第3話 胴体を探せ!

 夕刻。警察署付近の路地裏で、ヤマナはある警官と話し込んでいた。

 警官の表情は明るく、知り合いと談笑をするような口調でヤマナと語り合っている。


「……で、捜査中に死体が消えたのね。それは大変ねぇ~」

「ほんまでっせ! 警備員は首なしの胴体が歩いて出てったとかアホなこと抜かしよりますし……」

「防犯カメラの映像は?」

「不審者っぽい姿はあったんですけど……」

「あらやだ、じゃあそれが犯人じゃない! 死体を盗むなんて危険人物、とっとと捕まえちゃってよ!」

「もちろんそのつもりですわ! 警察舐めてもらったら困ります!」

「その意気よ! ……じゃあね、お話聞かせてくれてありがとう」


 一通り話し終えた後、ヤマナは額の札をべりっと剥がす。

 すると、ヤマナと話していた警官は魂が抜けたように項垂うなだれ、壁にもたれかかった。札を懐に仕舞いながら、ヤマナは一人、上原達の元へと帰ってくる。


「……やっぱり、山田の胴体はフラフラどっかをほっつき歩いてるみたいね」

「あの、警官さんは大丈夫なんです?」

「大したことないまじないよ。記憶も残らないし心配要らないわ」


 腕を組み、ヤマナは上原のカバンの隙間に視線を投げた。何かを探知したら吹いて知らせろと、ヴィクターにはホイッスルをくわえさせている。


「でも、警察署内にいるよりはまだ良いわね。捕獲される前にとっとと見つけちゃえば、それで解決するわけだし」

「そうですね……腹も減ってるやろし、今晩中には見つけたらな……」

「解決したらたこパしよな!! たこパ!!」


 カバンの中から、たこ焼きパーティーへの意気込みが聞こえてくるが、喋っているということはつまりホイッスルを口から離しているということ。

 即座にヤマナはカバンの中に手を突っ込み、ヴィクターの口にホイッスルをくわえ直させた。


「こいつ……喋ってなきゃ死ぬの?」

「……まあ……俺も分かりまっせ。なんか話してな不安になるんですわ」

「僕が喋って知らせるんはあきまへんか?」

「馬鹿なこと言うんじゃないわよ。カバンの中から声が聞こえるの、どう考えてもヤバいでしょ」


 ……と、くだらないやり取りをしながら歩き回るうちに、日が沈む。

 不審者情報などを周りに聞き込むものの、なぜか、首なしの胴体の話はなかなか出てこない。


「……警察署から出たは良いものの、そこまで場所を動いてないってこと?」

「誰かに捕まってたりせぇへんかな……」


 話し合うヤマナと上原。

 ヴィクターもカバンの中でモゾモゾと動いているが、頑張って喋らないようにしているらしい。時折ホイッスルに中途半端に息が入り、何とも情けない音が漏れている。


「ヴィクター、こんなんやけど顔はええさかい。心配や」

「今顔ついてないでしょ」

「ピッ、ピピー! ピピピッ!!(訳: 誰が「こんなん」やねん! 顔も性格も男前やろがい! )」

「……ツッコミたくて仕方ないみたいね」

「ホイッスルをツッコミに使うなや。紛らわしいねん」


 そんなこんなで探索は続く。……が、ヴィクターの身体は出てこない。


「……そろそろ夜もけるわ。残念だけど、今日はこんなもんかしらね」

「……ヴィクター、探知も出来へんか」

「何でやろ。全然分からへん……」


 上原がカバンの中に語りかければ、ヴィクターは泣き出しそうな声で応える。

 首だけだが、項垂れているのはヤマナにも伝わった。


「こうなったらしゃーない。奥の手や」


 その言葉と同時に、上原の眼が金色に輝き始める。


「……そういえば、あんた、言ってたわね」


 黒い毛並みが月光に照らされ、上原の着ていた服が地面に散らばる。


「『たまに狼になれる』……って」




 ***




 スンスンと地面に鼻を寄せ、上原はヴィクターの匂いを辿る。


「ごめんなナオキぃ。人前で見せたないやろに……」

「背に腹は……ってやつや。あんま気にすな」

「セクハラがなんやて?」

「さすがにどつき回すで」

「ごめんて」


 黒い狼も喋る生首も、夜闇に紛れて目立たない。

 三人は人目を気にしつつ、慎重に探索を続けた。


 やがて、目の前に見覚えのあるマンションが現れる。


「……なんや、俺らの家やないか」


 落胆する上原に続き、ヤマナが何かに気づく。


「……ん? 誰かいるわ」


 ヤマナが指さした先には、確かに人影がある。

 マンションの階段裏に、ひっそり座り込む影……


「あっ」


 ヴィクターが声を上げる。


「あ、ちゃうわ。ピピーッ」

「もうホイッスルはええねん」


 狼の姿のまま、ツッコミを入れる上原。

 人影は恐る恐ると言った様子で階段裏から姿を現し、ぶんぶんと手を振った。服装も体格も、ごく普通の若者といった雰囲気だ。

 ……首から上が、存在しない以外は。


「ぼ、僕の身体やー!!」


 ヴィクター(の首)は歓喜の声を上げ、カバンから飛び出て胴体の方へとすっ飛んでいく。

 その頭をしっかりと受け止め、胴体も嬉しそうにガッツポーズをした。

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