2.聖水

 聖魔法が珍しいというのは本当だ。

 主にヒール魔法を使うことができるというもので、神官様や巫女様になって、教会で務めることが多い。

 この地区のマリアーヌ教会だけでも1年に1、2人いる、というくらいだから、まったくいないわけではないけれど、そこそこの頻度で珍しいのだと思う。


 第3都市エルドリード内には、貴族様向けのエルドリード教会、商人や比較的裕福な人向けのダマステラ教会、それから私達が使っているマリアーヌ礼拝堂教会がある。


 子供からしたらみんな同じ人間なのに、なんで別れてるのだろうか、と疑問に思うよね。

 なぜか大人たちはそれを当たり前だと思っているみたいで、特に理由はないのかもしれない。

 でも身分差というのは、下々の私達からしたら明確だ。

 庶民のやっかみだけど、私はそういうのはあまり好きじゃない。

 だから本当ならヒーリングよりも、ポーション。

 でも、今日は聖魔法。


「えへへ、聖属性」


 さてせっかくだから、私はやってみたい魔法がある。

 これは、ある意味では自己流の独自の魔法だ。


 コップを用意してそれに水魔法ウォーターで水を入れる。

 これくらいなら、魔力も全然問題ない。


「ここにお水があります、これにっと――『ブレス祝福』……と唱えると、わ、わぁ」


 水に金色の粒子がまといだして、輝いて見える。

 もちろん本物のキラキラしたものがあるのではなく、魔力が飛んで光っているように見えているらしいのだけど。

 この幻想とした風景をしばらく堪能した後、お庭に向かう。


 うちは地方都市の下町ブロックの低所得者向け住宅街にあった。

 多くの家は長屋と呼ばれるつながった家に住んでいる。

 長屋に庭はないけれど、洗濯物干しのスペースくらいはある。

 私の家はこの地区の中ではかなり裕福なほうで、2階建て庭付き一戸建てとなっていた。

 これはお父さんの遺産らしい。

 正確には死んじゃう前に冒険者として一山当てて、それで建てた後、欲がくらんで再びパーティーで冒険に出たお父さんは、そのまま帰ってこないということなんだとか。

 だから、お父さんの顔なんて覚えていないし、生死は不明でもいいんだ。

 薄情者だけど、それでもちゃんと家は残してくれたから、尊敬はしている。


 さて、金のお水ができたところだった。


「名付けて、というか、教会にあるよね、聖水」


 うん、これは簡易的な聖水だ。

 聖属性なのだから、当然のように水を聖水にできる。

 神の体現だけど、そこに教会や神様がいなくてもいいらしい。


 教会以外でも遠くで見守ってくれているのだ。


 そそくさと家の中を通過して、お庭に向かった。

 そこには洗濯物干し以外に、オレンジ、レモン、夏ミカン、リンゴの木が生えている。

 そして残りの空き地のほとんどにはヒール草がびっしり植えられていた。


「ささ、ヒール草に聖水を掛けます。右半分としましょう」


 聖水を撒いていく。

 水が光を反射してキラキラして綺麗だ。


 すぐ土に吸い込まれていった。


 変化はすぐに表れだした。

 右半分のヒール草が昼間だったのでダレていたのが、ピンと背を伸ばしている。

 見た感じシャキッとしているのだ。

 そのせいで右側のほうが、ほんのわずか背が高いように見える。


「まぁまぁ、エミル、それ!」

「お母さん、せっかく聖属性になったので聖水をこさえてみました」

「すごい効き目じゃない。本当にエミルちゃん、すごいわ」


 えへへ。


 ――実験は成功だ。


 聖水は元気にしてくれる。


「さて、次なんだけど」

「うん。でも先にお昼にしましょう」

「そうだね、えへへ」


 お母さんと麦粥のお昼ご飯にする。

 あらかじめ水につけた麦をお湯で柔らかく煮たもので、麦以外に小さなベーコンとヒール草を細かくしたものが入れてある。

 ヒール草は庭にもあるし、採ってくるからなくなることはない。

 それとデザートに夏みかん。これは裏庭の木のものだ。


 そして飲み物、お水。


「ねえねえ、お母さん」

「なあに?」

「お水、これも聖水にしていいかな?」

「えっ?」

「え??」

「ま、まあ、べつに、やってみていいわよ」

「やった」


 こうしてまた祝福を唱えた私はお水を聖水にした。

 自分の分とお母さんの分、2つ分を一度にする。


「いただきます」

「いただきます」


 まずお水を一口飲む。


「んっ、お、水だね。キラキラしててすごいけど、ちょっとだけ美味しい気もするわ」

「そうね、なんだか不思議だわ」


 こうしてご飯を食べた。


 お水はなんとなく違う。

 ご飯は普段と変わらずに普通で、夏ミカンは美味しい。

 大きいのを1つだけ取ってきて、お母さんと半分こなのだ。


「ごちそうさまでした」

「はい、ごちそうさまでした」


 立ち上がって、肩とか軽く回してみる。

 異常はない。


 お母さんも、ちょっと腕を動かしてみたりしている。


「なんだか、いつもより調子がいい気がするわ。腰も普段より軽いわね、別に痛くないし、違和感も今日はないわ」


 うちのお母さんは少しだけ腰が痛いときがあるみたい。

 特に寒い日の朝なんかが痛いらしい。


「ふんふん」


 聖水の効果なのだろうか。

 ポーションほどではないが、なんらかの回復効果があるとみていいだろう。


 さて被験者は多いほうがいい。


 隣のおじいちゃん家に移動する。

 おじいちゃんといっても血縁者ではなくて、隣に住んでいるだけのお年寄りだ。


「すみません、ボルドおじいちゃんいますか」

「おやおや、エミルちゃんかい」

「はいっ」


 ニコッと笑うと、おじいちゃんも笑顔を見せてくれる。

 背は低くて細身なので、体は小さい。

 ドワーフみたいだけど毛深くはないので、ヒューマンなのだろう。


「最近どうですか? どこか痛いところとかありますか?」

「すごく痛いことはないんじゃがな、体が硬くてな、膝や肘には違和感があるんじゃ」

「そうですか、あの、私、聖属性があることがわかって、それで聖水を作れるんですけど、飲んでみますか?」

「なんじゃと、めでたいのぉ、くれるというのなら、試してみるわい」


 おじいちゃんのところのコップに水魔法で水を入れて、祝福を掛ける。


「なんとぉ、綺麗じゃのお」

「はい、飲んでみてください」

「どれどれ」


 ごくごく、とおじいちゃんの喉が鳴る。


「おおぉ、体に魔力が染み渡るようじゃ。綺麗な魔力をしておる」

「ふむ」

「これはエミルちゃんの優しい魔力なのじゃろう、なんだか力が湧いてくるようじゃぞ」


 そういうとおじいちゃんも腕を回したり、屈伸したり、動き出した。


「すごい! すごいぞ! わしのオンボロの体に油をさしたみたいに、動くぞ」


 おじいちゃんはそういうと、家を出て行ってしまう。

 後を追うと、桶を持って共同井戸まで行き、水を汲んでくる。


 いつもより、ずっと素早かった。


 そして家の水瓶に桶の水を追加する。


「ふうふう。いつもはおっくうでな、さぼっておるのじゃが、簡単にできたぞ」

「は、はいっ」

「体が、簡単に動いたぞ!」

「よかったです」


 ちょっとおじいちゃんが興奮しているのに私は押され気味だけど、なんとかそれをおさめる。


 聖水はそこそこすごい、ということが分かった。

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