106.大公妃になる覚悟とお勉強

 結婚式の準備は着々と進んだ。お祖父様達が臨席されるので、宮殿の大広間で結婚式を行う。神々に誓った愛は砕けてしまったので、今度は臣民へ誓う人前式とした。


 オスカル様もそれでいいと仰ったし、もし神様にもう一度愛を誓うなら、アルムニア公国で行えばいい。お色直しは行わず、さまざまな来賓と言葉を交わす時間を優先した。これからアルムニア大公妃となるのだから、社交は大切な仕事になる。


 ほとんどがカルレオン帝国の支配が及ぶ国々なので、皇孫である私に敬意を示すだろう。だからこそ、高圧的な印象を与えず親しみを持って欲しい。準備にさまざまな心配りを行った。


 支配下にある属国は、元は独立していた。ひいお祖父様の代でまとめ上げた武力は凄い。各国の特産物や文化を守り、繁栄させたのはお祖父様だ。支配したからと相手の文化や言葉を否定せず、奪うことなく与え合う政を目指した。


 お陰で、現時点を以て反乱は起きていない。この治世が進めば、国境を取り払ってひとつの国を目指すこともできた。現時点でその施策を行わないのは、過去の自国を忘れられない王侯貴族の無用な反発を防ぐためと聞いている。


「政は奥が深いわ」


 皇女だったお母様の教育を受けて育ったので、礼儀作法やマナー、慣習への知識は問題ない。そのため国々の力関係や、過去の歴史を学んだ。これは大公妃となる私に必要な教養であり、他国の使者や王族に失礼がないよう叩き込まなければならない。


 難しい本を読む私の隣で、リリアナも本を広げた。挿絵が少なく、絵本より字が小さい。読みづらいのか、何度も同じページを読み返している様子が気になった。


「リリアナ、読みづらいの?」


「あ……はい。どうしても読んだ行がわからなくなって」


 また同じ行を読んじゃうのよね。時には飛んでしまって、話が繋がらなくなったり。分かるわと同意し、小さな栞を渡した。


「これを使ってご覧なさい。こんな風にして読むの」


 私もこうして読んでいたのよ。細長い栞を読んでいる行に当てる。読んだら一行ずらすのだ。やって見せたら、リリアナは喜んだ。


「これなら読めます」


「ふふっ、無理しすぎないでね」


「はい、お義母様も」


 微笑み合って、私はまた歴史の本を読む。柔らかな絨毯にクッションを敷き詰めた私の膝で、エルはお昼寝中だった。時折本をずらして、エルの寝顔を堪能する。やだ眠くなっちゃうわ。


 ちらりと様子を窺えば、リリアナも瞼が下がっていた。リリアナとエルを理由に、寝ちゃおうかしら。誘惑に勝てず、私はリリアナを誘って横になる。膝で寝ていたエルを真ん中に置いて並んだ。


「まだ……おべんきょ……」


「明日取り戻せばいいわ。眠い時に無理してはダメよ」


 自分への言い訳を口にして、私はリリアナの背中をぽんぽんと叩く。刻むリズムに促され、すぐにリリアナは寝息を立てた。子守唄のように心地良い、二人の宝物の寝息を聞きながら……私も眠りについた。

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