4

「正気か!?おぬしが考える程ここは甘くないぞ!?」

「狂気結構!このままじゃ一生後悔します!」


 少女が攫われてから一日。

 いつも通り、しかし一人足りない昼休憩時間、フローダとグノトは頭を突き合わせて口論していた。


「本当はあの時助けるべきだったんだ…。なのに、僕は…」

「おぬしが自分を責めるのも分かるが、しかしあれは誰にも覆しようがなかったんじゃ。否、今だって何かが好転したわけじゃないぞ?手も足も出んのは変わらずじゃ」


 彼女を助けに行くと言って聞かないフローダを、なんとか宥めんとするグノト。

 先程から変わらずこの構図である。


「おぬしはそれよりも、自らの身の振り方を考える方が先じゃろ」

 老人の言う事にも一理ある。

 少年は今、身を守る術を一切持たない。

 今日だって全く作業を進めておらず、何時目を付けられ「矯正部屋」に埋められるか分かったものではない状況なのだ。

「だ、だから、彼女を助けて僕を助けて貰うんだよ。ね?合理的でしょ?」

「死を回避する為に更なる死地に突っ込むバカモンが何処に居る!」

「此処に!」

「そういう事を言っとるんじゃない!」

 そこでグノトはハッと周囲を見渡し深呼吸を一つ。

「一旦気を鎮めよ。“発芽”するぞ」

 静かな声で警告した。

「大人しくしておれ、命が惜しければな」

「死にたくはないです。だけど——」


——今僕達は生きてるのか?


「なんじゃと?」

 怪訝な目を向けるグノトを置いて、彼は救出作戦の考案に脳を注ぎ込む。

 「特別貢献係」の居室の場所は、かなり有名らしい。

 身の毛もよだつ程の悍ましい用途で懼れられていれば、知れ渡るのもある意味当然と言えよう。

「昼休憩なら道は空いてるがその分目立つ。出勤・退勤時なら人混みに紛れることで追手を撒ける可能性は高まるけど、僕自身の走行にも難儀する。どっちがいい?」

「待て待て具体的な話を進めるな早まるなおぬしの思考を溝に捨てるな」

「いいや、ダメだよ。このままじゃいけない」

 今まで気弱な面しか見せてこなかった少年の、熱く強固な決断的意識。

 いきなりどういった心変わりがあったのかと、グノトは付いて行けない。

「何か、こう、僕の胸の中で、何かが蟠っているんです。モヤモヤと、溜まってるんですよ…」

 彼に聞いても、そういった漠然とした感想が返るのみ。

「まあ、そのようなものかもしれんのう…」

 最後には老人が折れる形となった。


「それで、グノトに聞きたい事があるんです」

「何じゃ?」


「“勇者”って、何ですか?」


「ふむ、ワシとしたことが、口に出ておったか」

 改めて聞き耳を立てられていないことを確認し、

「飽く迄も噂じゃがな?」

 そう話し始めた。

「かつての話じゃ。『魔王に単体で対抗出来る命が在る』、『人の想いと希望を一身に背負う戦士が居る』、まことしやかにそう囁かれたことがあったのじゃ」

「それが、勇者?」

 なんとも人任せで、希望的な観測である。

「いいや、そうとも言い切れんのじゃ」

 だがグノトは、ある事実を知っている。

「ワシは実際に、勇者様に会ったことがある」

「実在したんですか?」

「そう、あの方は確かに強く、何より勇敢で、故に魔王へと挑み、その命を落としたんじゃ」

「それじゃあ、その人はもう…」

「じゃが、噂と言うのはここからの話じゃ」

 それを語る老人は、将来を夢見る少年のように、輝かしい瞳を取り戻していた。

「勇者様が亡くなった時、そこから光の柱が昇り、やがて果ての地へと降り立ったところを見た者が居る。その身敗れ去り朽ち果てようとも、その心と力は今尚受け継がれておる。そう、言ったものがおったのじゃ」

 それは、彼らを現世に繋ぎ止める、最後の希望だ。

 遠い日に見た、栄光の残滓。

 生き延びるのには必要でも、戦うとなるとあてにできない。

 役に立つ情報ではなさそうで、フローダは内心落胆した。




 作業が終わり、一日の終わりの時間。

 彼は注意深く周囲を観察する。

 出来るだけ遠回りが出来る列に連なり、見える部分だけでも記憶し、経路を絞る。

 彼女の為にも目に焼き付けて——


『ああ、あなたは、いけませんねー…』


 全く予期せぬ方向から、計画が瓦解した。

『発芽しちゃってます。矯正部屋行きですね』

「え?ちょっと、待って!」

 当然要求が聞き入れられることも無く、抵抗が実を結ぶこともなく、昆虫達に地底へと誘われる。

 溺死するように全身の感覚がじっくりゆったりと遠のいて行き、思考は単純化されて有る事を思い出す。


 その場所を知る者は、口を揃えてこう言うらしい。


 「地獄」、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る