63.リリアナは女騎士になりたい

 ベルトラン将軍と意気投合した大叔父様は、正装の上着だけ脱いで剣を構える。応じる将軍も、騎士の一級正装だった。白に金房の飾り、胸にたくさんの勲章を下げて。


 子どもではないのだから、夜会の後で手合わせの約束をすればいいのに。苦笑いして呟けば、オスカル様は肩をすくめた。


「私も同じように注意しましたが、まったく聞きませんでしたね」


「まぁ」


 呆れた。そんな響きで声を上げたお母様が、前に進み出て二人に条件を告げた。


「勝負は勝っても負けても1回のみ。続きをしたければ、明日になさい。今夜の最大行事は夜会ですよ」


「あいわかった」


「承知いたしました」


 二人の返事を確認し、大きく頷いたお母様がすっと右手を掲げる。


「手合わせ、始めっ!」


 号令をかけて手を振り下ろす。睨み合うと思ったのに、すぐに剣を合わせた。キンと甲高い音がする。儀礼用の飾りなので、金属製でも切れる心配はなかった。


 派手に当たっても、痣で済むわ。お母様はからりと笑って、後ろからコートを差し出すお父様を振り返った。


「リリアナちゃん、上着はどうしたの?」


 お母様に言われて、上着なしで勝負に見入るリリアナに気付いた。上着を持ったサロモンが後ろに控えているが、差し出しても気づかない。代わりに受け取って、リリアナの手を通した。夢中なリリアナは、促されるまま上着を羽織って、目を輝かせる。


「バレンティナ様、こちらを」


 オスカル様に促され、私もコートを羽織った。侍女に抱っこされたエルを受け取る。もこもこした毛皮製の上着を、くるりと巻いた。これは帝国で流行っているのだけれど、三角の上を帽子にして、赤子に被せる。首の部分でリボンを結び、広がった裾を巻き付ける形で防寒する仕組みだった。


 体格に関係なく着用できるので、ある程度長く使える。合理的な防寒具だわ。エルが歩き出しても使えそう。ある程度大きくなったら、ボタンで前を閉じてスカートを被った形で使うのが人気だった。


「えいやっ!」


「なんの、これでどうだ!」


 二人の戦いは終わりそうになくて、私達は先に馬車に乗り込むことにした。見守っていたら冷えてしまう。そう思うのに、リリアナは嫌がった。


「みたいの!」


 全力で駄々を捏ねるリリアナに、オスカル様が付き添うことにした。エルが風邪を引くので、申し訳ないけど私は馬車から見守る。オスカル様が抱っこしたため、視線が高くなったリリアナは興奮状態だった。


 最終的に将軍の一撃が大叔父様の手首を叩き、剣を取り落とした。勝負は将軍の勝ちね。再戦は明日に持ち越しとなり、馬車に乗ったリリアナは、興奮が収まらぬ様子だった。


「私もやりたい」


 読み聞かせで、女騎士が出て来る物語を読んだ頃から、そんな夢を語っていたけれど。本気みたいね。困った顔でオスカル様を見れば、彼は少し考えて頷いた。


「じゃあ、明日から早起きしないとダメだな。寝坊する子は騎士になれない」


「おきる」


 寝坊して、毎朝ぐずるリリアナの約束に、なるほどと感心した。オスカル様、子育てに向いてるかもしれないわ。

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