18.ヒール教会実習
着替え終わった私は自分を観察してみる。
ジャケットと膝丈スカートの2ピース風の衣装は思ったよりはかわいい。
白をベースに赤、黄色がアクセントとして使われていて、デザイン性も悪くはなかった。
なるほど、これはちょっと人気が出そうな服装だ。
女の子たちが憧れるのもうなずける。
そうなのだ。巫女様その中でもすごい人、聖女様ともなれば女の子たちの憧れだ。
「大変、おかわいらしいです。エミル様」
シスターのお姉様が持ち上げてくれる。
別に私は貴族とかではないので、気を使わなくてもいいのに。
どちらかといえば、可愛いの範疇かもしれないけど、服に着せられている感が強い。
「あ、ありがとう」
「では医務室へお願いします」
「はい」
また廊下を通って一度礼拝堂に出て医務室に向かう。
そこは怪我をした人や病気の人がくる場所なのだけど、今はお客さんは誰もいなかった。
「失礼を承知で伺いますが、ヒールは使えるのでしょうか?」
「あ、はい、大丈夫だと思います。何度か使ったので」
「それなら安心でございますね」
先輩の巫女様も待機していたので、頭を下げて挨拶をする。
「エミル・フォンデートです。見習い巫女実習です。よろしくお願いします」
「あらご丁寧に。私はニーナ・ケンブリッジです。巫女をしております」
ニーナさんは優しく笑って頭を下げてくれた。
「ひとつ、注意しておくわ。怪我人の中には血まみれだったり、損傷が激しかったり、助からない人もいるわ、覚悟をしておいてください」
「はい」
私はハッとした。
笑顔だったので気を緩めていたのだけど、医務室なのだ。
当然、酷い怪我を負う人もくる可能性があった。
「可能な限り、全力を尽くします」
「ええ、いい心がけね。でも無理はしすぎないようにね。人間には限界があるの。この仕事をしていると、嫌でも自分の限界にぶつかるの。でもそういうものだから、それは、あなたのせいじゃない。大丈夫」
「はい」
さてしばし緊張した雰囲気で待機した。
しばらくしてから、そこへおじいちゃんが従者を従って入ってきた。
人好きしそうな顔の人だった。
表情は柔らかく、優しそうだ。
「ニーナさん、ちょっと肩が凝ってのう、見てもらえんかな」
「あらあら、またですか? どれどれ、今、お伺いしますね」
ニーナさんがおじいさんを椅子に座らせて、様子を窺う。
肩に手を当てて、魔力を流して診察しているようだ。
この診察はヒールを使うと感覚で分かるようになる。
私も一応、できる。
「そうですね。確かに少し凝りがあるように見えますね」
「じゃろう、じゃろう。手を取って、ヒールしてくれ」
「ええ、それじゃあ、失礼します」
おじいさんの手をニーナさんが両手で包む。
そうするとおじいさんは顔を崩して、だらしのない顔をする。
「若い女の子の手はすべすべじゃのう、おほほ」
「もう、おじいちゃんったら、ではやりますよ」
「ほいほい」
「エシス神様のお導きにより彼の者を癒したまえ――ヒール」
「おおぉぉおおぉ」
緑色の魔力粒子がほんの少し飛び交うが、量はとても少ない。
なるほど、確かに依然やった私のヒールはこれでもかというくらい飛び交っていたので、だいぶ違う。
「ニーナさんの魔力はいつも暖かくて大好きじゃ。大好き」
「もう、おだてても、何もでませんよ」
ニーナさんはおじいさんの肩や腕、腰、足などを擦って回る。
ヒールではないが軽く魔力を流すと血流が良くなるのと似たような効果があって、調子がよくなるらしい。
「今日も気持ちがよかったよ。ありがとう、ありがとう」
「ええ、よかったです」
おじいさんは席を立つと入口で一礼してから医務室を後にした。
「とまあ、こんな感じですね」
ニーナさんが明るく言う。
「ドルボじいさんはけっこうなご高齢でね、ほとんど体は悪くないのだけど、もう何年生きられるか分からないのよ。週に1度、月曜日に私に逢いに来るのが生きがいみたいね」
「はいっ」
なるほど、そういう患者さんもいるのか。
「ちなみにドルボじいさんは現役の子爵で、領主の相談役といったところなの」
「そんなに偉い人だったんですね」
「ええ、王宮なら専属の医務官がいるのだけど、領主館にはいないから」
「あぁ、ふむふむ」
「ここにくるときは、だらしのない顔をするけど、普段はもっと真面目な顔をしているらしいわ。他の場所ではリラックスできないみたい」
「それはそれで、ちょっと可哀想ですね」
「だから、ちょっとでも気が楽になってくれれば私もうれしいわ」
「はい」
私の初めての担当の人は領軍の兵士さんだった。
「痛てて……」
左腕を抑えて歩いてきた。
歩けるということは重症ではないけれど、痛そうだ。
椅子に座らせると、腕まくりをさせて患部を確認する。
出血はない。よかった。青あざができていて、何か木剣か何かが当たった痕のようだ。
「木剣で立ち合いの簡単な訓練をしていたのだけど、ミスをして左手で受けてしまってね。御覧の通りさ」
兵士さんは苦笑いだ。
「領軍には治療兵もいるんだけどね、出動が掛かったときに使えないと困るから、緊急でなければこちらでお世話になることも多いんだ」
「なるほど」
「それに、治療兵は筋肉のおじさんでさ、やっぱり女の子に見てもらいたいし」
そう言って私とニーナさんと若いシスター様を順繰りに見る。
「なんとうかここに来ると、癒されるよね、とっても」
「ははぁ」
私はちょっとため息をついてしまう。
「じゃあエミルちゃん、お願いします」
「分かりました」
「えっ、今日はニーナさんじゃないの?」
「見習い巫女のエミルです。ヒールは大丈夫ですので、おまかせください」
「かわいい子がいるとは思ったけど、そっか見習い巫女なのか」
私は兵士のお兄さんの左腕患部の近くに手を当てる。
「お兄さんに癒しを――ヒール」
「うおぉぉおおお……なんだこれ、すごい」
緑色の魔力粒子がたくさんキラキラ舞い上がって飛んでいく。
兵士のお兄さんの腕の怪我をあっという間に治していく。
「エミルちゃん、あなた、それ」
「えへへ、なんか私のヒール強いみたいで、びっくりさせてすみません」
「すごいわ」
「エミル様」
ニーナさんもシスター様も、驚いてしまった。
「すごいよエミルちゃん、今日はありがとう、では」
兵士さんも一礼して去っていった。
それから何人か軽い怪我の人が来た以外は平和に終わった。
お昼ご飯は順番に食堂でいただいた。
私にはシスター様が付き添ってくれた。
午後の診察もそこまで重傷者はいなくて、私の巫女仕事の初日は順調に終わらせることができた。
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