行間01

行間01


「レーダーコンタクト」

 狭いコックピット。不安定な無線から、掠れる声が情報を伝える。

「敵影6、本車より方位310。距離6500,高度220,速度725」

 肉眼では未だ捉えられない。自機と観測点の位置関係を踏まえ機首方位を修正。

「アルファワンより各機、無線封鎖解除」

 風防の外を流れるのは地上十数メートルという超低空の景色。操縦桿を握る手元が数ミリ狂えば、機体は時速400キロで地面に、あるいは木々や家屋に叩きつけられる。

「接敵までは現高度の維持を」

 が、むしろそれが平常。高く空を舞ったのなど何年前のことか。

 瞬きすら許さぬ速度で過ぎ去る障害物の回避を可能にするのは、無数のスラスタ。本来の想定とは異なる使い方だが、単純な一液式ロケットエンジンは目的を問わず指示されるがままに機体に求められる運動量を付与する。

「追加で敵影を補足。数8、方位290。情報更新、方位295、敵影多………………」

 管制車との通信途絶。僚機の舌打ちが無線から漏れる。

「アルファリーダーより各機、指揮は私が引き継ぐ。目視で警戒を」

 視界の及ばない地上から放たれた「何か」が編隊のうち一機を直撃。火だるまになった機体が地面に突っ込んで爆発炎上するが、残る機体が何事も無かったかのようにその穴を埋める。

「第37戦車…隊……存車両3!敵は前線を突………撃する!」

「応……よ、右翼防……地……答を」

「持ち堪えられない、撤退許……っ」

「頼む、航空支援を!このま………全……る」

 無線から聞こえるのは僚機の声だけではない。地上で戦線を構築しているはずの友軍。その悲鳴のような叫びも、共通周波数に合わせた無線は丁寧に拾って耳元で再現する。

 情報だけでも残そうとするもの、必死に呼びかける者、上層部へ懇願するように要請する者。果ては彼等航空戦力に助けを求めるものまで。

 戦場に響く砲撃音や着弾音、やけに明瞭な銃声に、何の物かは考えたくもない湿った音。それらが混ざったその声に、しかし飛行隊の誰一人として答える者はいない。そんな余裕はない。

「アルファツーより各機、11時の方向に敵影を確認。高度はあちらが有利、数は不明です」

 前方上に見えた、風防の傷かと思うほどの小さな点。それが瞬きする間に大きくなり、そして増える。

「エンゲージ!」

 地を這うように進んでいた編隊が、同時に機首上げ。スラスタも使った最大出力で、此方に気付いて降下した敵を迎え撃つ。

 ヘッドオン。被弾した三機が尽く浮揚ガスに引火、爆発しロスト。対する敵の損害は僅か一。

 そのまま乱戦、には移行しない。させてもらえない。

 もともとあった僅かな高度差、そして圧倒的な速度性能の差。敵を追うべく編隊が反転した時には、既に速度に乗った敵は射程外に離脱。教本通りの一撃離脱。

「まあ、いつも通りですね」

 自嘲的にそう言う僚機に、声には出さず苦笑する。

 不満を抱いても仕方がない。これが彼等の戦場だ。

 そもそも、この機体はこういう用途を想定しては作られていない。

「アルファリーダーより各機、編隊解除。寄せ集めの残存部隊に連携なんて期待してないから」

 だが、彼等にだって意地はある。命の使い方くらい、自分で決める。

「だからまあ、すきにやるといいさ」

 FCSオフ、マニュアル制御に切替。複雑な機体制御と主砲の照準を同時に行う。

 旧式機で積んだ砲手としての経験が活きる。誰かの操縦に合わせるよりはずっと楽だ。

 操縦ももう慣れた。無線が更に数機の喪失を伝えるが、無視。その場で反転、照準。

 機首装備限定旋回20ミリ機関砲が、背後から接近した敵を正面から撃ち抜いた。

 

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