8.金貨の行方

 さて金貨だやっほい。


「はい、サフィアちゃん。金貨のおすそ分け」

「金貨じゃん」


 狼耳と尻尾の先っぽまでピンと伸ばしてびっくりするサフィアちゃん。


「い、いいのか?」

「うん。いっつもお世話になっているし」

「まあ、そのお互い様だが」

「いいの。じゃあはい」

「ありがとう。重いな」

「うん」


 金貨1枚。小さいのに銀貨や銅貨よりずっと重い。

 それが本物の金の重さなのだとおじいちゃんが言っていた。


 おじいちゃんにも金貨1枚をあげようと思ったのだけど。


「わしは給金が出てるから大丈夫じゃよ。代わりに教会にでも寄付しておくれ」


 と言われたので自分で1枚、サフィアちゃんに1枚。


 そして残りの1枚を教会に寄付することにした。


「行ってきます」


 お母さんとサフィアちゃんを連れてマリアーヌ教会に向かう。


 金貨を貰った帰り道もそうだったけど、大金を持っていると思うと、なんだかドキドキする。


 ギュッと腰ひもを結んでお財布を確認した。


「こんにちは」


 教会の礼拝堂に到着した。

 平日も開いているけれど、ミサはやっていない。


 主な業務は医務室での治療行為だ。医務室は基本的には無料で治療してもらえる。

 礼拝堂には寄付を渡す係の人が必ずいるので、その人にお金を渡すことになっていた。

 医務室は礼拝堂の奥にあるので、必ず礼拝堂を通るから、医務室から出てきた人は無料でも事実上は礼拝堂でお金を支払う仕組みになっていた。


 なるほど、大人、せこい。


 集金係だろう若いシスター様がいたので声を掛ける。

 おそらく一番若い女の子に面倒な仕事を押し付けているんだな、などと邪推してしまう。


「あの、お金が儲かったので、その」

「まあ、なんと敬虔な信徒でしょうか? 寄付をくださるのですね?」

「はい」


 私が金貨を1枚、お金の袋から取り出す。


「あぁ、なんてことなの。そのお金は盗んできたものではないのね? しっかり本当に自分たちで稼いだのですか?」

「当たり前……エミルは盗んだりしない」


 サフィアちゃんがちょっと目つきを鋭くして、抗議してくれる。


「申し訳ありません。取り乱しました。き、きききっ、金貨、1枚。確かに」


 そっと金貨を受け取る礼拝堂のシスター様。


「重い、ですね。確かにこれは金貨で間違いありません。ああ女神様」


 シスターが感動して今にも涙をこぼしそうだ。

 両手で金貨を包んでいるけれど、手が震えている。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます。よろしければ、お茶でもお飲みになりますか? それからお話でも」

「えぇぇ」


 微妙な返事になってしまう。

 ハイともイイエとも判断つかない微妙な返事をしてしまう。


「では、まいりましょうか」


 シスター様は肯定の返事だと判断したのだろう。

 後をついてくるように促した。


 向かった先は貴賓室と言われる、偉い人を迎えるための部屋だった。

 ちなみに一般人向けの応接室、会議室なども別にある。


 貴賓室には赤いカーペットが敷かれていて、椅子が高そうなソファだった。

 こんな部屋に入るのは初めてだ。


 壁には天使様やエシス様の絵画が4点、高級な白磁のお皿が2枚飾られていた。

 そしてたぶん超高い、機械式振り子時計がある。

 知識では知っていても実物を見るのは初めてのものばかりだった。


「どうぞ」

「失礼します」

「座るぞ」


 こういう場所でも態度を崩さないサフィアちゃんはちょっと心強い。

 最初に泥棒ではないかと言われたので、まだ許していないようだ。

 顔は笑っているが、尻尾がピンと立って警戒を示している。


 メイドさんがやってきて、お茶がふるまわれる。

 飲んだことがない赤いお茶だ。


「これが紅茶という飲み物です。ここよりはるか南東の異国で作られるお茶だと伺っています」


 その言葉にハーブマスターの血が騒ぐけど、ぐっと我慢する。

 別に上級国民ではないがなるべくレディーでいようと思う。


「教会はみなさまの寄付で成り立っているのは、ご存知だと思います」

「ええ」

「一家で月に銀貨1枚ですね。実はそのほとんどは税金として領主の資金になるのです」


 それは知らなかった。


「つまり、実際に教会に与えられる資金は純然たる寄付のみで事実上は運営することになります。ここの地区は孤児院や病棟、それから炊き出し支援の運営などをすると、お恥ずかしいことですが、実は赤字ぎりぎりといったところなのです」

「そうなんですか」

「はい。ですから、このような高額なご寄付は大変、助かります。これだけで子供たちに少しばかりのお肉を買ってあげられます。ありがとうございます」


 子供たちのお肉か。泣いてしまいそうだ。

 ずっと私腹を肥やす悪徳教会だと思っていたけれど、全然違った。


 確かに敷地内の隣に孤児院がある。

 裕福だという話は聞いたことがない。

 孤児院に入れるくらいなら、誰か引き取ったほうがまし、とまで噂されている。


 私も毎日ベーコンが少しの生活だから、お肉も食べられない貧乏さは骨身にしみている。

 ぐっと涙をこらえて、話を聞き終えた。


 お礼をたくさん言われ、教会を後にした。


 おじいちゃんが教会に寄付をと言ったときは、ついにボケたのかと思った。

 でも子供たちのためだったのだ。


 金貨を寄付できて、いい気分でおうちに帰った。

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