15.サフィアの属性判定

 サフィアちゃんの誕生日になり、杖を正式にプレゼントした。

 すでに杖ができた段階で渡してあったけど、一応形式的には誕生日祝いだ。


「いつも遊んでくれてありがとう。杖、使ってください」

「ありがとうございます、エミルちゃん」

「お誕生日、おめでとうございます」


 サフィアちゃんのお昼の誕生会には、サフィアちゃんの両親、年の離れた兄がそろっていた。

 お父さんは冒険者ギルドの事務雑用をしている。忙しいときには受付をすることもある。

 お母さんは機織り機を使って毛糸から布を作っている。

 この辺の主力は北の町から安価で手に入る羊毛だ。

 外国からの輸入の絹は特に高く手が出ない。

 麻と綿はもう少し南のほうでよく栽培されている。エルドリードでは薬草草原が広がっているので、麻と綿花は栽培されていない。


 それでお兄さんは領軍で働いている。

 準騎士という立場で剣士をしている。馬はないのだけど、ちょっと特殊でハヤドリに乗って伝令を主な仕事としているのだ。

 伝令といっても、盗賊などに遭遇しても生存できるだけの強さを求められる。

 かなりハードな仕事だと聞く。


 各宿場町には早馬とハヤドリの小屋があり、レンタルすることができる。

 次の宿場町で乗り換えることで、ものすごい速さで移動できる。

 国の端から中央まで2日とかなんとか。


「俺からは防護の指輪だ」

「おにいちゃん……ありがと」

「うむ」


 おにいちゃんもうれしそうだ。

 サフィアちゃんは左手の中指に指輪をはめて、眺めている。


 漆黒の魔石。リングは黄金ではなく輝くような銀色。

 しかしこれは銀ではない。私にもそしてサフィアちゃんにも察しがついた。


「おにいちゃん、これミスリル」

「おお、秘密だったんだが、ばれちゃったか。鋭い」

「これ高い」

「ぐっ、まあ高いには高いよ」

「いくらだった? 知りたい」

「……金貨1枚」

「そっか、ありがと」


 金具が大銀貨4枚だったから、それくらいはするだろう。

 純粋な真っ黒の魔石も、ちょっとした値段がしそうだ。

 市販の安い魔石はもっと濁った色をしている。

 純粋な色をしているのは高い。その分効果も高いわけだけど。


 ランドルおにいちゃんはサフィアちゃんを溺愛している。

 やはり黒髪の狼耳狼尻尾が共通していて目だけ青い。スカイブルーだ。


 お父さんは目髪含めランドルおにいちゃんにそっくりで、サフィアちゃんはお母さんそっくりだった。


 おにいちゃんは今年21歳。

 実は間に2人、男の子と女の子がいたのだけど、それぞれ8歳になる前に死んでしまった。

 この国では小さい子が病気で死んでしまうことはよくある。

 私はこの2人をよく覚えていない。

 ランドルおにいちゃんは年が離れているから、死んだ子もはっきり覚えているのだろう。

 それで余計にサフィアちゃんを大切にしている。


 こんな高い指輪を贈るくらいには。




 そして待ちに待った日曜日。


「行ってきます」

「行ってきます、お父さん」


 サフィアちゃんとそのお母さんと一緒に、いつものマリアーヌ礼拝堂教会へ向かう。

 朝から私も一緒にミサに参加する。

 私がついていく必要はないのだけど、なんとなく暇で気になったので。


 礼拝堂につくと、この前の一番若いシスター様が私を見つけ、少し離れたところからしっかりと頭を下げる。

 周りの人は誰に頭を下げたのか分からなくて、ちょろちょろ見回しているが、私は知らんぷりをすることにした。

 シスター様はうっすら笑ったので問題ないだろう。

 絶対状況を楽しんでいる。


 それを見て私の横でサフィアちゃんもニコニコしている。


 ミサが始まった。

 みんなで聖句を唱えて神をたたえ、お祈りをする。

 楽器演奏と歌とかもある。

 楽器はリュートという弦楽器のみで、その素朴な音色はちょっと好きだ。


 自分の属性判定ではないから、今回は余裕があった。いろいろ見て考察する。


 そしてミサが終わった。

 みんなぞろぞろ帰っていく。


 さすがにサフィアちゃんは尻尾をピンとして緊張しだした。


 残されたやはり10組くらいの親子が案内されて儀式場に向かった。

 ちなみに普段から寄付をしているので、属性判定の儀そのものは無料で受けられる。

 2回目からは銀貨1枚らしい。


 私は本来、家族ではないがしれっとした顔でついていく。


「メルシェ・ミーリアです」

「それでは、水晶玉に手を付けてください」


 ピンク髪の女の子が水晶玉に向かった。


「そうですね。火が3、水が2、風が1。土と聖と闇はほぼ0ですね」

「そうですか、ありがとうございました」


 火3水2風1土0聖0闇0ということだ。

 普通の子はこれくらいなのだろう。

 サフィアちゃんは順番が最後だった。


「次の子は名前はなんですか?」

「サフィア・ベルーガです」

「それでは、水晶玉に手を付けてください」

「はい。んっ――あっ」


 ちょっとなまめかしい声を出すサフィアちゃんが気になる。

 魔力を水晶玉に吸われているのだろう。


 水晶玉の色はと覗いてみる。


「火が8、風が3、聖が2、闇が5といったところでしょうか」

「おおう、ふむふむ」


 正確には火8水2風3土1聖2闇5くらいだろう。


「なかなかどうして。これで闇と聖が反対であれば、あるいは。たいへん残念です」

「いえ、ありがとうございました」


「これだから、じゅう――」


 私が男性神官をとがった視線で見つめているのに気が付いたのだろう。


「じゅう?」

「いえ、なんでもございません……」


 私が問い返すと、なんとか言いよどんで、ごまかそうとする。

 先月聖属性を引き当てて全身観察したレアな少女の顔をまさか忘れたとは言わせない。

 男性神官が驚いた顔をした後、素面を通り越してやや青くなって、視線を外してくる。

 じゅう、に続く言葉なんてあれしかない。


『これだから獣人は』


 教会では闇属性を、卑しい属性だと忌み嫌っている。

 呪い系統とかも含まれているので分からなくもないけど、そういうのは属性差別ともいう。

 人間には天使や神様のような癒しの力がある聖属性こそが相応しいのだと。

 そもそも人間の魔石は公然の秘密だが闇属性だ。教会は認知していないことになっているけど、知らないわけがない。

 そして教会では非公式ではあるが獣人も嫌っている。ヒューマンと比較して闇属性が出やすいから。たったそれだけの理由で。

 この男性神官は私の時もあまり態度がよくなかった。イエロー、要注意人物のラベルを心の中で貼っておこう。


 ほかには特に問題もなく終了した。


 帰り際に礼拝堂に残っていたこの前の一番若いシスター様に声を掛ける。

 あまり気にしていなかったけど、まだ16歳くらいだろうか。


「こんにちは」

「こんにちは、属性判定の儀式ですか。どうでしたか?」

「ばっちりでしたよ」

「それはもう、ばっちり。特に闇属性があってうれしかった」

「あら、そうなの? よかったわね。祝福いたしましょう」


 サフィアちゃんの正面に立って聖印を切るポーズをする。

 この女性は闇属性でも本当に祝福してくれるようだった。

 この人はアタリだ。ブルーラベルを貼っておこう。ここに来るときには贔屓してもいい。


「あの、サフィアちゃんの誕生日と属性判定をお祝いするので、これを」


 アイテムボックスから金貨1枚をさらっと取り出す。

 ちょっと手品みたいで面白い。


「あら。またいただいてもよろしいのですか? ありがとうございます。エシス様、属性判定の儀をしたばかりの子たちから、ご寄付をいただきましたよ」


 そういって膝をつき、短い時間でも熱心に女神像に祈った。


「それでは、お茶やお話はいががなさいますか?」

「あ、今日はいいです。また今度機会がありましたら」

「さようですか。了解いたしました。本日はありがとうございました」


 そうして私たちが礼拝堂を出ていくところを見送ってくれた。

 シスター様が笑顔で手を振ってくれる。

 後ろのほうで、あの男性神官が悔しそうにこちらを遠巻きに眺めている。


 そのギャップがちょっと「してやったり」という感じで、すっきりした。


 サフィアちゃんの属性判定と寄付をそうして遂行した。

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