第39話 再会
楽園の浜に輸送機が飛来する。
輸送飛空艇に分類されるこの機体は、定員十名だ。
パイロット二名をのぞく八名までを速やかに輸送でき、アゼルデン軍で広く運用されている。機体の側面には第五十三部隊の隊章がペイントされていた。
二基の反重力推進機構が砂を巻き上げる。
低い駆動音と共に、機体がゆっくりと降りてきた。
「アルフ! 彼を見つけたって本当なの⁉」
着陸を待たずに、輸送機から顔を出し叫んだのは、ラブリスだった。
期待と不安が混じった複雑な表情。
彼はどこ? 無事でいるの? 顔を見るまでは、安心できない!
そう書いてあるようだった。
「やぁ、親愛なる姉上。ラブリス・ティア・アマルティア。お元気そうで何より」
アルフと呼ばれた男――御曹司は笑顔で手を振る。
彼のフルネームは、アルフレド・ソル・アマルティア。
アゼルデン王国の王位継承権第一位の王族であり王太子だ。
エドガーを救った遊び人風の男は、ラブリスの実の弟。
父親譲りの豊かな赤毛は、二人が確かに姉弟であることを証明していた。
「御託はいいの。それよりもエドガー君は? 生きているのよね⁉」
着陸するやいなや飛び出してきた姉を、アルフレドは驚きをもって迎えていた。
――こんなに余裕の無い姉上は初めて見るなぁ。どうやら、深紅の雌豹と呼ばれた姉上にも、意中の男がついにできたわけか。
輸送機からは、ラブリスに続いて、ぞろぞろと数人が降り立った。
その中にミルクブロンドが美しい娘を見つけ、アルフレドはうれしくなった。
あの時、エドの隣にいた娘だ。
エドガーさん、エドガーさんと騒いでいるところを見ると、彼女との仲も続いているようだ。
いやはや、エドはずいぶんとモテるんだなぁ。とアルフレドは内心うらやましく思った
「心配はご無用。彼なら元気にしているよ。ただ少しだけ忙しいみたいでね。すごいね。ずっと離れないんだよ」
アルフレドの言葉に、怪訝そうにラブリスは眉をひそめる。
「あ、ラブリス! それにステラちゃんも! 見てよこれ、すごいんだ! この船、グラナダの乗艦だよ⁉ 七十年も前のものなのに残ってるなんて俺もうびっくりしすぎて失神しそうだよ! なんだろうこの形状!? 艦種は工作艦になると思うんだけど、こんなに大きいの初めて見るよ。七十年前にも、半重力機構ってあったんだね! 四基も載ってるってことは、この艦浮くのかもしれないんだよ! ラブリスお願いがあるんだ! この船、基地に持って帰ろう! 世紀の大発見なんだ、こんなものを、ここで朽ちさせるわけにはいかないよ!!」
アルフレドに連れられて洞窟内に向かうと、そこにいたのは、異常に興奮したエドガーの姿だった。
どこから調達してきたのか、大量のライトで照らされたヘパイストスの前で船体の解析作業に精を出していたのだ。
ラブリスたちの姿を見た途端にまくしたてる。
感動の再会などどこへやらだ。
「昨日からこうなんだ。いやぁ仕事熱心だねぇ」
だが、それは、ラブリスとステラにとっては、いつもと変わらないエドガーの姿だ。あまりに変わらな過ぎて、泣けてくると同時に、笑えてしまう。
よく見ると頬もコケているし、髭も生えている。
ユルシカ島で敵兵に拉致されてからというもの、苦労も多かったはずなのに、エドガーはそれを少しも感じさせなかった。仕事馬鹿で、兵器の事しか考えていない、いつものエドガーなのだ。
「まったく馬鹿ね……、他にいうこと、あるでしょ……」
ラブリスは、そんなエドガーの胸にぽすっと収まる。
後ろで、ステラが「あー!」っと悲鳴を上げていたが気にしない。
早いもの勝ちとばかりにエドガーを抱きしめた。
「無事で、良かった……、本当に……」
そのまま、顔をうずめて少し泣いた。
それをみて、エドガーもさすがに気がついた。
心配してくれたんですね、ごめんなさい――という気持ちになる。
それから、ステラの顔を見た。
こちらも泣きそうな顔だった。
ステラちゃんにも心配かけたなと申し訳なくなって、ステラにも手招きした。
パッと表情を輝かせたステラも、エドガーの胸元に飛び込んだ。
エドガーは二人を抱きしめて、再会を喜ぶ。
「色々あったけど、みんな元気そうでよかった……」
「ほんとですよぉ……、死んじゃったと思ったんですからぁ」
ステラは涙が抑えられずボロボロと大泣きしていた。
ラブリスも目じりに涙を溜めながら、エドガーをより抱きしめる。
この場に月光がいたら、盛大にからかわれた事だろうが、無粋な魔導コアここには居なかった。
◆◆◆
そしてエドガー救出から一週間が経過した。
「ただいま、ユルシカ基地」
コリント市にある病院を退院したエドガーはデラ・ユルシカに戻っていた。
簡素な正面ゲートから、丘を登り、隠された基地を眺める。
襲撃の時、攻撃を受けと聞いていた。基地施設のところどこに破壊の爪痕は残るものの、基地の再建は急ピッチで進んでいるようだった。
ユルシカ基地のドックにはまだ何もない。ヘパイストスはえい航されている最中だと聞いている。ラブリスが手配をしてくれたのだ。
エドガーは自分の仕事場に向かって歩みを進める。
いい加減、話を聞かなきゃならないやつがいた。
エドガーとて、憧れの人のことだから、何度も聞き出そうとした。
けれど、彼が語るのは、やれ女癖が悪かった。酒飲みだった。ろくでなしだった。こんな活躍をした。あんな美女に言いよられた――そんな、情報ばかりだった。
きっとアイツにも事情があったんだろう。
エドガーは、工房の扉を開け、その奥に鎮座している黒光りする立方体に近づく。
『――よう、相棒。元気そうじゃねぇか』
「ただいま、月光。基地を守ってくれてありがとう」
『おう。いいってことよ』
二人の間では言葉を尽くす必要は無かった。
名実共に相棒として、阿吽の呼吸がそこにはあった。
「月光、カティア海の無人島で、グラナダの船が見つかったよ」
『お、ついに見つけたんか。まぁ姫さんには情報渡したしな。さすが俺さまちゃんの見込んだ男だ。これで相棒は、ディムの後継者って事だな』
いつになく持ち上げてくれる月光にエドガーは苦笑した。
別に俺が見つけたわけじゃないんだけど、それはどうでも良いのかと。
「そろそろ、グラナダのこと、教えてもらっていい?」
『良いぜ。ヘパイストスが出てきたのなら、その時が来たって事だ』
月光は、情報伝達軌跡を虹色に光らせながら、エドガーに言った。
『まぁしかしな、ヘパイストスがこっちに向かってきてるんだろう? 詳しいことはディムから直接聞いたらいいさ』
ディムルド・グラナダは六十年前に今のガニメデ連邦の地方都市で亡くなったはずだ。
まるで彼が生きているような口ぶりの月光に、エドガーは首をひねる。
『期待しとけよ。ぶったまげるから』
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