれらも、この戦いにおいては致命傷とはなりえない。

 直接は戦力となりにくい王立空軍の戦闘艇も、予定より精密さが求められるようになった艦砲の観測手として戦線を支える。

 そして、レンツ戦闘飛行隊と航空予備軍の戦闘艇部隊は、殺傷範囲の広い爆撃や艦砲射撃では困難な近接航空支援。

 王立空軍の参戦で圧倒的優勢となった空と異なり、予備軍しかいない地上は未だ優勢とは言い難い。戦闘空域のあちこちに駆け付け、味方の対空支援、或いは共和国軍の地上戦力への対地攻撃で地上の戦線を支える。

「目標を確認、攻撃に移る」

 遠く見える空では制圧艦数隻に護衛された巡航艦が砲撃を行い、低空に侵入した強襲艦がその多目的甲板に備えた多連装ロケット砲をはじめとする対地装備で敵軍をひき潰してゆく。

 予備軍の主兵力が対地攻撃能力に優れない20ミリ機関砲を主砲とするヴェスペ低高度仕様だったためか、共和国軍の対空防御は薄い。味方に被害を出すことなく敵の車列を殲滅。敵の航空機が駆けつける前に離脱。確実に戦果を積み上げてゆく。

 ただ、共和国軍も黙って被害を増やし続ける訳に行かないのも道理。

 戦線の奥に横たわる山地。その陰から、葉巻型の巨体が姿を現す。

 単胴の飛行船。背の低い艦橋。船体上面の艦橋前に鎮座する二基の三連装砲塔。

 マストにたなびくのは、共和国の軍艦旗。紛れもない、共和国軍の大型戦闘艦。

 二基の砲塔が旋回し、砲身が持ち上がる。計六門の砲が、戦闘艇部隊の方を睨む。

「全機、ブレイク!」

 操縦桿を叩きこみ、旋回。スラスタも噴射して空を蹴るように加速。

 弾けるように編隊が散会した直後、その空間で砲弾が炸裂する。

 放射状にまき散らされる砲弾片。

 逃げ遅れて破片の掠めた予備軍機数機が炎上し、空に白いパラシュートが咲く。

 これでも恐らく、対地攻撃用の通常の榴弾。無数の子弾を含んだ対空榴弾ならば、被害はこれでは済まなかったはず。

「シエラリーダーよりコマンド、敵艦を確認。座標転送」

 操縦桿を握る手に、汗が滲む。

「規模は巡航艦クラスと推定。数は1、護衛艦は無し」

 単艦で運用できない規模の艦種ではないが、こちらの艦隊の規模を考えると護衛、或いは僚艦を伴っているのが自然。それが無いという事は、恐らく近隣の港湾施設から急行させた艦か。

「コマンドよりシエラリーダー、了解。交戦はせず、現空域にて観測を、」

 声が途切れる。耳障りな雑音が混ざった後、相手が変わった。中年の男の声。

 第十七航空団司令、フォルカー・アルノルト。

「命令変更。既に艦隊は複数の敵艦と交戦中だ。悪いがそちらまで面倒を見る余裕はない。レンツ戦闘飛行隊は現有戦力でもって敵艦を撃沈せよ」

 続く言葉は、試すような響きだった。

「君たちが始めた戦いなんだ。多少は骨を折ってくれたまえ」

 マイクを置く音が響く。異論は認めないと言うように。

 飛行服で手の汗をぬぐい、操縦桿を握り直す。

「シエラリーダーより各位」

 機体総数は17機。予備軍の低高度仕様機が12機に、通常仕様が4機、火力支援型が1機。

 火力が足りるのかは分からない。装甲部位に20ミリ機関砲はほぼ無力だろう。50ミリ、或いは88ミリ砲でも、装甲を貫けるのかは未知数。だが。

「敵巡航艦を優先攻撃目標に設定」

 レンツ戦闘飛行隊が退けば、残されるのは陸空の予備軍だけ。

 予備軍に任せるわけにはいかない。この戦争は、王立軍の戦争でなければならないのだから。

 これが終わった後、胸を張って彼女の前に立つには。

「この艦は、私たちが沈めます」

 

 

 轟音が飛行帽越しに鼓膜を叩く。

 コックピット外の視界を埋め尽くす黒煙。それを抜けると、眼前に現れるのは巨大な砲塔。

 その上面へ機首を向け、発砲。砲塔の上に据えられた二基の対空機関砲を、20ミリ機関砲で薙ぎ払って沈黙させる。

 巡航艦。それ自体はユナたちにとって、全く新しい敵だ。

 厚い装甲に、ハリネズミのような対空砲。半径数十メートルを砲弾片で塗り潰す主砲。

 顎から放たれるブレスと手足の爪、後は精々尻尾にさえ気を付ければよい竜種とは違い、全方位、どこにいても大小無数の対空火器がこちらを狙って来る。

 最も小さい機関銃のような対空砲でさえ、戦闘艇にとっては十分な脅威。火竜のブレスを想定した申し訳程度の断熱装甲は、銃弾に対しては何の防御力も持ち合わせない。

 だが逆に、その鈍重さもまた竜種とは比べ物にならない。

 ヴェスペの設計思想は何だったか。

 遠距離では回避困難なブレス。一撃離脱を許さない、竜種の迎撃性能。

 それに対する答えは、極近距離戦。避けられないのなら、当てられない程近づけばいい。鱗を撃ち抜けないのなら、撃ち抜けるまで近づけばいい。

 この論理は、巡航艦相手にも通用する。

 艦艇の対空砲は、遠距離から接近する敵を想定して設計されている。いかに任意の方角に、最大火力を投射するか。接近する敵機に、いかに射線を集中させるか。その弾幕の中、接近しつつ照準を定め、砲撃して、離脱する。被弾即炎上の戦闘艇にとっては不可能だ。

 ただ、それは十分な距離があるのならばの話。艦から数メートル十数メートルの極近距離。そこまで肉薄されることは、想定していない。そこまで近づけば、航空機側もまともに機動が出来るはずが無いのだから。極近距離での格闘戦に特化した機体でもない限り。

「シエラファイブ、左舷副砲を撃破」

「シエラセブン、艦尾対空砲の掃討を完了!」

 そして、攻撃せず肉薄すればよいだけならそれはそう難しくない。

 飽和攻撃。ハリネズミのようとは言え対空砲は有限であり、そして射撃管制を行っているのも人間だ。全機合わせて十七機。それを全て把握し、各砲に指示を出し、全機に対して効果的な弾幕を張る事など不可能。本来の能力を発揮できていない弾幕の合間を縫って飛ぶのは、戦闘艇の機動性をもってすれば不可能ではない。

「アルファリーダーよりシエラリーダー、敵艦の射撃管制装置を優先的に」

「了解っ」

 敵艦の船体から数メートルの距離を這うように飛行。ずらりと並んだ対空砲がヴェスペを追うが、砲身が旋回するより機体の移動の方が早い。曳光弾で可視化された射線は、数秒遅れて虚空を撃ち抜く。

 側面を伝って飛行し、上甲板へ。出迎えるのは、待ち構えたようにこちらに砲身を向ける二基の副砲。考えるより先に操縦桿を叩きこみ、スラスタで跳ねる様に背面へ上昇する。動きを負いきれなかった副砲が発砲。ほぼ同時に、50ミリ砲を撃発。副砲塔の薄い天板を撃ち抜いた徹甲弾が炸裂し、砲党内の弾薬に誘爆。弾薬庫が繋がっていたのかもう一方の副砲塔もろとも吹き飛び、その跡から鮮やかな火柱が上がる。

「右舷副砲、残り一基」

 それを処理すれば敵の大口径対空砲は全て潰したことになるが、欲を出しては死に急ぐ。今この場では、速度こそが最大の盾。残る一機を潰すために留まれば、対空機関砲の的となる。

 副砲は他の機体に任せ、そのまま艦橋を伝い上昇。艦橋を撃つように設計された対空砲は無いため、当然追ってくる射線は無い。

 艦橋先端を超えたところで、反転。眼前に現れるのは、前方と後方に二基ずつの三連装砲に、無数の対空砲を備えた巡航艦の全容。そして、その砲を打つための目となる射撃指揮装置。

 細かい狙いをつけられないFCSは既に切っている。50ミリ砲は正面を向けて固定。スラスタを噴射して、機体ごと照準を定める。

 トリガ。20ミリ機関砲の反動をスラスタで押さえつけ、50ミリ砲を射撃。

 一発、二発、三発。

 四発目で、ようやく巨大な管制装置がぐらりと傾く。少し抗うように踏み止まった後、糸が切れたように崩落。傍らにあった小さな管制装置も巻き込んで地上へ落ちてゆく。

「シエラリーダーよりアルファリーダー、敵管制装置を破壊」

「了解」

 距離を取って飛び交う予備軍機へ向けられていた弾幕、それが明らかに統率を失う。

 管制系統が切り替わるまでの一瞬の間。

 しかし、この戦場で戦い続けてきた予備軍はそれを見逃さない。

「アルファリーダーより各機、攻撃を開始する」

 十二機の戦闘艇が、一斉に巡航艦に押し寄せる。全機が無事にとはいかない。一基、二基と炎を引いて墜ちてゆくが、それでも精々数機まで。

 そしてやはり、肉薄さえしてしまえば戦闘艇が圧倒的有利。足掻くように振り回される射線も、非空力的な機動で飛び回る戦闘艇の動きを読み切れず空を切る。

 ひとつ、またひとつと装甲に守られていない対空砲を20ミリ機関砲が沈黙させる。ワイヤーアンカーも使って飛ぶ予備軍機が、抗う対空砲を翻弄する。

 船体上面の武装が破壊しつくされるまで、そう時間はかからない。一機二機では到底不可能な数だが、十七機分の弾薬があれば

 厚い装甲を持つ砲塔に納められた主砲はどうしようもないが、艦橋上部の管制装置を破壊した以上効果的な砲撃は困難。

 敵兵装の無力化には成功。続けて。

「イレーネ」

「了解。残弾7、FCS、異常なし」

 戦闘艇の中で最大の口径、最大の貫通力を持つ火力支援型の88ミリ砲。それがほぼ真上から巡航艦の上甲板に向けられる。

 浮揚ガスの浮力で空に浮かぶ飛行船は、重量が大きな制約となる。

 そのため、大きな重量を占める砲塔と装甲は、基本的に両立されない。圧倒的な気嚢の大きさを誇る戦艦級でもない限りは。

 この巡航艦は、三連装砲塔が四基、副砲塔が多数。連装砲塔を四基持つ王立空軍の巡航艦と比べても、圧倒的に重武装。なので。

 撃発。

 ほぼ零距離から放たれたたれた砲弾は、初速をほとんど維持したまま甲板装甲を貫通。そのまま重武装と引き換えに厚みを捨てた内部の装甲も貫き、信管が作動。炸薬に引火し、そのエネルギーを解き放つ。可燃性の浮揚ガスの詰まった気嚢がある、船体内部で。

 表面の構造材が吹き飛び、炎が立ち上がる。主砲以外の武装を失った巡航艦は、しかし微かに傾くものの依然として安定を保ったまま。

 それも当然。被弾を想定した戦闘艦ならば、ダメージコントロールとして気嚢は分割されているはず。元より88ミリ砲一発で撃沈できるとは思っていない。

 ただ、あと六発はあれば。或いはこの装甲の薄さなら、四機分の50ミリ砲弾でも。

 二発目が命中、炎上。狼煙のような黒煙が立ち上る。傾斜が増大する。

 黒煙の中、最後の抵抗とでも言うように、主砲がゆっくりと旋回し。

 4基の主砲が揃う。ユナたち戦闘艇の方ではなく、左舷方向へ。

 そう、王立軍の作戦はもともとどういう物だったか。

 この第一八四戦域地区にある駒は、王立軍、予備軍、共和国軍、そしてもう一つ。

「来たよ、ユナ。予想通りだね」

 ユナたちにとっての勝利条件は共和国軍の撃滅ではない。

 王立空軍の「作戦」。それが崩れた時点で、フォルカー・アルノルトによって艦隊の交戦と両軍の共同作戦が宣言された時点で、目標は達している。予備軍の戦場を王立軍の色で塗り潰し、予備軍が王立軍の戦場に呑み込まれた時点で。

 そして、これが予備軍ではなく王立軍の戦場であるのなら、そこに終止符を打つのは敵軍への勝利でも敵軍への敗北でもなく、彼等に違いなくって。

 食人種、集団捕食、大規模攻勢。想定した通り。

 少し予想より大きいけれど、けどそれでも別に構わない。

「いいね、最高だよ」

 ユナたちは軍人だ。利敵行為というのは、その軍人として最も恥ずべき事と言える。

 だが、構わない。そもそも、これは利敵行為とはなり得ない。

 元から、負け戦なのだから。連邦王国軍の、歪さ故の。

 震える声で呟いて、遠く霞むその巨体をまっすぐ見据える。

「全機に通達、直ちに現空域より退避を!」

 反動で船体が横転するのも構わず、巡航艦が揃わぬ砲身で全門一斉射するのとほぼ同時。

 遥か彼方から現れた炎の渦。

 それが、全長数百メートルはあろうかという巡航艦を、真っ二つに焼き切った。

 

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