第2話 人外あるある?

 コタツだけでスペースが埋まるほど狭いダイニングで、ヤマナと上原は暖を取っていた。

 コタツの上には、先程怒鳴った生首が鎮座している。


「さっきはえろうすんません! 僕は山田ヴィクター言います。イギリス人との混血なんですけど、先祖がデュラハンでして……たまに、こんな感じに首を落っことすんですわ」

「……何となく、話が見えてきたわねぇ」

「実は俺とヴィクター、同棲しとるんですけど……こいつ、酔ったはずみにうっかり転けて、首をポロッと……」

「ああー……それを、タイミング悪く近隣住民に見られちゃったってこと……」


 ヤマナは遠い目になりつつ、経緯を聞く。

 いわゆる「人外バレ」と言うやつだろう。想像していたような事態とは違うが、大変なことには間違いがない。

 上原は膝の上にヴィクター(の首)を乗せ、色素の薄い髪を優しく撫でる。完全にホラーな光景だが、当人たちはイチャイチャしているつもりらしい。


「ナオキに頭は回収してもろたんですけど、身体は警察に持ってかれてしもて……」

「困るわよねぇ。アタシもこないだ、明治維新をつい最近って言っちゃって焦ったわ」

「あ、ヤマナさんも人間とちゃう感じです? 実は俺もなんですよ。たまーに狼なれます」

「上原、あんたのは見つかったら割とシャレにならないやつね。自由でいたいなら隠しとくのよ!」


 デュラハンはともかくとして、人狼……大神オオカミに関しては、少々込み入った事情がある。

 上原に釘をさした後、ヤマナははぁぁぁ……と大きくため息をつき、真っ白な頭をガシガシとかいた。


「……依頼って、もしかして……身体を取り戻して欲しいってこと?」

「警察が身元を突き止めたら、僕は死んだことになってしもて……そうなったら大学ももう行かれへんし、将来ナオキとも結婚できまへん! そんなん嫌や……!」

「ヴィクター……。俺もそんなん嫌や……」


 おいおいと泣くヴィクター(の首)を抱き締めつつ、上原もさめざめと涙を流す。

 その様子を見て、ヤマナもさすがに不憫に思った。たとえそれが、間抜けな経緯にしか思えなくともだ。


「事情は分かったわ。協力してあげる」

「ほんまですか!? ありがとなナオキ、ネットで調べて、神奈川県まで行ってくれて……さっきは浮気者なんて言うてごめんな!」

「そんなん、もうええて。お前の身体、絶対取り戻したるさかいな……!」


 きらきらと目を輝かせつつ、人狼とデュラハンのカップルは抱擁しあった。……とはいえ、ヤマナには上原が生首に頬ずりしているようにしか見えなかったのだが。




 ***




 ……さて、場所は変わって警察署の近く。

 カラオケ店の個室にて、三人は話し合いを行っていた。


「デュラハンの身体って、首と胴体が離れてても生体反応はあるんじゃなかった?」


 ヤマナの問いに、カバンの中から顔を覗かせたヴィクターは明るい口調で答える。


「ありまっせ! 首がないのに『生きてる』って感じになるんとちゃいます?」

「じゃあ死亡確認も取れてないでしょうし、向こうも困ってるかも」

「言うても、長いこと離れてたら仮死状態なることもあるような……。繋げたら戻るんですけどね!」

「……それなら、もう死体安置所行きかしらねぇ。解剖中かもしれないわ」

「うわぁぁぁ解剖やて!? どないしょナオキぃ……!!」


 ヴィクター(の首)とヤマナの会話を、上原は黙って聞いていたが、ヴィクターが泣き出し始めたのを見てぎゅっと拳を握る。


「大丈夫やヴィクター……もし身体がのうなっても、俺はお前のこと……。……な、なんでもないわ」

「なに今更照れてんのよ」

「い、いや、なんか、恥ずかしくなってしもて……」

「ええやんけせっかく大っぴらにイチャイチャできんねんで!? はよ僕の胸に飛び込みぃや!」

「お前、今首だけやろがい」


 二人のやり取りにヤマナは思わず吹き出しかけたが、生憎と夫婦漫才に付き合っている場合ではない。デュラハンがどれほど頑丈かは知らないが、解剖に回されてしまえばさすがに命の危険が及ぶだろう。


「胴体だけ動かすのは無理なの?」

「あー……僕はそういうの、苦手ですねん。めっちゃ近くおったらコントロールできるんですけど」

「じゃあ、少なくとも今は近くにないってことね」

「……あ、そっか! 近くに身体あったら探知できるんか!」


 ヴィクターの素っ頓狂な声に、ヤマナは「今更……?」と呆れたように言う。上原の方を見ると、「ほんまや……」と小さくボヤきながら目を白黒させていた。


「それだけ、平和な時代になったってことかしら」


 ため息をつきつつ、ヤマナは若者たちの戯れを見守る。


「せや、せっかくカラオケ来たんやし、なんか歌おうや! ヤマナさん、僕のモノマネ聞きます!?」

「首だけで何歌うねん。お前それ、傍から見たらただのホラーやぞ」


 なぜか楽しげなヴィクターに、ツッコミを入れる上原。

 ヤマナはそれを微笑ましく見守りつつも、ふと、ある情報を思い出す。


「……デュラハンって、胴体だけになったら、夜な夜な首を探して動き回るんじゃなかった……?」


 ぽつりと呟かれた一言に、上原とヴィクターの二人は揃って目を丸くする。


「首を探し……って……えぇえぇえええそうなんです!? ホラーやないですか!? 」

「ヴィクター、落ち着け。もうとっくにホラーや」

「本当に平和に生きてきたみたいね……」


 ヤマナは大きくため息をつきながらも、「まあ、良いことだけど」と付け足す。


「……て、ことはなんや。ヴィクターの身体が、今首なしでさまよってるかもしれへんってことか……?」

「可能性はあるわ」


 上原の疑問に、頷くヤマナ。

 ヴィクターはみるみる真っ青になり、


「く、車に轢かれたらどないすんねん!?」


 ……と、叫んだ。


「心配するんはそこなんか? 人に見られたら、とかのが心配やろ」

「えっ!? 交通事故も心配やろ!?」

「そこは大丈夫じゃないかしら。デュラハンって人間より頑丈でしょ、たぶん」

「たぶん!?」


 ヴィクターはカタカタと頭だけで震える。

 上原はそんなヴィクターをカバンから取り出し、そっと抱き締めた。


「大丈夫や、そうなる前に見つけよな」

「な、ナオキ……!!」

「要は、車に轢かれる前に探し出したらええねん」

「せやな! ヤマナさんも、よろしゅうお願いします!」


 若者たちの素直な態度に、ヤマナの頬も自然と緩む。

 ヴィクターの頭をぽんと叩き、ヤマナはすっくと立ち上がった。


「良いわよ、着いて来なさい!」

「うわぁ! 頼もしいですわ先輩!!」

「ほんまにありがとうございます……」


 ヒトならざる者の「先輩」として頼られるのが嬉しいのか、ヤマナは前髪をかきあげつつ誇らしげな顔をしている。


「胴体が近くにいたら分かるのよね?」


 上原の手でカバンに再び仕舞われながらも、ヴィクターは「はい!!」と元気よく返事をした。


「アタシも一肌脱いであげるから、とっとと探すわよ!」


 ヤマナの言葉に、上原も微笑みを浮かべて頷いた。

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