第5話
川に架かる大きな鉄橋、そこへつながる幹線道路跡のすぐ脇。空からの「偵察」の結果、レンツ戦闘飛行隊はその手前に暫定的な「拠点」を作ることにした。
いつまでもグレンデルに襲われた現場にいるのもよくないだろうとユナたちも移動する事にしたが、狭いコックピットに子供も乗せての飛行は、極近距離をまっすぐ飛ぶだけのはずなのに普段の数十倍は神経をすり減らした。
舗装に乱れがあるものの軽量な戦闘艇なら辛うじて滑走路の代用にできる道路に、茂みや瓦礫などの遮蔽物が少なく地上性のモンスターの警戒もしやすい環境。比較的原形をとどめている建物を使う事も考えたが、周囲の警戒がしにくいという事で結局は屋外に。交代で一人が空に上がり、一人が歩哨に立ち、残りの三人で子供の相手だ。懐かれたユナは歩哨も上空警戒もいいから子供の相手をしろという事になったが。
「もそもそする。ぎゅうにゅうほしい」
「牛乳ははないんだ、ごめんなフィーニ。ほら、水だ」
「コーヒーならお湯あれば作れるけど」
「子供にコーヒー飲ませるつもりか?」
「……それもそうね」
飛行隊の最年長であり中核州に下の兄弟もいるというソルを除けば、ユナもイレーネも子供の扱いには慣れていない。名前くらい聞かないと、と言い彼女からフィーニと言う名前を聞き出したのもソルだ。こういうのが得意そうなアンナも、先程からずっと自分から歩哨と上空警戒を繰り返しており、今は空の上。
傍らに駐機した四機の戦闘艇に、全員の手元に置かれたカービン、少し離れた所で銃を構えて警戒する歩哨のクルト。それと荒れ果てた周りの景色さえなければ、ちょっとしたピクニックでも見えたかもしれない。お腹が減っていたのかクラッカー状の戦闘食糧を栗鼠のように食べる子供に、それを見守るユナたちは親か親戚かはたまた兄姉か。
他の飛行隊がカバーしてくれているのだろう、空に見える影は無害な野鳥ばかりで、幸い地上もごく稀にその時々の歩哨担当がグールやヘルハウンドなどを追い払う銃声が聞こえる程度。そのたびにフィーニがびくりと身体をすくめるのは心が痛むが。
「……ん」
「あ、くれるの?ありがとう」
フィーニが差し出したクラッカーの破片を受け取って、ユナはそれを頬張る。
「……俺達には無いんだな」
「なに、貴方欲しかったの?あげよっか?」
小さく肩を落とすソルに、からかうように自分の分のクラッカーを差し出すイレーネ。
「お前から貰ってもなぁ」
「あら、せっかく人の厚意を無にするつもり?」
「モノ自体は食い慣れた脱水クラッカーだしな。付加価値ってやつだよ」
「ほら、部下からの思いやりって言う付加価値よ」
「憐みの間違いじゃないのか」
「ま、諦めなさい。この子にしてみたら私たちは知らない大人なんだから」
差し出していたクラッカーを自分でかじって、イレーネは肩をすくめる。
ソルたちの会話に無邪気に首を傾げるフィーニに、ユナは別に気にしなくていいからね、と新しいクラッカーを手渡す。軍隊の戦闘食糧の常として栄養重視であるが故に、王立軍正規品とはいえあまり美味しくない、というかどちらかと言うと口の中の水分を全部持ってかれて不味いとして軍人たちには不評のそのクラッカーをフィーニはまた美味しそうに頬張り。
「ねえ、おかあさんたちはどこにいるの?」
無邪気な笑顔で爆弾を投下した。
「えっと、それはね……」
その笑顔が、幸いその母親がフィーニの目の前で川辺の生存者と同じような目にあったという事は無いのだろう事を物語っている。ただ、だからといって下手な事も言えない。この辺り一帯は見ての通りモンスターに蹂躙された後なのだから。
「お母さんとははぐれたの?」
答えに窮するユナの代わりに尋ねたソルに、こくりと頷くフィーニ。
「へいたいさんたちがきたあとに、みんなでにげるとき」
少なくともモンスターに襲われて散り散りになったという事ではないことに安堵するが、それ以上聞くこともできない。その記憶を辿れば、必ずあの川辺に繋がってしまう。
「それならきっと王立……私たちの仲間が守ってくれてるよ」
少なくとも王立軍の先行部隊が来た後なら、何らかの手は打っているはず。
「ほんとに?」
「うん。私たちは王立軍だからね。みんなを守るのが仕事なの」
できるだけの笑顔で、フィーニの目をまっすぐ見つめててユナは言う。
百パーセントの保証なんて出来なくても、そう言うしかない。相手が誰であれ、それがユナたちの役目だし、そうあることが王立軍の存在意義であり誇りだ。
全体としては劣勢ではないとはいえ、防衛線では毎日のように着実に損耗が積み重なり、かつての戦友の名を数年ぶりに聞くのは戦死発表で。それでも臣民の責任として、世界有数の軍事力を誇る連邦王国の軍として、守るべき人々には胸を張って大丈夫だと言う。
「おじさんたちの仲間は強いからな、何が出たって安心さ」
無論、ユナたちもそれをただの口先だけにする気は無いが。
「自分でおじさんって言っちゃうんだね」
そう言ったユナに、ソルは苦笑して。
「流石に三十近くなってお兄さんを名乗る勇気は俺もないって。そもそも、この年の子供から見たら二十超えてたら二十も五十も同じおじさんだよ?」
「それ、私たちの目を見てもう一回言える?うちの隊全員二十歳は超えてるんだけど」
「子供は残酷だよ。呼ばれるより先に名乗っとくのがダメージ軽減の秘訣さ」
ソルに冷たい視線を送るイレーネに、笑って答えるソル。
その横で、フィーニが小指を立てた握りこぶしをユナの方へ突き出す。
「やくそく」
「うん、約束」
子どもの小さな小指と、操縦桿を握り続けて少し硬くなったユナの小指。軽く絡ませると、小さな小指がぎゅっとユナの指を握り締め、それに応えるようにユナもその折れそうな細い小指を握り返す。
フィーニの母親についてユナたちには何もできないとか、あの川辺では助けられなかったとか、そういう事ではきっとない。これはフィーニのための優しい嘘なんかではなく、王立軍人としてのれっきとした約束だ。
「じゃあ私も」
続けて小指を差し出すイレーネに、フィーニはその指をしばらくじっと見つめてからおずおずと自分の小指を交差させる。
「フィーニもお母さんも、お姉さんたちがちゃんと守るから安心して」
「へー、そうやって刷り込むんだ」
「このおじさんが言う事は気にしなくていいからね」
「……うん」
きょとんとした顔のまま、こくり、と。無邪気さも時として罪である。
「俺そんな悪いことした?」
「大きい男の人が怖いんじゃない」
「そうじゃなくて明らかにお前が誘導しただろ、イレーネ」
「ん?そんなにフィーニに構って欲しいならほら、どうぞ」
「……?」
両肩を持ったイレーネにソルの方を向かされるが、小さく首を傾げてユナの方へと戻ってゆくフィーニ。
「うん、そうなるよな」
「まあ、クルトよりは嫌われてないんじゃない」
「あいつと比べてもな。いきなり上からあの勢いで話しかければそりゃ怖がられるさ」
「フィーニに逃げられてあたふたしてるのは見ものだったけどね」
そうして、数時間ほどだろうか。
慣れない子供の相手に四苦八苦しつつも、少しずつユナ以外の隊員へのフィーニの警戒も解けてゆき、ちょっとした遊びなんかもして時間を潰して。
日もほぼ真南に昇り、むしろ少し傾き始めたかなという頃。
満腹になったところに遊んでいた疲れも出たのか、ユナの膝に頭をのせて穏やかな寝顔で寝息を立てているフィーニ。それを、焚火で沸かしたお湯で淹れたコーヒーを傾けながら丁度その時の子守担当の三人して眺めていた時だった。
機外用の無線機を持って歩哨に立っていたアンナがそれを振り回しながら、何かを叫ぼうとするかのように大きく息を吸いながら駆けてくる。それに慌てて唇に人差し指を立てた三人分の必死のジェスチャーが何とか通じ、そのまま駆けて来たアンナは肩で息をしながら無線機を掲げて整わないままの息で。
「地上部隊が、見えたって、ソルが」
「まじか!」
食いつくように答えたのはクルト。
「うるさいって!フィーニが起きちゃうでしょ」
「あ、悪い。けどまあこれでひとまず安心だな」
「思ったより早かったね」
こんなにすぐ着くのならそうと言ってくれればよかったのに、とユナは直接通信したわけでも無い作戦司令部に心の中で文句を言いい。
「ただ、川の向こう側からって」
しかし、アンナが続けたその言葉に三人して首を傾げる。
「そっちって」
「逆よね」
「逆だよな」
レンツ戦闘飛行隊は王立地上軍の地上部隊本隊が進出するための、いわば先遣隊だ。当然、王立地上軍は後方にいるはずで、多少の進軍路のずれはあれ対岸からやって来るというのは考えにくい。
「共和国軍か?」
クルトがそう呟くのも自然な話。ユナたちは既に共和国の元支配域に到達しているとはいえ、川を挟んだこちらとあちらで比べるのならこちらが連邦王国側であちらは民主共和国側だ。あちらから何かやって来たというのなら、普通に考えれば共和国軍だろう。
ただ。
「まさか。貴方、私たちの任務が何のためか忘れたの?」
イレーネが言った通り、共和国軍はこの地域の防衛を王立軍に託して撤収したはず。細かい内情までは知る由も無いが、その共和国軍が国境付近のここまで、しかも速度や対応力に優れる航空戦力ではなく、足も遅く空から襲われれば殆ど勝ち目のない地上部隊を展開しているというのは考えづらい。
「なら、先行部隊が撤退してるとか?」
「先行してるのも空軍よ。陸軍がいる訳ないじゃない」
「じゃあなんなんだ?」
「私も知らないってば」
イレーネに睨まれたクルトが黙り込む。アンナが無線で空に上がっているソルに尋ねたりもしたものの、数両程度の小規模な地上部隊と言う以上の情報は得られず。
「まあなんにしろ、地上部隊が来てることに変わりはないんでしょ。それに、こっちに戻ってきてるならフィーニを保護してもらうにも好都合だって。どうやっても私たちじゃ最後までこの子の面倒は見れないんだから」
予想ばっかり立てても結局予想ではどうしようもない。寝ているフィーニを起こさないようにゆっくりと膝から下ろし、立ち上がったユナは飛行服の砂を払う。
「その部隊はこの橋を通りそうなの?」
「まー、多分そうじゃない」
「多分って」
「結局は神頼みよ。あちらさんが忘れ物を思い出してUターンしないとも限らないし」
そう言って、アンナは無線機をユナに投げてよこす。
「ソルが一応上から見てくれてるって。後の調整は任せたよ、隊長」
「分かった。念のためヴェスペのエンジンは掛けといて。もしその部隊がモンスターに追われてたり、敗走してる最中だったりしたら私たちものんびりはしてられない」
「おっけー。もしそうだったらフィーニは」
「一番懐かれてるのは私だからね。譲らないよ」
「そりゃー残念だね。ソル辺りが悔しがるよ」
「もう悔しがってるんじゃない。空に上がってるんじゃ上手くいったとしても見送りには立ち会えないし」
「あー、それは普通に可哀想だね。……代わりに私が上がろっか?」
「流石にそれは、」
「冗談だって。まあ、ユナが私を上げるって判断したら上がってもいいけどね」
軽く笑って背を向けたアンナは、フィーニの脇でなにやら言い合っているクルトとイレーネに声をかけて幹線道路跡に駐機してあるヴェスペの方へ駆けてゆく。
高性能掃除機の音を数十倍にしたような、エンジン始動用の補助動力装置の音。それで眠っていたフィーニが目を覚まし、すぐ近くに誰もいなかったせいか泣き出しそうな顔をしたところに慌ててユナが駆けつけて。
そうやってドタバタしていたせいか、ソルから目測とはいえおおよその距離は聞いていたはずのその地上部隊が橋の向かいに現れるまでは、思いのほか短かった。
最初に気付いたのは、歩哨に戻っていたアンナだった。「来たー」と張り上げられた声に橋の向かいを向けば、聞いていた通り車両数両の小規模な部隊。
どこの軍か、というのは尋ねるまでもなかった。
見慣れた、とはいかないまでも見覚えのある装輪式の偵察戦闘車に、装甲歩兵の輸送用の八輪の幌付きトラック。いずれも連邦王国の制式採用している装備品。
トラックで機動力を確保した装甲歩兵に、機関砲塔を備え機動性にも優れる偵察戦闘車を火力支援として随伴させる基本的な歩兵部隊の編成だ。
違和感を抱く点があるとするのなら、偵察戦闘車を加えても中大型の陸棲モンスターに対処するだけの火力を持たない歩兵部隊に、本来随伴すべき戦車をはじめとする機甲戦力が見当たらない事。後は精々、迷彩の色合いや模様が記憶とは少し違う程度か。
部隊間の連携も撮れない状況で撤退しているのかもしれない、という最悪の可能性。それを頭の片隅に置きつつも、ユナはとりあえずフィーニを他の隊員に任せてひび割れた道路の上へ出てその車列を止める。
あちらも駐機された戦闘艇を見て誰かしらいる事には気づいていたのだろう。特に驚いた様子も無く、先頭を走っていた偵察戦闘車のキューポラから上半身を出した車長と思しき男が耳あての付いたヘルメットを外して申し訳程度の敬礼をする。
「どうなさいました、王立空軍殿」
お世辞にも友好的とは言えない態度に、嫌味とすら思える慇懃な言葉遣い。
何よりも、王立空軍殿というその呼び方。
それでようやく、ユナは残っていた違和感の正体に気付く。
「予備軍……」
王立地上軍の部隊ならば必ず車体に大きくあしらわれているはずの王立地上軍の紋章。それがこの部隊の車両にはいずれも刻まれていない。
「ああ、気付いてなかったんですか。残念ながら生憎、我々は誇り高い王立地上軍ではなく、小汚い辺境民の陸上予備軍です。用が無いなら失礼していいですか」
砲塔上のハッチからユナたちの方を見下ろした男がそう言って砲塔の中に引っ込むと、偵察戦闘車が再びゆっくりと動き出した。同時に、ユナのいくらか後ろにエンジンをかけた状態で駐機してあるヴェスペのエンジン音が大きくなり、恐らくクルトだろう、進路を塞ぐべくタキシングを始めた車輪の転がる音もして。
「待ってください、用ならあります」
返事はない。ユナを避けて路肩を回り込むようにして進む偵察戦闘車に、後続のトラックも動き出し。
「民間人を保護してます。小さい子供です。後方への移送をお願いしたい」
ユナが叫ぶように放ったその言葉に、戸惑うように偵察戦闘車の加速が鈍る。
数秒間そのまま進んだ後、車列は停止した。
「……本当ですか」
先程までの態度はどこへ行ったのか。再び開いたハッチから現れた男は今度は少し戸惑うようにそう言うと、ハッチから出て地上に飛び降りる。
「嘘をつく理由もないでしょう」
ユナは自分の後ろを指し示す。その先には、カービンを肩に提げたアンナの後ろに隠れるようにして両手でそのズボンを掴みながらこちらを窺うフィーニの姿。
「……まあ、そうですよね」
歯切れの悪い予備軍の男。この後に別の任務などが控えているのだろうか、と思いながら。
「で、お願いできますか。そちらも任務など都合があるでしょうし、無理にとは言いませんが」
「無理、と言うほど無理ではないですが……」
尋ねるユナに、渋るような様子を見せる男。
見かねたのか、横からイレーネが口を挟む。
「我々にも任務がありますし、この機体は一人乗りです。いつまでも地上でこうやっている訳にもいきませんが、かといって見捨てるのも心苦しい」
嘘は言っていない。もちろん、ユナもイレーネも彼等に断られたからと言って見捨てる気は毛頭無い。ただ、あなた方が引き受けてくれなかったら見捨てざるを得ないと匂わせられれば、情のある人間である以上そう簡単に断れるものではない。
そして実際、一人の命を捨てて万の命が、街一つを捨てて州一つが救えるのならば、王立軍という組織は後者を取る。それを正しい選択として可能にしてしまう。
フィーニが、アンナの行為を「ぐんじんさんだから」で一応は受け入れてしまったように。
「……わかりました。丁度基地に戻る途中です、そこまでは面倒を見ましょう」
「助かります」
正規軍ではないとは言え、予備軍も連邦王国の正式な軍事組織。基地までの安全さえ確保できれば、あとは連邦王国の充実した避難民保護制度を受けられる。
「王立軍から避難民の保護を引き受けた。四番車の装備品を三番車までに移して場所を空ける」
車体前部のハッチから差し出された無線機のマイクに向かって話している男に背を向け、ユナはフィーニの方へ向かう。
ユナが近づくと、アンナの後ろにいたフィーニはユナの方に駆け寄って来る。
「あのへいたいさんたちは、なに?」
くいくいと服の裾を引っ張って尋ねるフィーニに、ユナはしゃがんで目線を合わせる。
一応は、いきなり知らない人間に預けることになるのだ。なるべく不安に感じさせないようにと、慎重に言葉を選ぶ。
「あの人たちが、フィーニが安全なとこに着くまで守っててくれるんだよ。私たちじゃあ、フィーニを乗せて遠くまでは飛べないからね」
多少嫌がられることは予想していた。むしろ、嫌がってくれたら少しだけ嬉しいな、なんて些か大人気ない事も考えていた。
けれど、その予想は幾分か楽観的過ぎたらしい。
短く息を吸う乾いた音。見開いた目でユナを見つめるフィーニの顔に浮かぶのは、まるで何か酷く傷つけられたような表情。
「やだ」
ぶんぶんと音が鳴りそうなほど、大きくかぶりを振る。
それを見て、ユナははっと思い至る。フィーニがあたかも「忘れた」かのように振舞っていたからユナたちまで忘れてはいなかったか。フィーニが見てきたはずの地獄を。そのフィーニにとって、ユナたちがどう見えていたのかを。
「大丈夫だよ。あの人たちも、ちゃんとフィーニを守ってくれるから」
「ちがう。へいたいさんは、ちがう」
「大丈夫だって。言ったでしょ、私たちの仲間は強いから」
「ちがう。やだ。ちがう」
「大丈夫。約束する」
何時間か前の川辺でのように軽く抱きしめ、言い聞かせるように繰り返す。
心は痛むが、フィーニが嫌がろうとここで彼らに預けるのが彼女の為だ。
「ほんと懐かれたねー、ユナ」
「他人事だと思って」
「まさか、私だってできることなら最後まで面倒は見てあげたいよ。というか、本来なら多分最後まで面倒見る義務があるんだけどね、私たちが」
気付けば、上空警戒に当たっていたソルの二番機も着陸態勢に入っている。わざわざ、車列で塞がれて長さの足りなくなった道路跡に面倒な垂直着陸で。やはりフィーニを地上部隊に預けるのにずっと空の上は耐えかねたのか。少し対空対地の警戒が不足気味になるが、そこはこの空域に展開している他の飛行隊と、万一の際はこの予備軍部隊の戦力を信じて許容する。
結局最後には涙目になって抵抗したフィーニだったが、ユナたちも折れるわけにはいかない。しまいには五人がかりの必死の説得で、ようやくいやいやながらも首を縦に振ってもらう事に成功する。
「また会いたかったら会えるから」
そう言い聞かせて、準備ができたという車列の方に送り出す。少しでも不安を和らげるため、ユナたち全員分の名前を書いた紙きれを握らせて。
それをぎゅっと握りしめ、フィーニは予備軍部隊の女性隊員に抱き上げられてトラックの荷台に乗せられる。多少配慮してくれたのか、兵員のすし詰めになった車両ではなく、装備品の積み込まれた車両に作ったスペースに、気まずそうな顔をした付き添いの女性隊員と共に。
一通り作業を済ませると、最初に偵察戦闘車から降りていた男がユナの方へやって来た。
「上に説明するために、そちらの所属を教えてください」
小さな薄汚れたメモ帳を取り出し、
「そちらで保護したことにしていただければ」
フィーニの持つ紙にすべて書いてあるとはいえ、本来の任務とは別の事をしているのであまり上層部に伝わって欲しくはない。説明なんて猶更である。
が、あからさまに不愉快そうな顔をして男は答える。
「こちらにはいろいろあるんです。とりあえず、お願いします。そうでないと我々は彼女を保護できません。人を助けて軍規違反にされるのは御免ですから」
「……? 民間人の保護が禁止されるはずは」
「なら、機密保護の観点から民間人を乗せるのは本来望ましくない、とでも思っておいてください。とにかく、そちらの所属か名前を」
こればかりは譲れないと言うように繰り返す男に、ユナも折れた。
「西部方面艦隊第十七航空団レンツ戦闘飛行隊」
「第107襲撃小隊です。何か聞かれた時は、ここに確かに預けたと言って頂きたい」
殴り書きのメモを乱暴に手渡し、男は車両に乗り込む。
再び動き出した車列は駐機してある戦闘艇を避けるように進み、後ろの空いた幌付きトラックからは小銃を抱えた戦闘服姿の兵士と、最後の車両から女性兵士の脇でやはり寂しいのか泣き喚くフィーニが見えて。
ふと、ユナの脳裏に小さな疑問が浮かぶ。
襲撃小隊と言うならば、後方支援部隊ではなく戦闘部隊だろう。ではなぜ兵員が皆、防御力が皆無に近い戦闘服なのか。治安維持任務でもない限り、鎧のような防護装甲を纏った装甲歩兵が歩兵部隊の主力だ。幌付きトラックだって補給部隊や基地などではよく見るが、戦闘部隊なら兵員の乗る荷台はモンスターとの不意遭遇に備えて装甲化されてはいなかったか。
主に前線を張る王立地上軍ではなく、あくまで陸上予備軍だから。それで片付けられない事もない疑問だが、フィーニを預けているせいか少し気になって。
しかし、フィーニを託した不安を誤魔化すかのように抱いたその疑問は、機上に戻っていたソルの声ですぐさま吹き飛んだ。
「作戦司令部から通信だ。後続の本隊が竜種に襲撃されたらしい」
背筋がすっと冷える。
「王立地上軍が対空戦闘中だが、対処しきれないと」
防空網をすり抜ける程度の群れに対処できない?そんな訳、と思って気が付く。王立空軍が制空権を確保している前提なら、対空戦力を削っていてもおかしくない。
「……それで、」
別に防空網に穴を作ったわけではない。きちんと一七の他の飛行隊にカバーは要請したし、彼等ならその程度やってくれるはず。ただ、それでもユナたちが制空任務から外れていたのは事実。何も関係ない、と思えるほどユナは楽観主義的ではない。
何より、実際にどうなのかは関係なく、傍から見ればそこには明らかな因果関係が生じてしまう。
「俺たちに援護要請が来てる。と言うか、命令だな。任務を中断して本隊の防空に当たれ、と」
急いで戦闘艇のコックピットに潜り込み、風防を閉める。
「図ったようなタイミングだな。これであいつらが来る前だったら詰みだったぞ」
ソルは小さく笑って言うが、もしそこが因果で繋がってしまえば笑えない話だ。
「本隊の現在地は」
座席の脇から地図を取り出す。攻撃艇なんかだとデータリンクで座標のモニター表示なんかも出来るらしいが、重量と空間の制限がきつい戦闘艇にはそんな上等な物はない。
「第三予定経路上のポイントGとHの間、細かい場所は空から見りゃ分かるだろうと」
「そこなら他の飛行隊の方が近くない?」
「そっちはそっちで取り込み中なんじゃない?俺たちのカバーもしてくれてるわけだし」
他の隊員も乗り込み、ユナの一番機から順にタキシングを始める。
既にフィーニを乗せた陸上予備軍の車列は遠く小さくなり、幹線道路跡を滑走路として使うのに障害はない。高温のエンジン排気で舗装が傷みはするだろうが、どのみち既に修復なしで一般道路としてすぐに使える状態ではないだろう。
「やっぱ子守よりも、こっちの方が性に合ってんな」
「なにークルト、もうロスになってんの」
「まあ、結局貴方怖がられたままだったしね」
気を紛らわせるように軽口をたたきながら、王立軍人たちはフィーニたちを、国民を守るための「本業」へと戻るべくスロットルを開く。
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