3.ヒール
さて、あれから数日。
「ヒール草、おおきくなったぁ」
右側半分のヒール草はぐんぐん育って、今ではもさもさしている。
左側は平年通りというか、あんまり記憶がないけど、去年と同じくらいだ。
聖水はどうやら薬草の生長にも影響を与えることが分かった。
ボルドおじいちゃんの様子は、毎朝確認している。
ついでに聖水も置いてくると、よろこばれた。
「おじいちゃん、生きてる? 聖水置いていくね」
「おお、おかげさまで、ぴんぴんしてるわい。ありがとう。聖水のおかげで、本当の意味でぴんぴんするようになったわい、わはは」
聖水パワーはずっと長続きはせず、翌朝にはすっかり戻っているようだった。
外部から魔力を得て、一時的にブーストした感じになっているというのがボルドおじいちゃんの分析だ。
ボルドおじいちゃんは何にでも詳しい人で、貧乏人の田舎賢者という感じの人だった。
世界も国も都市も、みんなそういう知識はおじいちゃんの受け売りだ。
国からわずかばかりの給金が出ているらしく、貧乏暮らしではあっても、食うには困っているようではない。
私の家がある通りの家屋はみんな持ち家の分譲なので、おじいちゃんも自分の家なのだろう。
おばあさんは私が知っているより早く亡くなり、子供たち3人は一人立ちした後、王都に行ってしまったらしい。
私は今まで、しょっちゅう空き時間を利用して、おじいちゃんのところに通っていた。
おかげで、この年では珍しく、読み書きもできる。
「さて、おじいちゃん」
「な、なんじゃ」
おじいちゃんが顔を緩めながら、孫が何をしでかすか、という目で見てくる。
「聖魔法っていうくらいだから、ヒールって使えるんだよね?」
「そうじゃな、普通ならそうだろう」
「私、ヒール使ってみたいの。それで実験台になってくれる?」
「いいぞ、なぁにちょっと失敗しても、老い先短いじじいがくたばるだけだからのぉ」
「くたばらないから、大丈夫」
さて、おじいちゃんの手を取り、真剣な顔になる。
「この者に癒しの力を分け与えてください――ヒール」
祝福は金色の粒子だったけれど、今度は違う緑色の粒子が私たちの周りをぽわぽわしだした。
それがおじいちゃんを包んでいく。
「おおぉぉぉ、これが癒しの力」
もちろんおじいちゃんはヒールを掛けてもらったことくらいはあるのだと思う。
でも大げさに、びっくりしている。
「肘も膝もそれから全身、なんだか軽い。とっても軽くなったわい」
「おお、それはよかった、成功して」
「成功だ。エミルちゃんはすごいのお、素晴らしい治癒力だった。あれだけ目に見える魔力粒子は、初めて見たわい」
「そうなんですか? ヒールしたらみんなああなるのではなくて?」
「ああ、ヒールなんて20回以上、見たことがあるが、これほど見えるのははじめてだわい」
そういって、嬉しそうにぴょんぴょんしている。
本当に体の悪い部分は治ったようだった。
さすがに顔のシワとか老化は治らないようだったけれど、具合が悪いのが治っただけでも、すごいことなんだよね。
「おうち、戻るね、お母さんの腰も見ないと」
「ああ、またおいで」
家に戻ってくる。
「お母さん、お母さん。私、ヒールできた!」
「おやまぁ」
「お母さんの腰が悪いの知ってるよ。直しちゃお?」
「これはなかなか治らなくてね。ポーションも飲んでみたのだけど」
「私にヒールってなんだかすごいみたいなの、治るかもしれない」
「そうなのね、じゃあお願い」
お母さんの腰に手を当てる。
「お母さんをお願いします――ヒール」
また先ほどのように緑の粒子が飛び回る。
「どう、お母さん?」
「まぁ、すごく暖かいわ。うん、いい感じ、すごいわ」
お母さんは腰をかがめたり、回したりしている。
「違和感も何も。すごい効き目ね。すっかり治ったみたい」
「やったー!」
ふひひひ。
私は、こうしてヒールを身に着けた。
教会に行けばこれだけで食べていける。
でも、私が好きなのはヒールじゃなかった。
もちろん人々が元気になるのなら、それは悪いことではないし、うれしい。
嫌いではないけど、本当に好きなことは、薬草採取なのだ。
「お母さん。私ね、聖魔法を使って薬草を育てたりポーションを作ったりする人、ほらなんだっけ?」
「ああ、薬草採取家のこと? えっとハーブマスターのことね」
「うん、それそれ、ハーブマスターになる!」
私はこうして進路を決めた。
ハーブマスターになる。
再びおじいちゃんの家に行って、報告をする。
「ハーブマスターになりたいです」
「おほほほ、いいじゃろう、いいじゃろう。教会の神父は残念がるだろうが、強制はできん」
おじいちゃんに詳しいことを聞いた。
ハーブマスター。
女性はまたの名を「ハーブミストレス」。
もしくは「マスターハーブ」や薬草職人「ハーブマイスター」ともいう。
なんだか名前が多くて混乱する。
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