第四章 ノブレス・オブリジュ

第17話


 共通歴774年5月13日、11時47分。第一九四戦域地区にて哨戒任務に就いていた防空隊が、大規模な敵集団と接触したとの報を残し、通信途絶。直後、各戦域地区において想定を超える数のモンスターの同時多発的な襲撃が発生。原因は不明。これに伴い、新設戦域地区全域における大規模防空戦が展開された。

 エリアドネ連邦王国は直ちにメルシア民主共和国に増援を要請したが、共和国はこれを拒否。確認された敵数は想定を上回っており、防空戦は失敗。防衛線は突破され、飛行場も喪失。王立軍は従来の戦域地区までの後退を余儀なくされた。

 その結果、多数のモンスターが戦域地区に侵入。後方の避難の遅れた人々に被害が生じており、これは住民の安全のみならず我が国の安定すら脅かしかねない。

 ついては連邦王国は人道的観点から、メルシア民主共和国による要請を待たず、該当地域の奪還作戦「ウィントホーゼ」を決行する。

 

 

 第七前線地区、その作戦会議室。

 基地に配属されているの第十七航空団隷下の飛行隊を集めた部屋で、スクリーンに投影された地図を使って作戦説明をするのは航空団司令フォルカー・アルノルトその人。隊員達にも配られた資料を読み上げる形で、説明が進められる。

 作戦目標は、喪失した第一八三から一九四の戦域地区の奪還及び、侵入したモンスターの殲滅。これ自体は、前回の「進駐」の時と何ら変わらない。

 違うのは、その作戦規模。

 第十七航空団や防衛線部隊からの引き抜きなど、戦闘艇をはじめとする小型航空戦力が主力であった前回と異なり、今回は王立空軍西部方面艦隊それ自体が出撃する。

 参加艦艇は総勢30隻近く。

 艦隊構成は、旗艦の戦闘母艦「アテーネ」他、強襲艦が三隻、巡航艦が八隻、制圧艦が十隻以上。この他に、制圧艦数隻からなる任務隊が複数。西部方面艦隊の中核をなす第一母艦戦闘群を中心に、砲火力を重視した編成。

「本作戦の流れを説明する」

 一言で言うのなら、艦隊決戦だ。

 小型高速の制圧艦からなる任務隊が、敵モンスターを誘引。想定されるのは、主に竜種。

 母艦から発艦した飛行隊が、その敵群を目標空域に拘束。

 広い新設戦域地区、その中でもモンスターの密集する地域。その一帯のモンスターを一か所にまとめ、集結した艦隊の戦力でもって一気に殲滅する、と。

 中型種などの存在も予想されるが、艦隊の砲火力であれば対処可能。

 飛行隊の任務は艦隊が撃ち漏らしたモンスターの処理と、砲撃するほどではない小規模集団や地上棲モンスターの対応。そして、艦隊の砲撃の着弾観測支援。

「予定交戦区域は第一八四戦域地区」

 とん、と長い指示棒がスクリーンを叩く。本来の防衛線からは、随分と内側に進んだ地域。戦域地区と言いつつも本来ならばモンスターの支配域に接しない、内陸部。

「当日早朝に各前線基地から飛行隊が出発し、会合地点で艦隊と合流。母艦に収容し、補給を行いつつ交戦区域へ向かう」

 なるほど、シンプルな作戦だ。搦手も、駆け引きも無い、いかに敵より多くの戦力を効率的にぶつけるかというだけの。戦略という物を持たないモンスターを相手にするのなら、いかにも妥当な作戦だろう。

 人類とモンスターの争いという、前提を置いたのなら。

 その薄っぺらい前提を入れ替えるとどうなるか。

「作戦予定は、三日後」

 考える猶予が与えられていた?

 違う。与えられていたのは、受け入れるための猶予に他ならない。地下牢の罪人の首を刎ねる前に、少しだけ青空を見せるような。

 心拍数が上がる。暑くも無いのにこめかみを伝う汗の感覚がはっきりと分かった。

 今回の作戦は、両軍合同の侵攻作戦だったと言う。

 ならば、その占領地を奪い返された後に起こるのは何か。反攻作戦だ。

 飛行隊の面々の横顔を窺う。きつく結ばれた唇、睨むように前を見る視線。普段のつまらなさそうな、退屈そうな様子とは似ても似つかぬ、

 そもそも、敵軍はどうなった。この作戦は、敵のモンスターを撃滅するための作戦だ。ただ、そこには間違いなく敵軍―共和国軍が展開しているはず。

 第一八四戦域地区。これは、カタリナが語った移動先ではなかったか。

 まあ3日は持つでしょう―つまり、明後日までは。明日ノアたち第一特殊飛行隊はそこへ移動となる。カタリナはその翌日まではモンスターが敵軍の進軍を妨げるはずと語り、その更に翌日がこの作戦の決行日。

 モンスターが敵軍の進軍を押しとどめられなくなったとしたら、次にそれを防ぐのは何か。予備軍以外の選択肢は無い。王立軍が正面張って戦闘をするわけが無いのだから。

 第一八四戦域地区で共和国軍と予備軍が交戦中であろう事は想像に難くない。

 そして、一度疑いを持つと他の所にも違う意味が見え隠れする。

 何故、今回の艦隊は巡航艦や強襲艦などの砲火力を重視した編成なのか。

 かつて戦艦を主力に据えていた王立空軍は八年前、複数の大型種と交戦した通称「北方大遠征」で投入した戦艦六隻のうち四隻を喪失。保有戦艦数の半数近いその被害と戦訓を踏まえ、艦隊の主力を被害を受けやすい戦艦から新造の戦闘母艦へ置き換え、戦闘艇などの小型航空戦力を主力とする方針に切り替えている。

 しかしその時代の流れに逆行するように、今回の艦隊は現在の王立空軍で砲火力の主力を担う巡航艦、そして対地火力に特化した強襲艦が多く編成されたもの。作戦自体も飛行隊の役割は限定的で、主役は艦隊の過剰とも言える砲火力となっている。

 まるで、戦闘艇を主力に据えることが出来ないかのように。面ごと破壊で塗り潰す艦隊の砲火力でなければならない事情があるかのように。

 何故、敵集団を一か所に誘引してから叩くのか。確かに負担の少ない短期の局地戦には持ち込めるが、戦力の集中という事を行わないモンスターを相手どるなら、各個撃破が確実なはず。

 なにより。

 連邦王国はどうやってこの「戦争」に勝つつもりなのか。

 新設戦域地区を連邦王国が奪還するには、展開しているであろう共和国軍を撃破、或いは撤退に追い込む必要がある。前回と同じような、カタリナが語ったような手は使えない。既にモンスターは侵入しており、共和国軍はそれと交戦しながら進んでいるのだから。

 かといって、予備軍が正面から共和国軍を打ち破れるとも思えない。前線にいる予備軍が壊滅しても、反攻作戦には支障が無い。カタリナ・ミュンヒはそうも言った。被害を無視できるほどの増援がある、はずもない。あるのなら、死守命令など出ていない。

 なら、連邦王国の持てる戦力と言うのは残るは一つだけだ。

 王立軍が、共和国軍を叩くのだ。

 出来ない事はないだろう。あの城塞跡で、ユナたちだってやったのだから。

 ただ、モンスターに頼るだけなのなら、それは軍事作戦としては不確実すぎる。だから。

 なぜ敵集団を一か所に誘引するのか?敵軍との交戦域で王立軍が交戦するためだ。

 なぜ時代に逆行するように過剰なまでの砲火力を備えた艦隊編成なのか?戦闘艇では、敵軍と接触する可能性があるからだ。

 そして、モンスターごと共和国軍を「不慮の事故」で確実に葬り去る必要があるからだ。

 となれば、全滅しても反攻作戦には支障ないとまで言われた予備軍がわざわざ第一八四戦域地区に展開している理由にも見当がつく。

 ノアの、カタリナの声が、脳内で木霊する。

 生き方。死に方。お別れ。最後。どうせ死ぬんなら。さようなら。

 捨て駒だ。共和国軍を、確実に交戦地域に拘束するための。

 共和国軍と交戦する予備軍ごと、圧倒的な艦隊火力で踏み潰す。

 ただの想像と言えばそうかもしれない。

 ただ、王立軍はそう言う命の計算という合理の上で行動する組織だというのも、また事実。

 まして、それが予備軍だというのなら。

 作戦名、「ウィントホーゼ」。意味するところは、竜巻。進路上にあるあらゆるものを破壊し尽くし、後には更地しか残さない、圧倒的な力の象徴。

 どうするんだ、と頭の中で他人事のように尋ねる自分がいた。

 決まってるだろう、と吐き捨てる。

 ブリーフィングの後、ユナが声をかけると飛行隊の面々は以前と同じ控室に集まった。

 ノアやカタリナと話した事、ノアとの関係、今回の作戦についての推測。

 全て一通り話し終えて。

「で、どうするの。隊長」

 当たり前のようにそう言ったのはアンナだった。残る三人も、黙って首肯する。

 ごめんなさい、とそう言いかけて、考え直した。ありがとう、と呟いて。

「これから、私たちの作戦を伝える」


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