101.触れた唇は心地よくて

 アルムニア大公家の訪問は、挨拶や報告だけなので5日ほどの予定だった。カルレオン帝国の首都まで、また1日かけて戻る。もう少し近ければいいのに、と残念に思いながら別れの挨拶をした。


「すぐに嫁に来るんだ。そう悲しそうな顔をするな」


 大叔父様はからりと笑って、明るく送り出してくれた。オスカル様がその言葉に乗っかる。


「リリアナの入学準備もあるので、義父上に仕事を任せてすぐに向かいます。同行できず、申し訳ありません」


「何? 仕事を押し付ける気か?!」


「元々、義父上の仕事ですよ」


 手伝っているだけです。ぴしゃりと言い切られ、大叔父様は目を逸らした。心当たりがある様子。オスカル様は、跡取りとして必要な業務はこなしているようです。忙しい部分のほとんどは、大叔父様の手伝いなのだとか。こっそり教えてもらい、笑いを堪えます。


 武術は極めた大叔父様ですが、書類処理は苦手でした。人には得手不得手がありますが、大公閣下としては書類も頑張って処理していただかなくては困りますね。


「構わん。ティナが嫁に来たら、すぐに大公の地位を譲るからな」


「いえ、新婚の間は我慢していただきます」


 これまた断る。二人の会話がおかしくて、リリアナとくすくす笑い合った。お母様が呆れたと溜め息を吐く。


「いつまでも遊んでないで、ちゃんと見送って頂戴」


 この場で最強はお母様でした。私達はオスカル様の手を借りて馬車に乗る。いつの間に手配したのか、リリアナの馬車以外に寝台の馬車が用意されていた。これは私達がモンテシーノス王国から移動した際に使用した物です。


「エルがいますし、リリアナも飽きて寝てしまうでしょう」


 手配した理由を説明し、オスカル様は微笑んだ。その言葉から窺える気遣いと優しさが嬉しくて、感謝のために抱き付く。頬に触れた口付けを返そうと動いた私は、反対の頬にもキスをしようとしたオスカル様とぶつかった。唇同士が触れ合う。


 目を見開いて固まり、そっと瞼を伏せた。挨拶の延長のような、優しくて短い口付けに頬が緩む。


「あ、あの」


 事故だと言われる前に、私から先手を打つ。


「婚約者ですもの」


 唇への口付けも普通。話す間に真っ赤になったオスカル様に釣られ、私も赤くなる。きょとんとしたリリアナが口を挟んだ。


「お義父様は具合が悪いのかしら。お義母様?」


「いいえ、違うと思うわ」


 なんとか答えた私だけど、今度はリリアナに私の顔も赤いと指摘される。オタオタする私達に助け舟を出したのは、お母様だった。


「リリアナ、こちらの馬車にお土産を積んで、後ろの馬車で移動しましょうか」


 寝台付き馬車に移動しようと持ちかける。エルを抱いたお母様がさっさと馬車を降りたので、頷いたリリアナも人形を抱いて続いた。追いかけようとした私は、肩に触れたオスカル様を振り返り……もう一度唇が重なる。オスカル様は深いキスはせず、微笑んで囁いた。


「すぐに会いに行きます。続きがしたいですから」


「……お、お待ちしています」


 ぎこちなくも本心を伝えて、大急ぎで馬車を移動した。しっかり休暇を取った騎士とベルトラン将軍に守られ、馬車は少しずつ離れていく。名残惜しく感じながら、リリアナと窓から眺めた。手を振るオスカル様が見えなくなるまで。

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