43.エリサリデ公爵家のお披露目
事前に広間を見ていたのに、全く違った。着飾った人々がさざめき、料理が並ぶ。磨かれたシャンデリアが光を放つ中、視線が私達に注がれた。
久しぶりの社交界、それもカルレオン帝国では初めての出席だ。当然、見知らぬ紳士淑女ばかりの空間である。緊張に喉が渇いた。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み、口角を持ち上げて微笑む。緊張を押し殺し、母に教わった笑顔を作った。淑女の戦いは水面下で、密やかに行われるのだから。
自信を笑顔で満たして、優雅に微笑んで敵を威圧しなさい。お母様はそう教えてくれた。強国カルレオンの宮廷で育った皇女殿下としての矜持、実力でのし上がり侯爵家を興したお父様の妻である自信。どちらもお母様を輝かせる光だった。お父様はお母様を娶るために、成り上がったんですもの。
二人の娘である私が注目されるのは当然だった。ドレスの裾がひらりと揺れる。腕の中のナサニエルは大きな金の瞳を瞬いて体を強張らせるも、泣き出すことはなかった。
「カルレオン帝国の太陽、皇帝陛下。ならびに帝国の月、皇后陛下。臣下であるエリサリデ公爵アウグストがご挨拶申し上げます」
「帝国の太陽と月に幸いあれ。エリサリデ公爵夫人フェリシアにございます」
お父様とお母様の挨拶が恙なく終わり、私も一歩進み出る。恥ずかしいけれど、この国での私の立ち位置は複雑だった。貴族の離縁に顔を顰めるのは、モンテシーノス王国の風習だ。このカルレオン帝国では、さほど珍しくなかった。
離縁して実家に戻ることを表現する「出戻り」という言葉があるくらい、よくある事例らしい。モンテシーノス王国で育った私には信じられないけれど。政略結婚であっても結びつく理由が消えたり、子が出来なかったら離縁する。その後、出戻った女性はまたお相手を見つけて結婚も珍しくない。
私をエスコートする男性がいないことで、貴族達は事情を察した様子。赤子を抱いているのに、夫がいない。もし仕事で留守にしているなら、執事なり家族がエスコートするのが一般的だった。単独なのは、出戻ったばかりと示す行動だ。
新しく学んだ内容を反芻して深呼吸し、浮かべた笑顔を柔らかく変化させた。お祖父様もお祖母様も、ナサニエルに柔らかな視線を向けてくれる。促すように頷くお祖父様達に一礼した。大丈夫、私には優しい家族が付いているわ。
「エリサリデ公爵家バレンティナがお目にかかります。帝国の太陽と月のご健勝をお喜び申し上げます」
「うむ。よく戻った。皇帝としてエリサリデ公爵の叙爵を宣言する」
お祖父様の一言に、貴族のさざめきが止まった。何か噂や推測を口にするなら、皇帝への不敬に当たると示した形だ。皇帝陛下が歓迎する皇孫を貶す発言は、どこからも聞こえなかった。エリサリデ公爵家がカルレオン帝国に正式に認められた瞬間、わっと拍手が起こる。
「今日はそなたらのための夜会だ。存分に楽しむがよい。皆もよく集まってくれた。皇孫がひ孫を連れて帝国に戻った今夜を祝してくれ」
「「はっ」」
承知したと頭を下げる貴族やカーテシーで応じるご令嬢とご夫人に、ほっとした。ふわりと笑顔が和らいだ時、顔を上げた彼らと向き合う形になる。息をのんだ数人が頬を赤く染めた。何か不備があったかしら、自分の身なりを確かめるが不自然な点はない。
「ティナ、こちらへいらっしゃい」
お母様の声に従い、皇族用スペースへ向かう。私の後ろで響いた声に足を止めた。
「……オスカル様?」
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