第35話 俺さまちゃん現着!

 場所は変わってユルシカ島の指揮所。


 センサーを搭載した無線標識からの情報を精査していた月光は異変を感じた。


『あん? なんだ……? へんな動きしてやがるな』


 なんとか復旧した探査網によりミサイル攻撃が再開されたことを感知した。


 だが、その軌道がおかしいのだ。

 新たに発射されたと思われる飛翔体が、島に届かない海中に落下した。


 しかも爆発した様子がない。

 不発弾か? と思ったが、その飛翔体から、見知った信号が発せられている。


『こりゃあ……俺様ちゃんの固有霊子波長じゃねぇか……』


「何かありましたか? 月光」


 いぶかしげな反応をしている月光に、クラウスが疑問を投げかけた。


 ラブリス不在の今、暫定的に指揮を執る彼にも疲れが見える。


 敵の艦をいくつか拿捕だほしたとはいえ、防戦一方な状況に変化が欲しかった。


『ああ、相棒だ。あいつ、敵艦の中にいるぞ。しかもなにか仕掛けようとしてやがるな』


 月光の固有霊子通信。

 それは、仮想情報端末を再現するための通信技術だ。


 現在、冥界の兜イドスキュネイの影響下にあるユルシカ島。

 本来であれば、霊子通信も阻害される。


 だが、月光の超高性能情報処理能力をもって、波長を定期的に更新し、影響を免れている。


 通常の魔導コアではこうはいかない。月光だからできる技である。


『今のままじゃ繋がらねぇ。俺さまちゃんがプロテクトかけてっからな。だがこっちから合わせてやれば――、いや、まだ距離があるな――ああ、何発か間隔あけて打ち込んで道を作ってんのか。簡易の海上無線標識ね。相変わらずおもしれえ事考えるなぁ、相棒は』


「私にはよくわからないのですが、どうしますか、月光」


『ああ、わりぃわりぃ。相棒と連絡が取れたってことだ。多分姫さんも一緒だろうよ』


 月光はいかにも嬉しそうに、くるくると回転する。


 その反応を見る限り、良い知らせであるようだ。とクラウスは判断する。


「月光、行ってください。姫様のご無事の確認も忘れずお願いしますよ」


『お、判断が早いね。助かるぜ。じゃ、相棒が呼んでるからよ、ちょっくら行ってくるわ』




『――というわけで、俺さまちゃん。現着ぅ‼』


 ユルシカ島の月光が宣言したのと時を同じくして、エドガーの元に月光が出現した。光芒をまき散らしながら出現した彼をみて、エドガーは自分でも驚くほどほっとした。


「よかった! よく信号に気づいてくれた。月光、信じてたよ!」


『おうよ。ピーンと来たぜ。相棒が呼んでるってな。そんで姫さんも元気そうじゃねぇか』


「ええ、おかげ様でね」


「月光、早速だけど時間が無いんだ。無線標識の範囲外に出たら通信が途切れる。それまでにこの艦を掌握してくれ。霊子端末はここに取り付けてある。敵は魔導コア搭載型だと思う。俺では一部の火器管制を狂わせるのが限界だったんだ」


 急いで状況を告げた。

 月光と合流したといっても、状況は急を要する。


 キュクロープス制圧の際は、月光コア本体からの直接接続だったが、現在は無線標識を経由しての霊子遠隔接続だ。通信が不安定なうえに、処理速度も落ちる。


 決して悠長にはしていられない状況なのだ。


『あーん? 相棒はコア使いが荒いねぇ。感動の再開くらい楽しもーぜ?』


 軽口をたたきながらも、月光は数回、明滅を繰り返す。

 俺様くらいになるとーそれくらい――といいながら。


『これがこーしてあーして、ちょちょいのちょいっと――』


 エドガーは黙って、月光を見つめていた。


『ほい、完了。進路をユルシカに向けまーす』


 大きく艦体が傾く。駆動音を響かせて、今までとは明らかに違う挙動をし始めた。


「よし、OKだ、月光!」


 エドガーに、会心の笑顔が浮かんだ。


『これからどうする? 今は抑え込んでるけどな、俺さまちゃんとて直接回線じゃないからジワジワ取り返されるかもしれんのよ? あと、手動にされたらあかんな。なにせ敵さんの作ったもんだ。相手のコアを介さないと、俺様ちゃんでも制御しきらんよ』


「……そうだね。まずは脱出を考えよう。月光、この艦を浮上させつつ、非常ハッチの場所を探してくれ。近くに救命胴衣もあると良い」


『おけ。ほかには?』


 エドガーとラブリスはユルシカ島の現状を確認する。


 けが人はいるものの、皆無事であることを喜んだ。


 同時に、この艦に遺産があるという情報にも驚いた。


「遺産の制御は奪えないの?」


『んー、無理。あれはディムの作った中でもすげぇシンプルなヤツだからな。人が操作しないと動かん。スタンドアローンだ。奪い取ろうにも、置いてある場所に行かないと駄目』


 冥界の兜イドス・キュネイ


 月光の話を聞く限りは、厄介そうな遺産だ。この艦の中にあるのは間違いないだろうが、それに対応している時間はないだろうと、エドガーは考えた。


「ラブリス。その遺産は諦めてもいいですか?」


 ラブリスが遺産を集めている事は知っている。

 そう説明された。だが彼女の安全には替えられない。


 危機はまだ脱していない。

 命の危険がある限り、脱出を最優先するべきだと考えた。


「そうね……、うん。エドガー君の思うように」


「ありがとう。ラブリス」


 そう言ってくれると思っていた。

 エドガーはうれしくなって思い切りラブリスに微笑んだ。


「んん――⁉」


 だが、その微笑みに対して、急にラブリスは顔をそむけるのだ。


 どうしたのだろう? と心配するが、「いいから仕事しなさい!」と明後日の方向を向いてしまった。


「まぁいいや。それじゃあ月光、移動しようか」


『了解――って言いたいところだけどよ。艦の制御に介入が入ったぜ。あと、そこまで敵が来てる。おっと数めっちゃ多いな』



「――エドガー、貴様。……そこにいたか」


 格納庫に鋭い声が響く。


 続いて、ライフルの一斉射撃。壁面にいくつも穴が開く。


「エドガーくん、こっち!」


 ラブリスが強引にエドガーを物陰に引き込んだ。


 月光も消失したのち、エドガーの側に再出現する。

 転がり込んだ先で、その声を聞いた。


「そこで何をしていた? この状況はやはり、貴様の仕業か。よくも私の邪魔をしてくれたな。もはや細かい事はどうでもよい。貴様は殺してやる!」


 怒りに目を血走らせたベンメルと、大男の軍人であるオーウェン。

 其れに率いられた、ライフル衛兵の一個小隊が現れた。


 銃撃戦は圧倒的にこちらが不利だった。兵士から奪った一丁のライフルとピストルのみ。


 さしものラブリスも居場所を把握された上では物量で押される。


 銃撃を返しはするが、じわじわと距離を詰められていた。


 二人は、発射管の裏で身を縮こませる。


 ラブリスのヘッドショットで、一人二人倒せたところで意味はない。


 敵は増援を読んでいるのだろう。徐々に増えているようだった。


「ど、どうしようかな。こうなってくると、ちょっとまずいわね……」


 さすがのラブリスも弱音が出る。


 それだけ、どうしようもない状況になりつつある。


 だが、そんな中でもエドガーは次の策を立てていた。


「月光、あっちはどう? 準備できた?」


「おう。いけるけどよ、相棒たちはどうすんのよ」


「これを使おう」


 飛翔兵器の発射管であるシリンジを手の甲で叩いた。


 エドガーは、ここに至るまで色々なパターンを考えていた。


 先ほどまでのプランは艦の制御を奪ったうえで、海上まで浮上。


 搭載されているである避難用小型ボートを奪い逃走というプランだった。


 だが、ベンメル達の素早い対応にそれは不可能になった。


 だから次の手だ。


「ラブリス。これで脱出してほしい」


 いつになく穏やかな目で言うエドガーに、ラブリスは怯えた顔を見せた。


「いや、あの、これって、飛翔兵器の発射管なんじゃないの……?」


 エドガーが指し示すシリンジは発射管だ。


 エドガー自身無線標識を打ち上げる際にそう解説した。


 決して脱出装置などではない。


「うん、そうなんですけどね。調べてみたらこれ、脱出装置にもなりえるんだよ」


 エドガーは解説する。


「弾頭は爆炎陣だから無効化するとして。弾体がすごく大きいでしょ? この中に、人ひとりくらい入れる隙間があるんだ。いずれ、別の機能を搭載するためのスペースだと思うんだけど、ここが今は利用できる。ここに乗って、打ち出してもらうんです。月光、ラブリスが死なないように、慎重に射出できる? 着水角度も計算して衝撃を限りなく減らしてほしい。それからすぐに救助に来てもらえるように、連絡できる?」


 淡々というエドガーにラブリスの表情はどんどんひきつっていった。


「や、やだ……死ぬ、死ぬわよそれ」

「でもここにいても死にますよ」


「それは……、そうだけど……」


『いやぁ、相棒。相変わらずクレイジーだな。だがまぁできるよ。姫さん安心しな。俺さまちゃんがちゃんと撃ちだしてやるから、相棒のいう通りにしたほうがいい』


「良かった。月光ならそう言ってくれると思ったよ」


 話している間にも、銃撃は激しさを増していた。


 だが、青ざめるラブリスはなかなか決心がつかない。


「い、いや。やっぱり無理無理無理!! こんなの死んじゃうわよ!」

「大丈夫、大丈夫。俺も同じ方法で逃げますから」


「ほ、本当……?」


「本当本当。安全性は月光が保証してくれます。もしミスったら来月から月光の魔素は八割カットにしましょう」


『え、相棒それひどくない?』

「だって、失敗しないだろ?」


『ふん、よくわかってるじゃねーか』


 まごまごとしている彼女を発射管の小スペースに押し込んだ。


「さぁ、ラブリス、入って入って」


 そう言って、彼女を押す。


「え、え、私先なの? まって、エドガー君は?」

「次のやつで行きます」


「こ、怖い……。ね? エドガー君も、一緒に入ろう」

「だめです。狭すぎます。二人で入ったら重量オーバーで失敗するかもしれないし……」


 ハッチをしめながら、エドガーは笑顔で言った。


「では、ラブリス。またあとで。必ず追いかけますから」


 ラブリスは最後まで不安そうだった。


 一方エドガーは、あくまで笑顔を崩さず、ハッチを閉めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る