第19話


 ***

 

「被害状況を報告せよ!」

 作戦司令部兼、艦隊旗艦「アテーネ」。

 その艦橋は、就役以来見た事が無い程の混乱の極致にあった。

「Z224、轟沈!」

「第二任務隊、通信途絶!」

「ブレンデルより入電、所属不明航空機の攻撃を受けている模様。交戦許可を求めています!」

「ノイベルク、交戦命令は出ていない。繰り返す、交戦命令は出ていない。戦闘を中止せよ!」

 上空に展開中の飛行隊からの情報で誘導に当たる任務隊がまだ誘導を完了していないことが分かったのが数分前。

 続けて、高空から着弾を確認した複数の航空隊から状況の説明を求める通信が多数。

 該当空域で竜種の集団は一切確認されていないし、交戦もしていない、と。

 戦域地区全体の砲撃予定域全域に向けて測的を行っていた三射目は中止。では先程艦隊が砲撃を行ったのは何だったのかという問題がにわかに生じたところで、無線封鎖を敷いていたはずの任務隊から緊急通信が入った。

 所属不明の「軍」の攻撃を受けている、と。

 そしてそれを裏付けるように、先行している巡航艦から被害報告が立て続けに入電。

「なにが、どういうことだっ」

 泡を食って腰を浮かす作戦総司令という肩書の老人を脇目に、航空作戦司令の第十七航空団司令フォルカー・アルノルトは小さく笑う。

「どういう事も何も、共和国軍でしょう。お忘れですか、今回の作戦目標が何だったのか」

 艦橋から見える空では、応戦もできぬまま長距離対空砲の直撃を受けた制圧艦が、推力を大幅に失って隊列から落伍する。破壊されたターボプロップエンジンから靡くのは、長い黒煙。

「先程の砲撃。あれが攻撃と見なされたのでしょう」

 飄々と。

「……だとして、少し行動が早かっただけの事」

「なのなら、こうはなっておりますまい。誘導したモンスターによる混乱に乗じて、敵にも味方にも気取られず目標を叩く。モンスターを盾に。それが今回の作戦でしょう」

 赤くなり青くなりと百面相のように表情を変える老人の目が、アルノルトを向いて止まる。

「……これは第十七航空団の飛行隊の誤報告によるものだ。この責任は、大佐、」

「責任論の前に、まず今どうするかをお考えになってはどうですか、作戦総司令」

 書類仕事しか知らないお偉いさんは落ち着きが無くて困る、とアルノルトは独り言つ。

 浮足立つ老人をよそに立ち上がり、通信手から無線のヘッドセットを拝借。

「全航空隊へ通達する。こちら、第十七航空団司令フォルカー・アルノルトである。これより、航空団各機について、あらゆる目標に対して交戦を許可する。それが竜種であれ鳥であれ航空機であれ、攻撃の意図を示したのなら、自衛のため撃滅せよ」

 誰しもが極度の混乱に陥っている現状。

 そこに、一つでも指針が示されれば、流れはそちらへ向く。

「さて、どうします作戦司令。仮にも艦隊まで引き連れてやって来た王立空軍が、尻尾を巻いて逃げ帰るわけにもいきますまい。あちらの軍に誤射でしたと今更弁解をしたところで、聞いてもらえるとも思えませんし」

 自衛というのは、交戦理由としては最強だ。生存に直結するのだから。

「私には、上官として、部下の安全を守る義務があります。航空団司令として、戦場に立つ搭乗員達を死なせない義務が。ですが、私がそれを負えるのは航空団についてのみです。この艦隊の乗員約一万名については、作戦総司令。判断を」

 作戦総司令の老人、その眉間が歪められる。

「……大佐、貴様まさか」

「私は何もしていません。今回の事態は、情報の行き違いと戦場の霧による、不幸な事故」

 わざとらしく肩をすくめ。ですが、と。

「舞台がここまで整っては、こうするほかないでしょう」

 老獪な笑みを浮かべ、アルノルトは続ける。

「或いは、そうですね。巡航艦を四、五隻ほど犠牲にすれば、飛行隊を収容して本艦は撤退するというのも、夢ではないかもしれませんが」

 背後では、悲鳴のような報告が行き交う。敵機確認。敵艦出現。被害甚大、継戦不能。

「戦況は常に変化するものです。最初の作戦にいつまでも固執する者は、愚将に他なりません」

 単純な戦争でも、より大きな意味でも。そう付け加えた言葉に、作戦総司令は。

「…………作戦総司令命令で、フォルカー・アルノルト大佐を航空作戦司令から解任」

 もう知らぬ、とでも言うように帽子を深くかぶり直し。

「作戦総司令代理に任命する。以後、作戦の指揮をとれ」

 責任の逃れ方だけは巧みだな、とアルノルトは小さく笑ってマイクを取る。

「全艦へ通達。作戦を変更。これより、艦隊は自衛のため、不明勢力を敵と認定」

 レーダーのブリップが、所属不明を示す黄色から、敵を示す赤へ。

「別途展開中の航空予備軍及び陸上予備軍と共同で、これと交戦状態に入る」

 許可を得て、制圧艦が、巡航艦が、一斉に大小様々の砲門を開く。

「攻撃飛行隊、爆装のうえ全機発艦。攻撃目標は追って指示」

 決して目立たぬよう、地を這うように広がっていた血の臭い。予備軍の戦場。

 本来相容れぬはずの高空迷彩の艦隊が、彼等のその戦場に現れる。

 王立空軍の代名詞とも言える、空色の巨艦が。

「艦隊、前進!」

 

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