25.閑話「天使様」

 最近、領主周辺や冒険者ギルド幹部の間では「天使様」が話題だ。

 俺はベルスト。第3都市エルドリードの冒険者ギルド長をしている。


 なんというか、そう以前「ハイポーション」で一躍有名になった少女「エミル・フォンデート」だった。

 ハイポーションができるきっかけの高品質なヒール草を冒険者ギルドに納品している。

 しかし、それだけで天使様と呼ばれることはない。


 彼女には聖属性があることが知られている。

 この町全体でも十分な聖属性の適性がある子は百人もいないだろう。

 その貴重な聖属性持ちとして、エルドリード教会でヒーラー見習いをしたのだ。

 エルドリード教会は貴族区に位置していて、裕福な人たち向けの教会である。

 そして騎士団なども利用しているため、怪我人が毎日のように訪れている。


 そんなヒーラー見習いの業務であったが、態度はいたって真面目で、業務に挑んでいたと聞かされている。

 それだけでも十分有用な人材なのであるが、誰もが目を見張るような現象が起きているという。

 なんでも彼女がヒールを行使すると緑色の魔力粒子が飛び交うのだとか。

 その回復力はとても高く、どんな怪我であってもすぐさま治してしまうほどで、聖女様ではないのか、と囁く人もいたそうだ。

 ただ聖女は教会に認定された聖人セイントの称号を持つ人物のみが名乗れるものであり、勝手に聖女だということはできない。

 そんなことをすれば詐欺罪や異端審問にかけられる可能性もあった。

 その点、彼女は自分の能力をひけらかして『私は聖女です』などということもなく、ただの人として過ごしているらしい。

 人格ができているといえよう。普通、そのような突飛な能力持ちなら鼻を伸ばしてもおかしくはない。

 それで尊大な態度をとるようになる人は多い。

 彼女は自分の立場をよく理解していて、教会の敵になることを極力避け、上に立つ人々を脅かすような行動も慎んでいるようだった。

 はっきりいえばかなり賢いのだろう。

 自分が実力者であることを見せつけて『聖女候補です』などと発言しようものなら、教会の上層部の人間たちは自分の地位が危ういと考え、彼女を害する可能性もあったのだ。

 そういう立場をよくよく理解しているのは賢人である証拠であり、本当の意味で「聖女」になる資格があるのだろうと考えられる。


 そのエミル嬢の評判をさっそく耳にした領主様の二女のフィリア・エルドリード様がヒーラー見習いを自分でもすると言い出した。

 そしてエミル嬢と共に医務室で勤務なされた。

 そこでも奇跡を実際に目の当たりにしたフィリア様は、エミル嬢を領主館に連れてくることになる。


「あの、是非、是非、領主館へ」


 一部の者にしか明かされていないが領主様の妻であるミランダ夫人は、以前から病に臥せっていて、ほぼ寝たきりだった。

 フィリア様はエミル嬢にミランダ夫人を見てもらうことができたのだ。

 そして、また奇跡は起きたそうだ。


「女神様、彼のものに癒しの力を貸し与えください――ヒール」


 エミル嬢のヒールは今までにないほどの強力な緑の光を放ち、ミランダ夫人の病を完治させるほどだった、と報告されている。

 ただ、これは領主周辺とギルドの上層部しか知らない極秘事項とされた。

 そしてフィリア様は確信したそうだ。エミル嬢は聖女様いや『天使様』の生まれ変わりなのだと。


 確かに羽根も天使の輪もないものの、その能力の高さは聖女を上回るかもしれない。

 そうなると、それはもはや天使様ぐらいしか該当しそうな概念がない。


 ヒーラー見習い期間は無事に終わり、エミル嬢は普通の生活に戻った。

 しかし一点今までと異なることがあった。

 それはフィリア様がエミル嬢の愛玩奴隷になる、という契約の話だった。

 契約は恐れ多いということで保留になったものの、フィリア様本人がその気のため、頻繁にエミル嬢の家に遊びに行くようになったそうだ。


 そうして仲を深めている間に、次のクエストが発行された。

 それが『オーク討伐隊』だった。

 西の森の奥にはオークが棲んでおり、毎年数が増えるこの時期に討伐隊が結成される。

 しかし危険が従う任務であり、ランクの低い冒険者には無理であった。

 そのため騎士団がクエストを処理することになっていた。

 それでも怪我人や死亡者が出ることも多い。なるべく被害を減らしたい領主様は、天使エミル嬢にヘルプを要請したのだ。


 こうして討伐隊と一緒に行動することになる。

 行きの馬車の中では、その会話で漏れ聞こえる知識に騎士団のメンバーは舌を巻いたそうだ。

 これはボルドじいの影響があり、すでに学校教育レベルの知識を持っているらしかった。

 現地に着いてからは食事の味付けにハーブを導入し、味の改善を行っていた。

 確かに騎士団の食事など麦粥に塩を入れるくらいだ。

 さまざまな香草は食欲をそそりそうだ。私も一度食べてみたい。


 ついにオークと持久戦に突入した。そんな中オークがキャンプ地に侵入してくる事件が発生した。

 これに薬師が立ち向かったのだが、一撃で倒されて重症を負う。

 それをエミル嬢と友達だというサフィア嬢がオークを討伐したそうだ。

 エミル嬢には知恵があり聖魔法が使えるだけでなく、オークのような初心者からすれば上級の魔物を倒すだけの力があることが判明した。

 確かに火魔法などの適性も持っていること自体は知られていた。しかし実戦ができるほどとは思われていなかったのだ。

 これも『能ある鷹は爪を隠す』といったところだろうか。

 自慢して歩いたりしなかったため、知っているものがほとんどいなかったのだ。

 死にそうになっていた薬師は自分で作ったハイポーションを使用してもらい回復したという。

 もちろんハイポーションの材料はエミル嬢が用意したものだ。


 こうして品質の高いヒール草、高レベルの聖魔法使い、という二刀流の女の子であるエミル嬢は、騎士団にも『天使様』であると強く印象付けられた。

 例年なら悲痛な顔をしていたはずの帰りの馬車では笑い声も聞こえたほどだったという。


 以上、ここまでが今になって私の所へレポートが回ってきたところだった。

 まったく、次から次へと規格外の能力を示すエミル嬢「天使様」に、私はまた頭痛が再発しそうだ。

 是非、天使様には私の頭痛も治療してもらいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る