109.私達に幸運を運んだのはあなたよ
目が覚めて、部屋の中に運び込まれたドレスと対面する。朝の支度を始める侍女達も、煌びやかな婚礼衣装に「素敵ですね」と微笑んだ。
今夜、私はオスカルの妻としてお披露目される。このカルレオン帝国が再婚に寛大な国でよかったわ。ひいお祖父様のお母様に当たる方が、再婚で苦労なさったとか。他国の王族で政略結婚として嫁いだのに、再婚だからとかなり厳しい目を向けられたらしい。
前の夫とは白い結婚だったのに、生まれた皇子の血統を疑われたり。聞くに耐えない侮辱をぶつけられたそうよ。ひいお祖父様が苛烈な性格になった一端が、ここにある。侮られぬよう強気に出て、従わぬなら叩きのめす。そうして大陸を統一するほど大きな国家をまとめ上げた。
私が息子の名をナサニエルにしたのは、ひいお祖父様のように強い人になって欲しかったから。あの時は夫を捨てて実家に戻ったばかり。将来のエルが私のせいで貶められることがないよう。胸を張ったひいお祖父様のごとく、強く生きられるように選んだ。
今日、私はエリサリデ公爵令嬢から、アルムニア大公妃となる。可愛い娘リリアナ、息子ナサニエルと共に。オスカルと家族になれるのね。
「お嬢様、お急ぎください。夕暮れまでに肌を磨いてしまわなくてはいけません」
「ええ、お願い」
お母様が入室し、エルを連れていく。世話を頼んであるの。お母様も着飾る必要があるけど、お母様のところには乳母のバーサがいるから。リリアナは私と一緒よ。
「リリアナ、起きてちょうだい。一緒にお風呂に入らなくては間に合わないわ」
目を擦るリリアナの手を止めて、お風呂へ向かった。大きなお風呂で体を磨き、香油を塗り込み、マッサージを施される。湯船に浸かって肌を整えると、再びマッサージと香油の塗り込みが待っていた。繰り返されるたび、体も心も解れていく。
「お義母様のお肌、綺麗ね」
「リリアナもすごく綺麗で可愛いわ」
子どもの肌は吸い付くような手触りで、羨ましくなってしまう。一緒にマッサージを受けるリリアナは、途中でうとうとと眠りの船を漕ぎ始めた。つられて私も眠くなる。
「まだ時間がかかりますので、終わったら起こします」
侍女の声を聞きながら、百合の香りがする台の上で深呼吸した。次に起きた時は、きっと肌が磨かれ尽くして、オスカルの隣に立つに相応しい女性になっているわ。侍女達の腕は確かだもの。楽しみにしながら目を閉じた。
数時間後、起きた私達は軽食を腹に収める。洗って香油で艶を増した髪はタオルに包まれ、バスローブを着た姿で食事を終えた。すぐに下着を身につけ、絹の靴下や手袋、ドレスを纏った。乾かした髪を結いあげ、薄く化粧を施してもらう。
全体を確認して私は微笑んだ。
「皆、ありがとう。とても綺麗に仕上げてもらったわ」
「いいえ。お手伝いできて光栄です」
リリアナも準備が終わった。銀髪が映える青いドレスの義娘は、笑顔を振り撒く。ふわりと左へ流したハーフアップのリリアナに、用意した髪飾りを付けた。今日運んでもらう神殿への供物と同じ、金色の小鳥だ。同じ職人に頼んで、用意してもらった。
「私達に幸運を運んだのは、リリアナ――あなたよ」
泣きそうになったリリアナの頬にハンカチを当てる。ぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせていると、侍女達が涙ぐんでいた。外からのノックに気付き、慌てて皆が動き出す。さあ、幸せになりましょうね。
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