第38話 楽園きたれり

「おお、エドガー。死んでしまうとは情けない」


 目覚めたエドガーを見て、開口一番、彼はそう言った。


 長髪の赤毛を後ろで束ねていて、少したれ目の甘いマスク。


 着ているアロハシャツからは、遊び人の匂いしかしなかった。


「御曹司ー、彼、起きたんすか?」


 なんて呼ばれているところから、どこかの金持ちの息子かな? と、エドガーは思った。


 寝かされていたベッドから起き上がると、そこは小さなログハウスだった。


 窓の外に、白い砂浜が見える。


「混乱しているかな? ここは楽園だ」


「――はぁ」


 死んだって事? とエドガーはぼんやりと思う。


「君は今、『俺は死んだのか?』と思ったね?」


 どやぁ、と背後に文字が浮かばんばかりのドヤ顔をキメられた。


「いやまぁ、思いましたけど……、そんな言い方されたら、そう思うのが普通では」


 とはいえ、日焼けで真っ赤になった肌。まだクラクラする頭。


 力の入りにくい手足を考えれば、助け出されたとみるのが正解だよね。とエドガーは思った。


「ふむ。君は理知的な人間なのだね」


 うんうんと頷く男。


 変わった人だなと思いながらも、助けてくれた事に礼を言った。


「うんうん。感謝してくれたまえ。僕たちが来なかったら君は本当に死んでいた」


「はい、感謝します。感謝ついでに、ユルシカ島まで送って行ってもらえませんか?  それがだめなら無線を使わせてほしくて……」


 エドガーはエドガーで、トビウオに乗せて送り出したラブリスや、基地に残っているステラたちの安否が気になっていた。


 可能ならすぐにでも戻りたい。


「ふむ……、基地に帰りたい? 困ったな、実はここ異世界でね。死んでしまった君は、異世界転移したワケ。だから、勇者エドガーに、ダンジョン攻略をお願いしよう。ダンジョンの奥にある宝物なら、帰れるかもしれないよ?」


 そ、その設定まだ続けるんだ……。


 意味不明な事をいう御曹司に、エドガーですら少し呆れた。


「まぁまぁ、そう邪険にせずに行くだけ行ってみなよ。まだ足元がふらつくだろうから、彼女と一緒に案内しよう」


「御曹司の運転手。メルルカ・アルバっす。よろしく」


 不愛想な話し方と、ピンク色の髪が目を引いた。


 御曹司の言うとおり。そこは、小さな無人島のようだった。


 もとは小さな火山島だったのだろう。周囲は浜とサンゴ礁で囲まれていたが、中心は岩山になっていた。


 彼らは、少し歩いたところにある洞窟にエドガーを案内した。


 まだふらつく足元を、メルルカに支えてもらいながら、必死で歩く。


「エドガー君。いや、ここは親しみを込めてエドと呼ばせてもらおう。いいかな? エド」


 呼び方なんかはどうでも良い。

 そんなに親しそうに言う人間は今までいなかったから少し新鮮だ。


「構いませんよ」


 そう、エドガーが続ける前に御曹司は話を進めていたのだが。


「エドは、宝探しは好きかい?」


「子供の頃はよくごっこ遊びをしました」


「そうかいそうかい。宝探しは男の憧れだからね。僕はとある事情で、その宝探しをしていたのさ」


「はぁ……」


「その宝は、僕の父の父、爺さんの友達が残したものらしくてね。時が来たら見つけてくれって、頼まれていたらしい」


 洞窟は入口と比べて、中は広かった。ところどころ岩に隙間があるのだろう。光が差し込み、露に濡れた岩が光っていた。


「最近やっと見つけてね! いやぁ、こんなところ、地図がなくっちゃ絶対わからなかったよ。その地図もすごくわかりにくい物だった。さてはこれを残したヤツは最初から見つけさせる気が無かったんじゃないかと思ったほどだよ」


 饒舌にしゃべる御曹司にエドガーも黙って歩く。


 ステラなどと一緒にいるときは、エドガーも同じくらい喋るくせに、


(この人やたら、しゃべるなぁ……)


 なんて思っていた。


「――で、ここが目的の場所。これが宝だ。ぜひ君に見てほしい。エドガー大尉」


 少し坂になった曲がり角を降りた。


 そこは今までとは比較にならないほど大きく開けた場所だ。


 青空が見える。

 洞窟の中で、天井が抜けていた。


 別の場所から海に繋がっているのだろう。洞窟の中に巨大な湾が形成されていた。


 そしてそこに、大きなシルエットが見える。


 天からの光は、洞窟壁に阻まれ、十分奥まで届かない。


 だが、時間経過により、奥にも光が差し込む時が来る。


 シルエットが、徐々に露わになる。


「……軍艦じゃないか」


 それは古びていたし、錆びてもいた。


 大きさは、アゼルデン軍の主力巡洋艦よりも少し小さい程度。それでも巨大な物体であることは間違いない。


「エド、これをどう見る?」


 御曹司の声など、エドガーはもはや耳に入っていなかった。


 メルルカの手を放し、ふらふらと歩み寄る。


 船体を観察すれば、どの時代のどの船か、だいたいはわかる。


 それは、エドガーの特技だった。


「なんだこれ……、船に錬金加工肢が載ってる? それに、なんか形が変だ。これ浮くのか? こんなの見たことない……」


 後部甲板に設置された見慣れた機構に目を奪われた。艦体もおかしな形をしている。それは、エドガーの記憶の中のどの船にも合致しなかった。


 船の特異さに気を取られたエドガーは、船首付近の装甲に、アゼルデン公用語で刻まれた艦名に気が付かない。


 船の名は『ヘパイストス』 


 伝説の技術者ディムルド・グラナダの乗艦だったものだ。

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