04.お母様、私を助けて

 心配で何も喉を通らない。水すら吐き気がした。あの子が私の乳を飲めずにいるのに、この体に食べ物を取り込むなんて。ゾッとした。本能の要求へ否を突きつける。息子に会わせてくれないなら、この命を絶っても構わないとさえ思った。


 窶れる一方の私を心配し、執事アーロンは実母へ連絡を入れる。セルラノ侯爵家に嫁いだけれど、私はエリサルデ侯爵家の娘だった。もし衰弱するまま放置し、何かあれば……。人の口に戸は立てられない。悪い話なら尚更、侍女や医師の口を塞いでも漏れ出るわ。


 事前に手を打った彼の狡猾さに、口元が歪んだ。それくらいなら、息子を返して。どうしても娘が必要なら、勝手に育てればいいじゃない。私は息子をこの手に取り戻したいだけなの。


「奥様は衰弱しておられ、妄想に取り憑かれております。何をお話になっても、取り合いませぬよう」


「そこまで悪化するほど放置したくせに、随分と自己保身に走る発言だこと。下がりなさい」


 枕元で聞こえた声に、薄く目を開ける。今の言い争いの声、執事アーロンと……お母様? 幻聴かしら。


「ああ、こんなに窶れて。何があったの! 出産の影響じゃないでしょうに……ティナ、お母様よ」


 母の声に、涙が溢れた。息子を思って流していた涙が、色を変える。お母様、私、たくさんお話があるの。息子が奪われたわ。それにこの家はおかしい。跡取り息子を捨てて、知らない娘を育てろと言うの。私を助けて。


 たくさんの願いが口を突いて、泣きじゃくりながら細い声で話し続けた。喉が咳き込んで傷ついても、お母様は優しく頷きながら最後まで聞いてくれる。


「帰りましょう、この家を出るの。離縁して実家に帰って来なさい。領地で療養すればいいわ」


 ああ、信じてくれないの? お母様でもダメだった。私が産んだのは息子なのよ。きちんと探して、連れ戻して欲しい。あの子はきっと私を探して泣いてるから。


「でも! っ、息子、が」


「安心なさい。必ず調べて取り返してあげる。だから、まずは体と心を癒すの。あなたの体が健康でなければ、誰が私の孫を守るの?」


 瞬いた頬を、ぽろりと涙が滑り落ちた。起き上がるのも無理な私に、母は顔を寄せる。


「狂ったフリで大騒ぎして。必ずあなたを、この家から取り返してあげるわ。大切な孫の命も懸ってるんだもの。お祖父様の力を借りましょうね」


 安心して顔がくしゃりと歪む。ただ溢れる涙じゃなくて、本心から泣いた。安心して溢れる涙をハンカチで拭い、母に促されて私は頷く。


 気が触れたフリ、大丈夫よ。今までの騒ぎを大きくして、何を言われても息子のことを叫び続ければいい。お母様が助けてくれるわ。大きく息を吸い込んだ私は、在らん限りの力で叫んだ。


「息子を返してっ!」

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