08.親は子のために何でも出来る
「これなら落ちてしまう心配はいらないでしょう? それにベビーベッドは遠いから、夜中に乳をやるのに不便だわ」
実経験に基づき、お母様が考えてくださったらしい。私も母乳で育てられたから、ナサニエルにも同じにしたかった。その話は妊娠当時から口にしたので、お母様も覚えていたみたい。用意された柵は、確かに貴族の部屋に不釣り合いかも知れない。でも子育てする私には最高の環境だった。
ベビーベッドは信用できない。あれはトラウマになるほどの衝撃だったもの。でも赤ちゃんを寝かせる場所を私の枕元にしたら、何かの拍子に落下する可能性があった。その懸念を潰して、同じベッドの上で手の届く距離に置く。お母様の気遣いが傷ついた心に沁みた。
「ありがとう、お母様。私、ちゃんと育ててみせるわ」
「ええ、安心してね。落ち着いたらきちんと話をしましょう。あなたは何も心配しないでいいわ」
「そうだ、親は子どもの幸せの為なら何でも出来るのだから。お前も母になったのだ、分かるだろう? ティナ」
その言葉に、私は涙ぐんで大きく頷いた。作業を終えた侍従達が家令と共に退室し、部屋から物音が一気に減る。欠伸をするナサニエルを寝かせて、籠の縁に指をかけ揺らした。
「お父様とお母様にお任せします。私はこの子と生きていけたら、それ以上は望みません」
離縁は願ってもない。幸いにして両親は家名に傷がつくことを気にするどころか、このエリサリデ侯爵家の名を捨ててもいいと考えていた。私を連れて、帝国へ引き上げる。その準備が進んでいるのだから。
「帝国に引っ越す準備もあるから、ティナは自分の体調を整えることだけ考えなさい。それがナサニエルのためになるのだよ」
「お父様、本当に……よろしいのですか?」
この王国での侯爵位は、事実上貴族の最高位になる。公爵は王家の血を引く王女や王子が臣籍降下した場合に与えられる一代限りの爵位だった。強大な軍事力と領土を誇る帝国の血を引くお母様との結婚にこぎつけるため、お父様が努力された話は聞いている。だからこそ気が咎めた。
私やナサニエルのせいで、お父様の努力や地位が台無しになってしまうのでは? と。
「ん? ああ、心配してくれたのかい? 優しい娘をもって私は幸せだ」
微笑むお父様の背中を、勢いよく叩いたお母様が私の懸念を払拭してくれた。
「もう! そうじゃないわ。安心していいのよ、ティナ。お祖父様に今回の件をご相談したら、フクロウ便が3通も届いたのよ」
空を飛ぶ分だけ早く届くフクロウ便は、早馬より高額の費用がかかる。きちんと訓練したフクロウの値段は、貴族が所有する馬車の数台分に相当した。そんな貴重なフクロウを、3羽も送ってくださったの? ひいお祖父様は、かなりご立腹なのね。
自分のことで、そこまで気遣ってもらえた。傷ついた感情や自尊心が癒されていく。大切にされているのだから、私も自分を愛さなくてはいけないわ。可愛いナサニエルを愛するように。自覚が芽生えて、気持ちがすっと楽になった。
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