12.閑話「少女とハイポーション」
最近、町ではハイポーションの話題で持ちきりだ。
俺はベルスト。第3都市エルドリードの冒険者ギルド長をしている。
突然、少女が「高品質のヒール草」とうたう薬草を15本のみだが、冒険者ギルドの受付に納品してきた。
高品質の薬草は通常10本から20本に1本程度の割合で含まれている。
普通の薬草だけでもポーションにはできるがこの高品質な薬草が混ざっていることで、少しだけ普通のポーションも能力を底上げされ高品質な普通のポーションになる。
この高品質ノーマルポーションが評価されて、この町は一大生産地の地位を確かな物にしてきたのだ。
ほかの地域では高品質なヒール草の比率はもっと低いと推定されている。
しかし高品質なヒール草だけを集めるということは、詳細鑑定が必要でとてもではないが、詳細鑑定士をフル動員してやるにはコストが高すぎる。
そのため今までそれをやったことがある人はいない。
試算してみる。
ポーション1本に必要な高品質の薬草は5本で単純計算でも詳細鑑定が50回前後必要だ。
詳細鑑定士が1日で鑑定できる回数は3回程度しかない。かなりの魔力食いだ。
50回を6日に分けても3人必要だ。詳細鑑定士はこの街に3人しかいない。
彼らには金貨10枚以上の美術品や高級装備品の仕事がすでにパンパンまで詰まっているので、実際にやるのは無理だった。
そこへ、高品質のヒール草を持ち込む少女だ。
ギルドの担当者は半信半疑だったものの、少女が親を同伴だったうえに、顔馴染みであった。
そのような少女が嘘を吐くとも思えず、独断で了承し、薬師ギルドへ卸してしまった。
もし独断専行がなければ、慎重派の俺は取引を止めていただろう。
神の采配と思う他ない。
薬師ギルドも高品質ヒール草を手に入れたときは、信用していなかったが、普通の薬草だったとしても普通のポーションができるだけだ。
差額を後で払えばいい、という好条件でデメリットもないため受け入れていた。
そして町一番の調薬工房であるアドル調薬工房がそれを実際にポーションにすることになった。
ぐつぐつ煮るお湯に薬草を入れる。
確かにこの15本の薬草はどれも綺麗で精力にあふれているように、薬師にも見えたという。
しかしそれだけでは、高品質であるという保証にはならない。
15本の薬草はポーション3つ分であるので、その煮汁をろ過し、ポーション瓶3つにそれぞれ注いだ。
そして1本目に魔力を加えながらさらに沸騰処理をする。
そこへ少量の
この
深緑色だった液体が「ポーション」に変化していく、まさにその瞬間だった。
「ほう……」
色は緑から青緑へと進む。ここまでは普通のポーションと同じだ。
しかしそれで終わらなかった。
さらに、真っ青な色あいまでそのポーションは変化したのだ。
「すごい、なんだこれ」
調薬担当は、汗を垂らして、手が震えそうになる。
動揺を隠せない。
それは今までに見たことがない現象だったのだ。
「すごいなんてものでは、説明ができない。すごすぎる。ここまで濃厚なヒーリング成分は見たことがない。まるでハイポーションではないか」
担当者は、すぐに人を集めた。
そして重症患者にその最初のポーションは使われた。
「ぐぐぅ、はやく治療師かポーションを」
「これが最新のポーションだ、飲め、な」
うぐんぐ、となんとか重傷者はポーションを飲んだ。
すると瞬く間に、ブラッドベアにやられたという深い傷、というかダメになっていた右腕が、再生していくではないか。
「すげえ」
「なんだこれ」
「おかしい、こんなの」
「見たことねえなぁ、ああ神様」
「ああ、オルド様」
その場にいた人たちは全員神に祈ったという。
冒険者のほとんどはエシス様ではなく、その夫オルド神様を信仰している。
大混乱したものの、新型ポーションはハイポーション相当であると認められ、名称も区別なく正真正銘「ハイポーション」と呼ばれるようになった。
その価値、ハイポーション1本で末端価格金貨3枚。
そして驚かされたのは、この高品質のヒール草が1度きりではないということだった。
数日後から同じように薬草15本がまた納品されたのだ。
そして平日は毎日納品するという話だった。
それからさらに数日後には20本になっていた。
冒険者ギルドも薬師ギルドもアドル調薬工房も、それには予想外だったようで、天手古舞の大混乱に一時陥ったが、なんとか立て直し、その莫大な利益が転がり込んでくるようになったのだ。
冒険者ギルドと薬師ギルドの取り分は薬草の値段のそれぞれ1割だ。
それだけでも、かなりの利益がもたらされた。
アドル調薬工房では、販売先の確保が心配されたが、そんなことは杞憂だった。
領主はもとより冒険者ギルドでの販売でも即完売の売れ行きで、実質予約制となることが決まった。
そしてくだんの少女は現時点で金貨10枚以上を儲けているのが分かっている。
そのお金を何に使うのか。
冒険者ギルドや薬師ギルドは、協力体制の下、ひそかに密偵を配置して、様子を窺っていた。
これは少女を監視する意味以上に、保険として保護観察つまり護衛という意味が強かった。
もし情報が悪い組織にもれれば、少女の命が危なかった。
少女は何も考えていないようだが、心配された。
金の卵を生む鶏を殺されたら、町の存続すら怪しくなる。
「全力を持って、陰から保護する」
ギルド会議では全会一致で可決され、その後の様子が観察された。
彼女の議題の報告会が行われた。
どうやら資産のうち金貨1枚は、マリアーヌ教会に寄付をしたらしい。
美味しいと評判のオークシチューを食べたそうだ。
そして最高級トレント材の魔法の杖を2本、購入したと報告がなされた。
その魔法杖店は知る人ぞ知る王都の杖専門店からも注文がくる一級魔法杖店だそうだ。
どのような
少女の評判はますます上がった。
私腹を肥やし怠惰な生活を送るようになる成金はたくさんいる。
こうして公共の福祉に少しでも関心を示す人は案外少ないのだ。
散財は好ましくはないが、投資となると別だ。
お金を装備に使うのは優れた判断だろう。
まだ若い。いい武器を持つことは、このモンスターのいる世界では有利に働く。
バカではない。かなり頭がよさそうだ。
そしてなにより善人だった。
「まさに聖女ですな」
「違いない」
「そういえば、教会の報告によれば、彼女は水火聖の3属性だそうです」
「そりゃあ、すごい。まさに聖女。もしくは天使というべきか」
「天使ちゃん、いいですな。今度からそれで」
「これだけの才能、よく今まで野放しにされていたものだ」
「一応、隣の家にボルド・エルドリードが住んでいます」
「ボルドじいか、まだ生きていたか。しぶといな」
「まったくだ。あの老いぼれの弟子だとしたら、どんなことをするか見ものです」
「それで、名前はなんでしたっけ」
「エミル。エミル・フォンデートだったかと」
「はぁ? フォンデートなのか? それはたまたまなのか、それとも」
「さすがにたまたまでは?」
「しかし、これだけの才能、もしや」
「今や半分伝説上の旧王家フォンデート家か。300年前に陰謀にはかられ、離散し断絶したと習いましたが」
「関連は分かりません。これから調査いたします」
「まあよい。よきにはからえ」
ギルド会議の席、領主ミハエル・エルドリードがぽつんとつぶやく。
「エミル・フォンデートか、面白い」
こうして緊急ギルド会議が幕を閉じた。
町は潤っているが、混乱も激しい。
なんせ金貨が飛び交う非常事態だ。
俺はギルド長、頭が痛い。
特産のポーションは頭痛にも効くのだろうか。
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