40.ゆっくり休むのも母親の仕事

 お母様と交代した直後、渋い顔をした将軍が現れ面会を希望する。お父様が応じると、隠れようとしたひいお祖父様を連れて帰っていった。どうやら逃げて来たみたい。


「お祖父様らしいわ」


 おほほと笑うお母様曰く、昔からあんな感じなのだとか。仕事を放り出して隠れたり、視察と称して地方へ逃げたり。それでも決断を下せば行動が早く、己の間違いを糺す声に耳を傾ける。だから治世は安定していた。


 ひいお祖父様に似て側近や民の声に耳を傾けるお祖父様は、手を抜かず真面目に政務をこなす。そのため、帝国の基盤は盤石となった。二代続けて有能な君主が立つと、国はここまで発展する。


 その分、一族の繁栄や結束は後回しになった。壊れてしまったグラセス公爵家もそう。リリアナやオスカル様の実家であるグラセス家は、伯爵にまで地位を落とした。次期皇帝の地位を狙い、没落した公爵家もあるという。


「どの家も表は華やかに装い、見えない水面下で足をバタつかせて足掻くのよ」


 親族の栄光と凋落を知るお母様の言葉は、妙に耳に残った。






 ナサニエルの熱が下がったのは、3日後だった。予定より1日長い。念を入れて部屋を暖め、ナサニエルの体が冷えないよう気遣った。


「もう大丈夫ね」


 体を拭いて清め、授乳を済ませた我が子をベッドに横たえる。手足を動かす姿は、元気いっぱいだった。


「お嬢様も、ゆっくりお風呂に入られてはいかがですか」


「そう、ね」


 付き添う合間に、慌ただしく汗を流すだけで、湯船に浸かる時間はなかった。侍女テレサの言葉に甘え、風呂の支度をしてもらう。お父様が顔を見せたので、ナサニエルの世話を頼んだ。


 目を輝かせるお父様は「任せろ」と請け負ってくれたが、逆に不安になるのはなぜかしら。すぐにお母様も来る予定なので、執事ティトにも声をかけた。ベッドで手を動かすナサニエルの上で、音がする玩具を揺らすお父様が嬉しそう。


 お風呂に入って湯船に浸かる。凝り固まった体が解れていくのが分かった。こんなに緊張していたのね。体が温まると気持ちも柔らかくなる。香りのいい湯は、香油が溶けていた。


「ありがとう、とても楽になったわ」


「若様を心配するのは母親として当然ですが、私達はお嬢様も心配なのです」


 テレサが微笑んで、私の髪を洗う。優しい手つきと心地よい香りに目を閉じて、うっとりと全身の力を抜いた。


「これからは、テレサも頼るわ」


「そうしてくださいませ」


 もう一人の母親のような彼女に頷き、聞こえてくるナサニエルの笑い声に頬を緩める。あの子を産んで良かった。皆に祝福されて、大切に愛されて、欲しいものは全て手の中にある。


 家令サロモンを筆頭に、使用人達が整えてくれる環境に感謝しながら、入浴を終えた私は部屋に戻る。部屋着の私は、そのまま寝かしつけられた。


「顔色が悪いわ。疲れたのね、しっかり休みなさい」


 お母様に言い渡され、ナサニエルは預かってもらう。皇帝陛下であるお祖父様も顔を見せると聞いて、起きあがろうとしたけれど……首を横に振られた。


「ダメよ、産後は体力が落ちているの。本当は安静にする時期に動いてしまったから、この子の為にも休んで頂戴」


 お願いされる形になり、私はお母様に促されて目を閉じる。驚くほど眠りは早く、深く私を包んだ。

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