第8話 工房とグラナダの遺産(1)
エドガーの目には、それが最上級の施設に見えた。
中央工廠にも引けを取らない中型艦クラスも建造可能な乾ドック。
広い連絡通路も通っていて、飛空艇にも対応している。
照明に照らされた内部も広く、平坦なグラウンドがあり、作業性は良好であるようだ。
「す、すごい。凄すぎるよ!」
「はぁ……、そうですか? すごい……ですか」
「いや、もう凄いなんてもんじゃないよ‼」
この場所の凄さを理解できないなんて! エドガーは興奮のままにステラに少しばかりの苛立ちを感じた。愚かなオタクの性である。
その苛立ちを顔に出さなかったのは、彼のなけなしの自制心が働いた結果だ。
「こんなものがなぜここにある⁉ これはすごいことだよ!」
「ええと、前の戦争の時、ここユルシカ基地は軍の秘密工廠だったと聞いています」
「ぜ、前大戦期の‼」
それを聞いて興奮はさらに高まった。
天を仰ぎ見てガッツポーズ。鼻息荒く、目は
それを見たステラは正直。
(え、ちょっと気持ち悪い……)
と思ったりしたのだが。
「ええと、あまり興奮されると、その、怖いというか……。それに、今は中央制御機構が壊れているし、動力機構も足りていないんですよ。だから造船には使えないし。簡単なメンテぐらいにしか――って聞いてます?」
「すごい、こんなものが残っているなんて」
ステラの説明もろくすっぽ聞きもしないでエドガーはどんどん進む。中も広い。採光も十分。理想的な作業スペースがそこにはあった。
「こんなところが……。か、感動だよ。これは……」
「そうですか? 中央の工廠ならもっと大きくて、新しいものがありません?」
「大戦期のものが、稼働しているのがすごいんだよ!」
◆◆◆
大戦期と呼ばれる時代があった。
魔導機関が開発され、本格的に戦争に投入された時代。今からおよそ七十年前だ。
新たなテクノロジーを手に入れた人類は、当たり前のように戦争に使う。
以前の戦争は局地的で小規模だった。
だが、魔導機関が世界にいきわたったことで戦争は大きく変わった。
より大規模に。より破壊的に。
戦火はあっという間に広がり、戦いは世界大戦の様相を呈する。
兵器転用された魔導機関は世界中の国々で活躍し、爆炎と砲火で世界を彩った。
数々の武勇伝も生み出し、英雄譚も生まれただろう。
だが、当然の事ながら犠牲も多かった。
参加した国々は次第に荒廃し、人的損耗も馬鹿にならないレベルになっていった。
そうなると、
戦勝に湧く歓声を夫や子供を亡くした女たちの嘆きが覆いつくしたころ、人々は争いの無意味さについて考えるようになった。
栄光と失意をないまぜにした大戦は、およそ六年で終結。
世界的な平和維持条約が結ばれ、以降大規模な戦争は起こっていない。
全世界を巻き込んだその戦争は、今では
◆◆◆
とはいえそれは七十年前の話。すでに歴史である。
悲惨な大戦争も少年であったエドガーには、ただひたすらカッコいい兵器が活躍した夢の時代。エドガーは前大戦期の兵器オタクでもあった。
「いいかい? 魔導大戦は確かに歴史的に見て愚かな戦いだったと言える。だけれど、あの過酷な時代に、人類が扱う魔導機関は恐るべき進化を遂げたんだ。それはまさに圧倒的な進化だ。いくつものブレイクスルーを起こし、技術的特異点を踏み越えて劇的な変化を遂げた! だけど、ああ、だけど! 悲しいことにだよ! 過剰な力を持った兵器群は、平和維持のために、世界議会で封印・破棄が決定されたんだ。一部研究が続けられたものはあったらしいけど、大戦期には、今のものより凄い魔導兵器が存在したといわれているんだ。現代のものは当時のものに、正直劣る! 退化しているんだ。そしてそれをはぐくんだ設備もまた、退化している。それなのに、ああ、それなのに‼ ここはなんだい⁉ オーパーツの山じゃないか! マニア垂涎の超貴重な設備だよ‼」
いつのまにかの演説状態。
両手を振り上げ、声を張り上げて講義をするエドガーを半ば呆れ顔で見るステラは、ついにはちょこんと体育すわり。
「はい、せんせー。つまりここ貴重なんですか?」
「その通りだよ、ステラちゃん! それに大戦期には謎が多い! その謎を解き明かす手がかりも眠っているかもしれない!」
大戦にかかわる謎とは、加熱しきった戦いがある一点で急に終息し、戦争に使われた超技術が各国示し合わせたように封印・破棄したことである。
当時の記録は意図的に抹消され、もう残っていない。
すべては歴史の闇の中である。
その歴史ミステリーがエドガーの興味をどうしようもなく引く。
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