28.今、まだって言った?

 朝食の席は昨夜と同じで、斜め向かいのオスカル様を見るのが恥ずかしい。でも反対を向いたら、期待を浮かべたリリアナの笑顔と鉢合わせした。


「おはよう、お母様」


「リ、リリアナ! まだお母さんじゃないだろう?」


 今、まだって言った? え、そんなことあるかしら。きっと聞き間違いだわ。動揺しながら曖昧な笑みを浮かべる。


「私は賛成よ」


「反対だ、まだ早い」


 お母様とお父様の声は、聞こえなかったフリをした。どうしよう。混乱しつつも、習ったマナーが染みついた手は、料理を切り分けて口へ運ぶ。ここで、大叔父様が流れを変えた。


「今日は首都の見物と洒落込もう」


「叔父様、きちんと仕事は終わらせましたの?」


 お母様の確認に、大叔父様は大きく頷いた。後ろに控える執事も同意する。お仕事は本当に終えたみたい。リリアナが嬉しそうに声を上げた。


「私、お父様とお母様の間で手を繋ぎたいわ」


「……すみません。きちんと言い聞かせます」


 申し訳なさそうなオスカル様に、苦笑いを向けた。子どもの言うことだから、厳しく叱らないで欲しい。でもお母様と呼ばれるのは、困るというか……違う気がするの。オスカル様は未婚なのだから、養女がいても素敵な貴族令嬢がお嫁に来てくれる。


 次期大公で地位や財産はあるし、優しくて素敵な人だもの。そこで気づいた。私は結婚して離縁した出戻りだから、この人に相応しくないわ。大丈夫、私には両親とナサニエルがいる。お祖父様やひいお祖父様も。


 沈みそうになった意識を切り替えて、視線を向けた先にナサニエルのベッドがある。柵の間で小さな手が動いた。あの子がいるのに、変なことを考えてはダメ。自分に言い聞かせる。辛い時に優しくされて、嬉しかっただけよ。恋じゃないわ。


「明後日、帝国へ向かおうと思います」


 お父様が大叔父様へ話すのが聞こえた。一緒にいられるのは今日いっぱいね。馬車に乗っての移動となれば、朝から出かけるのが普通だから。今日一日なら、オスカル様と親しく過ごしてもいいわよね。モンテシーノス王国で嫌な思いをしたから、記憶を塗り替えるだけ。


 食べ終えたお皿にカトラリーを並べ、私は食後のお茶を口にした。さっぱりした柔らかな味わいのお茶は、絡まった感情を流してくれる。余計なことを考えず、一日楽しく過ごせばいい。後はどうにでもなるわ。


「リリアナちゃん、お出かけの時に手を繋ぎましょうか」


「あら、じゃあ私がナサニエルを抱いていくわね」


 お母様が名乗り出た途端、大叔父様とお父様もナサニエルの抱っこ役に手を挙げた。騒がしい食堂で、私はオスカル様から故意に視線を外す。はしゃぐリリアナに微笑みながら、果物を一口。酸っぱかったことに驚いたけれど、寝不足の頭はスッキリしたわ。

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