03.娘なんて産んでないわ
乳母は雇わない予定だった。だって、母乳で育てられると思ったから。貴族夫人は胸の形が崩れるのを気にして、母乳を与えないことが多い。私は体型より我が子を慈しむ方を取った。
「奥様、お願いです」
促されても、この子に乳を与える気になれない。泣き続けるこの赤子に罪がないのは、理解できるの。でも……この子は私がお腹を痛めた子じゃないわ。違う。乳が張って痛いけれど、この母乳を飲むのは名前も付いていない我が子なの。
泣きながら首を横に振った。
「嫌よ、この子じゃない。私の息子を返して」
泣き続ける女児には、乳母が用意されることになった。それまでの短い期間であっても、私は我慢できない。女児が泣くたびに、我が子も泣いている気がして。ふらふらと立ち上がって探していまう。
「返して……息子を返して」
泣きながらベッドに戻され、またふらりと廊下に出た。身体中の水分が流れ出るのではないかと思うほど、涙が出る。体調が戻っていないのに危険だと、執事アーロンは私に監視を付けた。室内で見守る侍女と、入り口で警護する騎士。どちらも交代制でずっと張り付いた。
「カリナ、私の息子は?」
「申し訳ございません、奥様。私は知らないのです」
屋敷にいないことは察した。寝ても覚めても、我が子の泣き声が聞こえる。私はおかしくなったのでしょうね。くすくすと笑い、涙を流した。
ろくに食事も取らず、ひたすら泣き続けた私はベッドから起き上がることも出来なくなっていた。最後に息子を見てから、もう2日目。生まれて4日目のあの子はどこにいるの? ぼんやりと天蓋を見つめ、入室した執事の声に耳を傾ける。
「失礼致します、奥様……先代様と大奥様がお見えです」
お義父様とお義母様が? あのお二人ならきっと、息子を取り戻してくださる。私が産んだ、侯爵家の正当な跡取りだもの。期待に胸を高鳴らせ、カリナにお願いした。大量のクッションを後ろに入れて、ようやく身を起こす。
「あらあら。体調が優れないと聞いたわ。無理をしないで横になっていいのよ、ティーナ」
愛称で呼ぶほど親しいお義母様の声に、涙が滲んだ。重い体を動かして、必死に縋る。
「私の、息子を……」
「ティーナは混乱しているようだ。生まれたのは娘だよ。よく頑張ったね」
「……え?」
目を見開いてお二人を交互に見つめる。この顔は、知っているのね? ベルナルドから何を言われたの。王家との縁がどうのって、お義父様やお義母様も……それを望んでいる。そのために、生まれた未来の侯爵を犠牲にしてもいい、と。
「私が産んだのは息子ですっ! 娘なんて産んでないわ」
ヒステリックな叫び声になった。悲鳴のように一気に言い切って、咳き込む。そんな私を痛わしそうに見つめる義父、手を伸ばして背中を摩る義母。なのに、突きつけられた現実は残酷だった。
「勘違いよ。この家に生まれたのは、未来の王妃になる娘です。いいですね? 息子が産まれたなどと二度と口にしてはなりません」
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