第三章 航空予備軍、或いは

第13話


 反応の遅いFCSが敵を補足する前に固定照準器に敵を捕らえ、撃発。

 二門の20ミリ機関砲が唸りを上げ、射線上に飛び込んだその「何か」はコンマ数秒間煙の尾を引いてから爆発する。

「不明目標を撃破、友軍機の無事を確認」

「シエラツー了解。残存する敵は一頭、追撃する」

 第一九二戦域地区、その後方。

 レンツ戦闘飛行隊が接敵したのは、本来の防衛線とは程遠い空域。

 敵種は不明。速度と大きさ、機動の癖からして竜種ではないと推定されるが、かといって思い当たるモンスターも無し。全くの不明目標。

 ただ、明らかに同じ機体を駆る友軍が交戦していては、傍観するわけにもいかない。

 先程の救難信号と土色の迷彩から、友軍を航空予備軍と推定。

「こちら王立空軍、第十七航空団。援護に入ります」

 呼びかけた無線に返るのは、何か短く息を呑むような声。

 上空で待機していたソルたちの編隊も降下し、戦闘に入る。

 敵の方が速度は上。耐久力は高くないものの、小型ゆえに竜種相手のような肉薄しての格闘戦も困難。概してヴェスペの苦手とするタイプの敵だ。

 だが、五対一。交戦中だった予備軍機も含めれば七対一。火力は恐らくは同等、少なくとも竜種のような圧倒的な差は無い。この大きさが相手なら、数の優位はそう簡単には覆らない。

 先頭で降下したソルが、降下の勢いをつけて上方後ろから接近、旋回して回避しようとする先を、続いて降下した残る二機が封じる。

 そこに、地上から撃ち上げられる赤く光る射線。跳ねる様にして回避したイレーネ機の隙をついて敵が離脱を図るが、そこにユナたちがカバーに入る。

 トリガ。

 放たれた二発の50ミリ砲弾は敵のすぐ脇をすり抜けるが、続けて放たれた20ミリ機関砲が敵を捕らえる。

 炎上。火の尾を引いて墜ちてゆく敵を一瞥し、ユナは先程赤い射線が打ち上げられた場所へ機首を向け。

 それと目が合った。

 箱を重ねたような、見覚えのある造形。そこから突き出る、二つの角か触角のような棒。

 戸惑う頭が、かろうじてヘッドアップディスプレイに表示された情報を拾う。

 敵味方識別装置、反応なし。

 鎌首をもたげるよう、隊列を組むかのように整列したそれの「角」がこちらに向く。

 戦場で繰り返し続け染みついた動作が、戸惑う頭を余所にその手を動かす。

 主砲を選択、照準、撃発。

 まるで暴発した竜種のように、こちらを睨んでいた「何か」が吹き飛ぶ。

 同時に、整列していた他の個体も砲撃を受け、炎を、或いは黒煙を上げて停止。

「……シエラリーダーより各位、不明目標を掃討した」

 煙幕のように視界を遮る黒煙と炎が、それを覆い隠す。

「敵種を確認する。全機着陸を」

 

 

 コックピットを解放すると、流れ込んできたのは火薬と血の匂いだった。

 エンジンはかけたまま。周囲にモンスターが居ないことを確認してから、カービンを肩にかけ、機体から降りる。

 五人でサカービンを構えながら、立ち上る煙を頼りに先程の場所へ。

 幾分か収まった炎の中。未だ微かに燃えるそれの姿は、今度こそはっきりと見えた。

 ユナたちの知っている物と、目の前で擱座しているものが一致する。

「せん……しゃ?」

 呟いたのは、隣で立ち尽くすアンナ。

 オープントップの角ばった砲塔。その後部で歪んでいるのは、丸いお盆のようなレーダー。ずれて傾いた二本の砲身は、紛れもなく機関砲のそれ。

「自走機関砲、みたいだけど」

「違う。砲身の数も足りないし、砲塔も違う」

「そもそも、なんで上が開いてるんだ」

 足をとめたまま交わされる言葉は、しかし明らかに何かから目をそらしている。

 がたり、とその車体正面が動いた。車体上面の丸いハッチが押し上げられ、中から手が、続いて茶色い見慣れぬ帽子を被った頭が現れる。

 そして、破裂音があった。

 這い出したその上体が、糸が切れたように崩れ落ちる。何かの冗談のように、呆気なく。

 広がるのは、赤黒い液体。

「危ないので、下がってください」

 音の方を振り返った先には、拳銃を片手に持った女性。

 纏う飛行服はユナたちの物とほとんど同じだが、しかしどこか違和感がある。

 ユナたちの脇を通って擱座した対空戦車に近づいた彼女は、躊躇なく倒れ伏した人間を引きずり出すと、露わになったハッチに腰に提げていた何かを放り込む。

 それが手榴弾だと分かったのは、小さな爆発音がその中で響いてからだった。

「あの、」

 辛うじて音になった自分の言葉の掠れ具合に驚く。

「あの、これは、」

「後で説明するので、黙っててください」

 他の車両も見て回ってから、その女性は手にしていた拳銃を腰のホルスターに納める。

 そう、拳銃だ。飛行服の違和感の正体。ユナたちの飛行服に拳銃のホルスターは付属しない。統一感のないまるで拾い物のような手榴弾ポーチも、そんなもの持っているわけがない。非力なそれらは、あったところで何の役にも立たない。

 もっと脆い何かが相手でもない限りは。

 たとえば、今見たような。

 そして、転がりだした状況はそこでは止まらない。

「隊長、全部私一人に丸投げですか。面倒なのは分かりますが」

 こちらを一瞥したその女性は、棒立ちのユナたちの後ろに声を投げる。

 つられるように、ユナも後ろを振りかえり。

「…………っ」

 ひきつった声にならない声は、どちらのものだったか。

 抱えていたカービンが手から抜け落ち、肩で振り子のように揺れる。

 中途半端は格好で固まったユナを、他の隊員が怪訝そうに見つめ。

 そしてその視線の先で、小さく顔を伏せたエレノア・テラは。

「……ノア?」

「…………………………」

 踵を返し、背を向けて歩き出す、その足つきは覚束ない。

 早足で一直線に向かう先は、土色迷彩の薄汚れた戦闘艇。

「隊長?」

「…………………………情報の報告、を」

「どこにする気ですか。友軍にすら通じないのに」

 ぱたり、とコックピットが閉まる。

 淀んだ空を映した耐熱ガラスの風防が、まるで鏡のようだった。

 

 

「まず確認したいんですが」

 半壊した商店街、ところどころ穴の開いた全蓋式アーケード。

 その下に移動させてエンジンを切った戦闘艇の脇。

 ユナたちとその乗機を案内してきたその女性は、カタリナ・ミュンヒ予備少尉と名乗った。

 航空予備軍第二十八予備航空団第一特殊飛行隊。ノアが以前飛行隊長をしていると語ったその隊の、副隊長。臨時再編により、現在は他予備航空団隷下と補足もされたが。

「あなたたちは本当に王立空軍なんですか」

「ええ」

 あれから、少し時間も経ち。

 カタリナと向き合うようにして割れた舗装に腰を下ろしたユナたちは、ひとまず落ち着いて物事を考えられる程度には平静を取り戻していた。

 コックピットに引きこもったノアは、依然として出てこない。カタリナの言うには、そっちは任せるとだけ言って音沙汰無しと。

「ここには任務で?」

「任務ではないです。撤退の途中、救難信号を拾ったので、それで」

「……そうですか。まあ、そうですよね」

 手の中で薄汚れた拳銃を弄びながら、カタリナはアーケードを見上げる。

 その拳銃のスライドにうっすらと浮かぶのは、ユナたちの傍らの銃にもあるメーカーロゴ。

「それでわざわざここまでですか。物好きですね」

「それは……」

 それだけでは、確かにない。ユナたちには他に確かに思うところもあって。

 未だに何が何だかよく分からない。得体のしれない違和感を辿ったら、考えもしなかったものにぶちあたって。謎が解けるどころか、頭を振ってなかったことにしたいくらいで。

 ただ、それを彼女たちに問うていいのかが分からない。

 その感情も、結局はただの責任からの逃避か。

 あちらから話してくれれば、こちらから尋ねずに済むという。

「救難信号の発信源は特定できませんでした。捜索を行った空域に、異常は無し。現状の装備では発見は困難と判断し、捜索は断念しました」

 ぱちり、とホルスターの留め具を閉める小さな音。

「こういう「筋書き」もあなた達にはあります。何もなかったことにして帰ったとしても誰も何も言いませんし、私たち以外は知りません。勝手にここに来られるくらいの状態なら、どうせろくに統制が取れた撤退ではないんでしょう。そちらの制度は良く知りませんが、記録装置なんて無いその機体なら、飛行記録や交戦記録くらいは何とでも誤魔化せるはずです」

 だから、ユナはそれを許可ととった。

 殆ど揚げ足取りの屁理屈だ。要するに黙って帰れという意味なのは、誰だってわかる。

 ただ、そう言う筋書き「も」ある、というのならば。

「なら、そうしなくてもいいんですよね」

 抗う口を無理やり動かして、言葉を続ける。

 基地に返って布団をかぶってすべて忘れたいと、思わないわけじゃない。

 ただ、だからといって忘れられるほど人の頭は便利ではないし。何より、そうしたら視界の外にあるはずの戦闘艇の中にいるノアと、二度と顔を合わせられなくなるような気がして。

「何がどうなっているのか、教えてください」

 他の隊員は、と頭の片隅をよぎる躊躇いを、隊長だからという言い訳で強引に拭い去る。

「……本気ですか?」

 一瞬何を言っているんだというような表情をしたカタリナは、小さく顔を顰めると軽く髪を掻きむしる。

「物好きとか言う次元じゃないですね。一応、あなたたちの為でもあるんですけど」

「分かってます。でも、お願いします」

 面倒くさそうな顔をしたカタリナの目をまっすぐ見つめる。

 もう一度、心底面倒くさそうに、カタリナは大きなため息をつくと。

「なら、端的に言います」

 そして、まるで「今日は晴れています」言うように。

「予備軍は。いえ、そうですね」

 こちらに投げられた視線には、何が込められていたのか。

「エリアドネ連邦王国は、メルシア民主共和国と戦争状態にあります」

 

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