19.フィリア様
ヒール実習も1週間ほどするとだんだん慣れてくる。
酷い怪我をした人も2人ほど、すでに治療している。
私がヒールを発動すると緑の魔力粒子が飛び交っていた。
「すごい、なんて回復力だ」
「一瞬であれを治療してしまうなんて」
「この魔力粒子の量、こんなの初めて見る」
という風にびっくりしていたけれど、私のヒールではそれが普通らしい。
簡単な治療やおじいさんの相手は主にニーナさんがしてくれている。
私はちょっと難しい治療や、あとは勉強のために一部の簡単な治療もする。
それで分かったことがある。
ヒールと治療薬の違い。
ヒールは怪我にも効くけれど、病気に関しても効果がある。
一方治療薬は病気に対して効果が低い。
医務室では主にヒールで治療を行うけど、大量の患者を捌くことはできないので、ポーションも常備されていた。
食事中とかトイレとかで離席中だと、巫女ではない他のメイドさんがポーションで治療することもある。
ただポーションだと実費が掛かるので、その請求をしないといけない。
痛みを我慢して巫女が戻ってくるのを待っている人もいた。
そして火曜日。
「あの、エミルちゃん。今日はその、フィリア・エルドリード様がいらっしゃるので、仲良くしてあげてください」
「フィリア様?」
「はい」
「領主様の桃色髪の二女の?」
「そうです、そのフィリア様です」
名前だけは知っている。
エルドリードはこの都市の名前だし。
エルドリード侯爵の3人目のお子様で、二女のフィリア様だ。
ゴールドピンクのロングヘアの髪は美しく、とてもおかわいらしいという噂はある。
そうこうして簡単な治療を3人ほど処置した後、その子は入ってきた。
「おはようございます。フィリアです。巫女様、見習い巫女の……エミル様」
「エミル様だなんて、私はただの町の娘ですよ」
ふふふとかわいらしく笑う。
年齢は私と同じか1つくらい上だろうか。
その目は確かにとてもかわいらしいが、私をなぜかロックオンしていた。
「この子がエミル様なのですね。とっても私好みです」
「お、おう」
容姿を言っているのだろうか。
白ベースに赤と黄色の線が入った巫女服に金髪碧眼なのが私だ。
そして、フィリア様も同じ巫女服を着ていた。
「フィリア様、巫女服ということは?」
「はい。恥ずかしながら、わたくしにも聖属性が2なのですが、ありまして」
「そうですか」
「今日はここで巫女見習いをしようと思います」
「分かりました」
フィリア様は適性は2ではあるけれどヒールも使えるらしい。
次に来たのは貴族のご子息ちゃんだった。
「あの、道路でころんで、すりむいてしまって」
「まぁまぁ痛かったでしょう」
「はい、フィリア様。その、治療していただけるなんて、光栄です」
「いいのよ」
フィリア様がヒールを発動する。
「天上の女神様、わたくしに治癒の力をおかしください――ヒール」
少しだけれど緑色の光の粒が周辺に飛びまわる。
ご子息ちゃんの膝小僧は、みるみる回復していき元通りに戻った。
「な、治りました」
「よかったわ」
フィリア様は汗をかいて、けっこう消耗しているように見える。
「ありがとうございました」
ご子息と付き人の執事が退出すると、笑顔だったフィリア様が青い顔をしてちょっときつそうな顔をした。
「大丈夫ですか」
「フィリア様……」
「大丈夫よ。ただこんなに消耗すると思わなくて」
フィリア様の息は荒い。
「そちらのベッドで少し休んでください」
「でも……ごほごほ。そうね、そうさせてもらうわ」
フィリア様が医務室の隣のベッドで休憩する。
すぐに寝息を立てて眠ってしまった。
「やはり、あれくらいの適性では、治療での消耗は激しいんですね」
私がニーナさんに確認する。
「そうですね。適性値2ではちょっと……残念ですけど」
「そうですか」
しばらく休んだフィリア様はその後、復活して私たちを見学した。
フィリア様は真剣そのものだった。
お転婆娘が興味本位で見に来たわけではなさそうだ。
世間知らずのお嬢様がただ見たい興味一心で遊びに来たにしては、真剣すぎた。
そんなフィリア様はほとんど見学しているだけではあった。
それから患者さんに笑顔を振りまいたり、手を貸したりちょっとずつお手伝いをした。
そんな彼女を私は好ましく思っていた。
そして中程度の容態の患者が運ばれてきた。
「血が……」
フィリア様が真っ青な顔をしてそれを眺めている。
患者さんの怪我の部位は右足だろう。血がついている。
「こちらに運んで。生死には別条はないから、大丈夫よ。慎重にこれくらいなら治るわ」
ニーナさんが指示を出して私の近くに患者の成人男性を横にする。
「エミルさん、いよいよあなたの番よ、よろしく」
「はい」
まだ今日フィリア様に私の治療魔法を見せてはいない。
軽症者はニーナさんが担当していたからだ。
「それでは。この者に癒しの力を分け与えてください――ヒール」
私がヒールを発動すると、緑の光の粒が周囲にいっぱいに広がる。
「わあぁ」
「うっ、なんだ、これ」
患者の人もその様子にびっくりしている。
右足の怪我はみるみる治っていき、完治した。
「あれ、治った。なんだか他の場所も調子がいいぞ」
右膝だけでなく、他の古傷のような箇所も一緒に直してしまった。
特定の場所だけピンポイントで治すのは逆に難しかったりする。
どうしても周りにも影響を与えるので、他の古傷も一緒に治ったりするのだ。
「ありがとう、ございました」
とても歩けそうになかった患者さんが、自分で歩いて医務室を出ていった。
「エミル様」
フィリア様だ。
私の手をガシッと取って両手でつかんでくる。
今にも告白してきそうな雰囲気だった。
「あの、是非、是非、領主館へ」
最初はキラキラした顔で私を見つめていたが、途中から真剣な表情になった。
「え、あの」
「お母さまを、助けてください。お願いします。なんでも、なんでも私します」
目には涙が浮かんでいた。
お母さまの容態が良くないらしい。
それは母を心配する悲しい顔と、それから救世主を見つけた希望の涙に見えた。
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