行間02

行間02

偵察に派遣した各襲撃小隊の情報より、南西戦線全域にて敵集団を確認。

 詳細な敵勢力は不明だが、威力偵察を敢行した全小隊が音信を経ったため、戦線司令部はこれを敵本隊であると推定。一週間前より戦線各所で始まった局所的な奇襲攻撃も踏まえ、敵による反転攻勢が本格的に開始されたと判断し、戦線全軍に緊急通達。

 既に原因不明の竜種による襲撃を受けた王立軍は撤収を開始しているが、敵の反転攻勢との因果関係は不明。よって、最悪の想定の下で作戦行動に入る。

 敵戦略目標を、友軍撤収に乗じた旧支配域の奪還、及びに友軍の追撃と判断。

 現時刻を以て、指揮を現場指揮官に委任。戦線全軍に徹底抗戦を命ずる。

 損耗は問わない。友軍撤収まで何としても時間を稼げ。

 一分一秒でも長く、敵軍を戦線に拘束せよ。

 

 

 小さな林や森の点在する平原地帯。草原というには土色の多い地面。ところどころ、元は家屋であった瓦礫や辛うじて倒壊を免れている僅かな高層建築が土埃に霞む。

 元々は、防衛線から程遠い安全な町だったのだろう。廃墟と化した市街地には、戦域州よりは中核州のそれに似た生活の残滓が朽ち木の如く転がっている。

 そしてその間を飛び交うのは、熾烈な砲火に、発砲煙。

 街並みに除く茶色は、全て舗装を剥ぎ飛ばした着弾痕。視界に入る緑が自然のものなのか、整備された緑地の変わり果てた姿なのかは分からない。

 空気を引き裂くような甲高い音と共に飛来した何かが、直下で夥しい数の爆発音を奏でる。

 見方の装甲歩兵が消滅、随伴していた主力戦車が砲塔を吹き飛ばされ沈黙。

 間髪おかず遠く見える小さな森、もとい迷彩ネットで覆われた車両軍から再び無数の白線が宙に伸びる。車載式の多連装ロケット砲。

 これで恐らく、また友軍の部隊がいくつも消滅する。

 今すぐ直行すれば、次の斉射の前に叩くことは可能だ。地上部隊の火力が届かない敵後方火力に対して火力を投射するのは、近接航空支援の本来の目的。

 ただ、防戦一方のこちらに敵の後方火力を叩くような余裕はない。

「アルファツーよりアルファリーダー、二時の方向、敵編隊です」

「確認した」

 むしろ、敵の近接航空支援を防ぐのが今の航空戦力の役割。

 巡航モードから高機動モードへ。スラスタの残燃料と武装残弾を確認。

 第一特殊飛行隊、計四機。定数の半数にしか満たない編隊が敵機を迎撃すべく針路を変える。

 最初の一手、その選択権を持つのは敵機だ。

 迎撃である以上、こちらは来られたら迎え撃たざるを得ない。

 互いに正面から接敵するヘッドオン。

 正面火力で劣るこちらが、まともに打ち合っては敵の思う壺。なので。

 彼我の距離が縮まったところで、四機が一斉にスラスタを噴射。空力制御では不可能な機動で、各々が敵機の射線を回避する。

 Jh119―A\NH。連邦王国戦闘艇ヴェスペ、その低高度仕様。王立空軍で制式採用されたヴェスペの初期型を本来の設計思想とは異なる任務に対応できるよう低高度仕様として改造した、航空予備軍の主力航空戦力。

 なので当然、そのアイデンティティともいえる高機動性は受け継いでいる。

 翼が触れ合おうかという距離で敵機と交差し、宙返りするようにして反転。敵機の背後に着く。FCSが竜種の体温より遥かに高い敵機の排熱を補足し、照準環が機影を追う。

 が、それも一瞬。

 そもそも、重ねて言うがこの機体はありあわせの転用品だ。

 高速軽装甲の目標との戦闘のため50ミリ砲から換装された、機首の限定旋回20ミリ機関砲。FCSに制御されたそれが補足する前に、速度に勝る敵機は射程外に離脱。

 低空域へのエンジンの最適化や、通常仕様以上の軽量化も進めた低高度仕様のヴェスペだが、それでも揚力のみで飛ぶ有翼機の速度には遠く及ばない。

 飛び去った敵機はこちらの追撃を避けるだけの距離を取ると即座に反転。

 格闘戦なら恐らく依然負けなしのヴェスペだが、相手をその格闘戦に持ち込むだけの機体性能は無い。回避しつつ反撃のすきを窺うが、自軍優勢下での徹底した一撃離脱という敵の単純な戦術になかなか綻びは生じない。

 守るはずの地上部隊を守り切れるはずも無く、次第に地上で動く物が少なくなる。

 数的不利が顕著に表れる野戦を避けて選んだという市街地戦だが、それでもやはり如何ともし難くじわじわと戦線も後退。

 そして、そんな綱渡りが長続きするはずも無い。

「アルファフォーより各員。悪い、スラスタが切れた」

「アルファツーよりアルファフォー。なら、隙を見て離脱してください。生き残っているなら野戦飛行場に補給隊が、」

「あ、?」

 機動性の低下した四番機を、襲い来る敵機は見逃さない。

 攻撃が集中。スラスタ制御と引き換えに空力制御が極めて貧弱なヴェスペが、スラスタ燃料を失ってまともに回避機動がとれるはずも無く。

「レオン、おいっ」

 竜種のブレスには気休め程度にはなる断熱装甲も、機関砲弾の前では重石でしかない。

 予備軍では火葬までしてくれる高機能棺桶と揶揄されるヴェスペが、その所以を見せる。

 曳光焼夷弾の一発が機体を掠め、浮揚ガスに引火。

 機体構造材にも引火した機体は炎の尾を引いて落下し。

「……ぁ、これで死ねねぇか」

 雑音だらけの無線越しに、うめくような声が聞こえる。

 低高度だが、脱出装置を使えばまだ助かる高度。

 だが、脱出しろとは誰も言わない。したところで意味は無いから。

 炎の中、補助翼が微かに動く。

 墜落する機体の軌道が変わる。地上にいた、敵歩兵部隊の元へ。

 墜落。燃料に引火し炎の色が変化。そして空気中に拡散した浮揚ガスが爆発的に燃焼し、一帯を橙色の炎が包み込む。一瞬で広がった炎の海の中、藻掻く人影。一瞥。

「レオン、くそっ」

「シド。シド・ラングフォードッ」

「……わかってる」

 語気を荒げる六番機を、二番機が制止。

 こちらの僚機が減ったことで更に苛烈になった攻撃を回避し、時たま牽制に20ミリ機関砲や副武装の7.7ミリ機銃を放ち、目の回るような機動を続け。

 逃げ回るだけの機体を追っても時間の無駄と思ったか、それとも新たな命令でもあったのか。

 敵機がようやく空域を去った時には、地上には友軍は居なくなっていた。

 

 

 被害状況を確認。

 最前線及び第二前線に配置した陸上予備軍の第七から第十二の各師団は壊滅。機甲戦力は半壊、砲兵部隊も敵空軍により継戦能力を喪失。また、全部隊の四分の一が敵軍の通信妨害により被害不明。現在第三前線の第六と第十三、十四の師団が交戦中。戦況は劣勢。

 航空予備軍は推定損耗率七割。制空権の確保には失敗し、野戦飛行場は機能を喪失。燃料などより、継戦可能時間は推定三時間。機動防御の継続は困難。全戦力を戦線の防空へ。

 敵は陸空の混合軍。艦隊戦力は現状確認できず。

 兵力差は歴然であり、他戦線から戦力を手配するまで戦線を維持する事は不可能。

 されど、王立軍の撤収は順調に進行中。撤収完了までの遅滞戦闘は現状の戦力で可能と判断。

 戦略目標の達成に支障なし。作戦に変更なし。

 全軍に再度通達。現状の戦線を死守せよ。あらゆる犠牲は、許容する。

 

 

「敵機確認。二機編隊、西南西です」

 狭いコックピットの中。

 肉眼で空を監視していた二番機のカタリナが叫ぶ声が聞こえる。

 コックピット閉鎖。走って戻って来た二番機と六番機の用意が整うのを待ち、垂直に離陸。

 場所は先程の市街地からいくらか離れた村落。その廃屋の裏。敵の目を逃れるために半壊した家屋をシェルター代わりにしていた第一特殊飛行隊の残存機三機は、もう何度目かも分からない迎撃に上がる。

 既に地上部隊との連絡は途絶。展開している場所どころか、生き残っている部隊が要るのかさえ不明。最後に出された命令に従って迎撃を続けているが、最早自分たちが何を守っているのかさえよく分からない。

 まあ、かといって帰る基地も無いのだが。

 散開し、低空から敵編隊に接近。航空予備軍仕様の土色迷彩は、高空を舞うには目立つが低空を這うには十分な迷彩効果を発揮する。そして、この戦場では低空で地面に紛れる事が出来ればそれで充分。竜種の支配する高空は、航空予備軍の戦場ではない。

 幸いにして、数的有利。

 やはり低空を、しかしその速度故に障害物との衝突を恐れて幾らか地面から離れたところを飛ぶ敵機に、下から突き上げるようにして襲い掛かる。

 射線は敵機を捉えるが、撃墜には至らない。浮揚ガスを抱える戦闘艇と違い、翼だけで飛ぶ敵の戦闘機は多少の被弾には耐える。燃料が漏れたのか白い霧を引いた敵機は、遅れて回避機動に入る。初撃は失敗。

 が、不意打ちが成功したことで一時的にだが主導権はこちらにある。

 そのまま離脱。当然、速度に劣る戦闘艇は逃げきれず、敵機が後ろに付く。

 細かな回避軌道を繰り返しながら、逃走を継続。後ろに付かれていない一機が牽制の攻撃を繰り返しつつも、追われる構図は維持する。次第に彼我の距離が縮まる。

 そして流石に敵も撃てば当たろうという距離で、操縦桿に増設されたトリガを引いた。

 機体両側面から、火薬の燃焼ガスの力で押し出された小型の杭。細いワイヤーを引いたそれが、半壊したビルに突き刺さる。

 ヴェスペ低高度仕様、その唯一の新規開発部分。ワイヤーアンカー。高層建築の乱立する市街地戦でもその機動性を維持すべく、一部のスラスタと引き換えに装備された制動装置だ。使用できる局面と回数が限られる代わりに、スラスタを遥かに凌駕する制動力を持つ。

 先行していた戦闘艇が急制動。軽量とはいえ数トンはある戦闘艇。時速数百キロ分のそのエネルギーはワイヤーを伝って半壊したビルに伝わり、後を追う敵機の進路を塞ぐように二つのビルが倒壊。

 後ろについていた敵機一機が巻き込まれ、爆散。辛うじて巻き込まれることを回避したもう一機も、そのままの勢いで急制動を掛けた編隊の前へ飛び出す。

 発砲。押し出された敵機に、ワイヤーアンカーで、或いはその土煙に紛れてスラスタで減速した戦闘艇三機分の20ミリ機関砲が襲い掛かる。

 撃墜。

 だが、こちらも速度をほとんど失う押し出しは諸刃の剣だ。そして、この戦場は敵機しかいない空戦訓練ではない。

 地上から伸びる曳光弾の筋。それが速度を失った戦闘艇の一機を捉える。

「くそっ」

 無線から響く声。

 すかさず機首を地上へ。FCSの捉えた熱源情報を頼りに20ミリ機関砲をばら撒く。恐らくは装甲の無い対空戦車。すぐに沈黙し、エンジンに引火したのか炎上。地上からの対空砲火はそれで止む。だが、既に手遅れ。

「被害は」

「被弾した、推力喪失ッ」

 浮揚ガスに引火し爆散しなかったのは不幸中の幸いか、それとも。

 速度を失った状態だったのが災いした。

 半飛行船の戦闘艇は、浮揚ガスだけではその機体を支えられない。戸惑うように出鱈目にスラスタを噴射しながら、落下。空中で不規則に姿勢を替えながら、吸い込まれるように地面へ。

 無線から漏れ聞こえる声にならない叫び。

 殆ど瓦礫と化した廃屋に突っ込み、ひしゃげる。

 爆発は無かった。漏れ出た浮揚ガスと構造材が引火し、静かに鮮やかな炎を上げる。

 一機喪失。定数八機の第一特殊飛行隊は、残存機数二機。

 他の敵影が無い事を確認し、着陸。

 可燃性の構造材はすぐに燃え尽きたのか、くすぶり続ける六番機の残骸の中には、片手に支給品の拳銃を持った人だったはずの何か。

 その傍らで微かに規則的な音を立てる箱を見つけ、それを残骸から取り出した。

「彼、切ってなかったんですね。それ」

「……」

 頑丈で知られる、そして予備軍ではほとんどの人間が機能を切っているその箱に、拳銃を向ける。頑丈だが、壊せない訳ではない。ここでは、その壊し方はもはや常識に属する。

 どうせ、王立空軍の名残の意味のない部品だ。頑丈な以外、何の役にも立たない。

 むしろ、敵軍に受信されて場所を知られる危険の方が大きい。あるいは、他に。

 外殻の薄い部分から心臓部を撃ち抜き、機能を停止させる。

 理由も無くそれを元の場所に戻し、残骸に背を向けた。

 自分の機体に戻り、次の迎撃に備える。

 そして、その後何度出撃したかは覚えていない。

 ある時は遠く見えた敵機に迎撃にあがり、ある時は相手にすらされず。

 ある時は迫り来る地上部隊を攻撃し、ある時は機体ごと物陰に隠れて敵の歩兵をやり過ごし。

 迎撃とは言っても、敵機撃墜は至極僅か。戦闘艇の機動性で被撃墜こそ免れるものの、主導権は握れない。交戦を時間の無駄と悟った敵方が速度で強引に空域から離脱するのが殆ど。

 そして、またやって来た三機編隊の、もう何度目かも分からない迎撃に出た時だった。

 苦しいながら一機は撃墜したものの、機首20ミリ機関砲の残弾が尽き。

 無理に射撃機会を作ろうと反転し、速度が落ちた瞬間に視界から外れていた敵機が急降下。

 スラスタ燃料が底をつきかけた僚機の援護は期待出来ない。

 上を見上げながら、迫り来る敵機と、その機首の四門の機関砲口が鮮明に見えて。

 横合いから唐突に現れた火線が、その敵機を引き裂いた。

 

 

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