004 裏切りの対価と、優しい南雲さん

 切れ味のにぶい矛先が、首の皮を貫かない程度のギリギリの力で、突き立てられている。


「君を殺して、私も死ねば、幸せになれる?」


 その声色は、怯えも悲しみも感じさせない、淡々としたものだった。状況と明らかに異なる平然とした口調には違和感しかないが、それが余計に不気味である。


 組み伏せられたままいつの間にか首筋に添えられていた変形型の特殊なナイフ、いわゆるバタフライナイフというやつは、緊張感を最大限まで高める小道具として十分な威力を発揮していた。事実、俺は口を開けたまま動くことが出来ずにいる。俺の命は、俺自身ではなく南雲さんの手の中にあるのだから。


 この状況に至った原因は、俺にある。行き過ぎた誘導尋問は、心を痛めた彼女のラインを超えてしまったのだろう。


 南雲なぐも良治りょうじ南雲なぐもゆめ。二人の親子を結ぶいびつで複雑な関係の全てを知るわけではないが、それは確実に一種の闇をはらんでいる。そこに足を踏み入れた、俺の自業自得である。まぁ、凶器を突き付けるのは流石にやりすぎだと思うけれど。


 ただ、そんなっ先に対する本能的な恐怖とは別に、合理的な思考が頭の中を巡っていた。彼女は、本当に俺を殺すことが出来るのだろうか、と。


 いや、違う。既に答えは出ている。


 きっと彼女は、人を殺せない。殺せなかったのだ。


『私、あの人を殺せなかった』


 あの言葉を聞く限り、大して憎むでもない俺を彼女が殺すとは考えられなかった。


「……どのみち最期の日なんだから、あんまり変わらないよ、南雲さん」


 俺は、さとすように優しく声を掛けた。絶対に殺されることは無い、という考えが確信に近いからこそ、心にはそこそこ余裕がある。俺は抵抗することなく、彼女の瞳と真っすぐに向き合った。刺されないと分かっていても刃物はちょっぴり怖いけれど、南雲さんの前だからというのもあるのだろう。あまり、怯えはなかった。


「……」


 彼女に反応はない。実は、今度こそ殺すつもりだったりするのだろうか。でもまぁ、それはそれで悪くないのかもしれない。どうせ最期なのだから、物語みたく劇的な死に様を晒すのも、それはそれで趣があるというものだ。それに、殺人犯は南雲さんだ。結構、話にしたら売れるんじゃないだろうか。まぁ、死んじゃったら書けないので、元も子もないが。


「南雲さん?」


 すると、なぜだろうか。南雲さんは首元からゆっくりとナイフを離して、その刃先を両手で丁寧に仕舞しまう。そして、俺の胸に突っ伏すみたいに倒れ込んだ。


「……」


 制服越しの柔肌やわはだが重力によって体に押し付けられるその感触は、非常に素晴らしいものだったが、それを心から楽しめるほどの余裕はあまりなかった。何も喋らず、ただじっと体を寄せている。彼女の頭の中でどんな思考が渦巻いているのか知る由もないが、ナイフをしまったということはある程度の危機は去ったと考えるべきなのだろう。


 数秒の沈黙のあと。


「……ごめん。冷静じゃなかった」


 彼女は呟くように耳元で声を響かせた。その雰囲気は、いつもの南雲さんだ。顔は胸の中に埋められているので確認できないけれど、あの軽蔑するような空気もなく、対等に喋っている感じがする。


「そっか」


 少しばかり安心して、一息つくと。南雲さんは少しだけ顔を上げて、心底不満げに俺を責めた。


「でも……君が、あんなこと、言うから」


 明らかに、怒っている。その言葉は、彼女にしては珍しく感情的だ。電話を勝手に出た時のそれとは違い、言葉の端に募った怒りが散りばめられている気がした。あの時とは違って、本気で怒っているのだろう。でも、冷徹で容赦のない軽蔑とはまた違って、文句を言うとか不満げであるとか、そういう一種の可愛らしさがある。


「ごめん」


 彼女の言う「あんなこと」とはもちろん、誘導尋問じみたハッタリのことだろう。


「ほんとに……ほんとに」


 その口調は、先程までと比べると非常に可愛らしいものだが、怒っていることは確かで彼女の瞳も笑っていない。


「ごめん」


「ごめんしか、言えないの?」


「だって、明らかに悪いから」


 すると、彼女は呆れたように瞼を閉じて、大きくため息をついた。


「まぁ、引っ掛かった私も、馬鹿だった」


 そして、俺の頭に華奢な手を乗せて、不満げに言う。どうやら、カマをかけていたという事実は認識してくれたらしい。


「でも、次やったら、本当に嫌いになる。ほんとうに。分かった?」


 これは一応、許してくれたということなのだろうか。その声色は、未だ怒りの感情を帯びているように思えるが。


「わ、わかった」


 そう答えると、南雲さんは俺の上からゆっくり降りた。


 それから彼女は一向に目を合わせてくれなくなった。やっぱり、怒っているみたいだ。その距離は今までとは違って、よそよそしい。というか、今までが近すぎたから、正常な距離に戻ったというべきだろうか。だが、一向に繋がれることのない手の冷たさには、どうしても違和感を覚えてしまう。慣れというのは恐ろしいものだ。


 そんな今の時刻は12時40分頃。お昼時は、とっくに過ぎている時間帯である。腹の虫が音を鳴らしそうな程度には、お腹が空いていた。


「えーっと……とりあえず、昼ご飯にする?」


 気まずい雰囲気の中、ソファーから立ち上がって南雲さんに提案する。少し顔を逸らしながら、取ってくれるかは分からない手を差し伸べて。すると、彼女は少しの沈黙のあと、ちょっぴり不満そうに俺の手を取って、立ち上がった。


「うん」


 そうして、俺たちは歩き出した。


 人生最期の日といっても、ご飯は大して豪勢なものじゃない。レンジでできる牛肉のブリトーだったり、パスタと絡めるだけのパスタソースだったり、多少おしゃれなものはあるのだけれど、高級焼肉やフレンチを用意することは出来なかった。まぁ、購入元がコンビニなので、仕方ないが。


「南雲さんは、何食べたい?俺は、パスタつくるつもりだけど」


 手を繋いで南雲さんを連れ込んだ先は、隣の部屋のキッチンだ。地下のくせに実家より大きなアイランドキッチンがあって、多種多様な調理器具が取り揃えてある。俺は、その中から小さめの鍋を取り出して、パスタを茹でるためのお湯を準備していた。独特の電子音と共に電気式のコンロが点火すると、鍋は徐々に熱気を帯びてくる。


「……君と、同じやつ」


 南雲さんは、元々口数が多い方ではない。けれど、今は明らかに少なかった。沈黙の続くキッチンで、換気扇の風音だけがごうごうと鳴っていた。


「……」


「……」


「……俺さ」


 そんな中、俺はふと思い立って、たった独りで語りだす。なんで、今このタイミングで話そうと思ったのか、自分でもよく分からなかったけれど。


 なぜだろうか、彼女に聞いて欲しいと、そう思ったのだ。


******


 中学二年生の夏。学校から家に帰ってくると、妙な物音が聞こえた。金切り声と、何かを打ち付けるような鈍い音だ。奇妙に思いながら扉に触れると、なぜか鍵が開いていた。気付かれないようにそっと玄関の扉を開くと、そこには衝撃的な状況が広がっていた。


 温厚な父が母を組み伏せて、その顔を何度も拳で殴りつけていたのだ。


 留まることを知らない暴力は、何度も、何度も、何度も、何度も、同じ場所を執拗に責め立てるように、行き場のない衝動を発散するかのように振るわれた。そのとき俺は冷静に警察を呼んだつもりだったけれど、今思えばあれは他人にすがっていただけで、決して冷静ではなかったのだろう。


 警察が来て、すぐに父親と母親が離されると、父は話す暇もなく警察に連れていかれた。母親の一方的な証言を、その場にいた警察と俺は信じ込んで、父の暴力を責め立てた。


 だが、その日の夜、ふと思った。興奮した頭が覚めて冷静に考えてみると、あの父が何の理由もなく母を殴りつけるわけがないのだ。考えると眠気が一向に来なくて、仕方なく家の電話で父に連絡を付けることにした、のだが。それに気づいた母は、俺を止めた。理由を説明しても、適当に躱される。その言葉に違和感を覚えた俺は、無理やり電話をかけようとしたのだが、そうすると母は今までにないような金切り声を出して、意味不明な論理で俺を罵倒してきた。


 おかしい。何かが、おかしかった。でも、愚かなことに、俺はそれ以上の追及を諦めてしまった。だって、母親だし。無条件の信頼というものは、やっぱりあったから。


 これが、人生最大の失敗だった。


 その根幹たる原因を知ったとき、既に父はこの世から去っていた。裁判に負け、会社を追われ、養育費を支払わされ、社会に行き場のなくなった我が父は、絶望して自らその命を終えたのだ。


 それは、悲しき結末だった。


 事の発端は、母親が新興宗教に溺れたことだ。思えば、少し前から、家じゅうに妙なアクセサリーが増えていた。てっきり、趣味でも増やしたのかと思っていたが、どうやらあれらのチープな指輪やネックレスは宗教的な価値という名の自己満足に塗り固められた馬鹿みたいに高い代物だったらしい。


 それは、母の資産を、家の資産を、挙句の果てに借金まで全てを使い尽くして、我が家に不幸をもたらした。きっと父の凶行は、通帳残高の異変に気付いてのことだったのだろう。それにしては、やりすぎだと思うけれど、一切の聞き分けを持たない母に対する躾みたいな意図もあったのかもしれない。


 父の全てを食いつぶした母。手にした金は、教祖への醜い愛のために捧げている。なんとも、愚かである。


 その事実を知ったとき、俺は初めて母を憎んだ。気が狂いそうなほど、衝動が爆発して意味もなく叫びそうになるほどに、憎くて憎くて堪らなかった。何度も、深夜のキッチンで包丁を握ろうかどうか悩んだことがある。


 でも。それでも。


 すべては、終わったことだ。


 憎しみが、哀れみに変わってから、俺は少しだけ大人になったんだと思う。


******


 お湯が沸いて、パスタが茹で終わり、皿にソースまで盛り付け終わった。もう、あの時から何度も繰り返してきた行為だ。学校から帰ってきても、休日さえも家に帰って来ない母の手料理の味を最後に味わったのは、もう2年前の話。それ以降、独りぼっちの食卓で、俺はチープで手軽な料理ばかり口にしている。


「……って、こんなタイミングする話でもないか」


 南雲さんは、黙って聞いていた。食事をキッチンからテーブルへと運びながら、俺はすこしばかり沈んだ気持ちで呟くように言う。


「どうして、話そうと思ったの?」


 すると、彼女は先程の怒りを忘れたように、純粋に訊いてきた。


「……南雲さんに知ってほしかったから、なんだと思う」


 その問いの答えは、俺自身でもよく分からない。でも、なぜだか知ってほしかったのだ。南雲さんの複雑な家庭環境が云々っていうのも少しはあったのだろうけれど、それは話を思い出したきっかけに過ぎなくて、話した理由はまた別にあるのだと思う。


 もしかして、これも恋愛感情から生まれた衝動の一種なのだろうか。


「そっか」


 テーブルに皿を置き終えて、振り返るとすぐ近くに南雲さんがいた。そして、彼女は華奢な手を俺の頭に持ってきて、そのまま引き寄せる。


「っ」


 そして、抱きしめられた。顔を彼女の胸に埋(うず)めるみたいに。それは、恥ずかしくて、心地いい。柔らかい南雲さんの双丘の感触が頬に伝わってくるし、すこし甘くていい香りがした。


「それなら、慰めてあげる。君が、こうしてくれたみたいに」


 制服越しの胸の感触は、思春期男子には耐え難い衝動を感じざるを得ないものだったけれど、絶対に「やめてくれ」なんてことは言えなくて、俺はただひたすらその感触を脳に刻み込んだ。


 それから1分ぐらい、ずっと抱かれていた。頬は熱さを増すばかりだったけれど、落ち込んだ気持ちが吹っ飛ぶ程度には最高の時間だ。だが、もう色々と耐えかねている。


「そ、そろそろ食べようか。その、冷めちゃうから」


 俺がそう言うと、彼女は首に回していた手をほどいてくれた。密着して少し暑かった部分を離すと、地下の少し冷たい空気が入ってそれはそれで心地よかった。まぁ、南雲さんの胸の中の方が最高なことは言うまでもないが。


「うん」


 数分ぶりにまじまじと見た南雲さんの顔は、なぜだろうかそこまで怒っていないように感じた。先程の不幸話に、同情でもしてくれたのだろうか。それとも、時間の経過が感情を流していったのか。


 どちらにせよ、よかったことに違いはない。


「いただきます」

「い、いただきます」


 レトルトのソースを混ぜて食べるパスタの味はいつも通りのはずなのに、いつものパスタよりひときわ美味しく感じた。


 南雲さんは、フォークを器用に使って丁寧に小さな束をつくっていく。そして、小さな口に入れこんで、もぐもぐと口を動かしていた。俺のガサツな食べ方に比べて、なんとも可愛らしく丁寧な食べ方だ。


「食べたいの?」


 そんなことを思っていると、南雲さんはその視線に気づいたのか不思議そうに首を傾げながら提案してきた。同じトマトパスタを食べているのに、俺が南雲さんの方ばかりを見ているので、変に思ったのだろう。


「いや」


 少し笑いながらそう答えると、南雲さんは再び小さな口でパスタを食べ始めた。そんな彼女を横目に、俺は大きな束を作って頬張る。すると、南雲さんは「おー」と小さく賞賛の声を上げた。なんか、男らしさを褒められているみたいで、ちょっぴり嬉しかった。


 それから、二人で食べ進めていると、南雲さんはふと思い出したように端末をいじり始めた。何をやっているのかは分からないけれど、片手でやたら早く指を動かして高速で文字を打ちつけていることだけは分かる。


「南雲さん、なにしてるの?」


「ひみつ」


 一応聞いてみたけれど、教えてくれるつもりはないらしい。なにかと秘密の多い女の子である。でも、その軽快な口ぶりから察するに、きっと「本当に教えたくないこと」とは別なのだろう。


 パスタを食べた後、二人で食器をキッチンの食洗器へと放り込んだ。そのあと、お互いに口をゆすいで、部屋に戻る。南雲さんが俺とのキスのために口をゆすいでくれていると考えると、なんだか支配欲が満たされていく感じがした。


 洗面所から出ると、南雲さんが軽い力で手を引いて、俺に何かを伝えようとしてきた。どうやら、物置部屋に行きたいようだ。連れられるままに入っていくと、南雲さんは映画の棚を探り始めた。


「また、恋愛映画でも探してるの?」


 そう訊くと、南雲さんは少し背伸びをして棚を眺めながら、いつも通りの平然とした雰囲気で答えた。


「今なら、すこし違って見えるかなって思って」


 俺はちょっぴり驚いた。少し違って見える、ということは、南雲さんの中の恋愛観がちょっと変わったということだ。そして、彼女の恋愛観を変える要因は今、俺しかいないわけで、それはつまり俺に対する何らかの心情の変化があったということにもなる。


「へ、へぇー」


 動揺した声を隠せずに生返事をしながら、俺も南雲さんの隣で恋愛映画を探すことにした。探し方は前と同じ、恋とかキスとか書かれているやつ、である。


「私、悲しかった。君に裏切られたって思ったとき」


 すると、南雲さんは棚を眺めながら、呟くように言った。


「ご、ごめん」


「いいよ。もう、怒ってないから」


 その声色は、いつもの平然とした南雲さんで、確かに彼女の言う通り怒っている雰囲気はない。チラリと横目で表情を確認してみると、彼女はやはり平然とした表情で、黙々と恋愛映画を探していた。


「でも、それは裏切られたって感じるくらい、君のこと信じてたってことなんだと思う」


「それは……ありがとう」


 俺はちょっぴり誇らしかった。なんだか、胸の奥が熱くなるみたいな、不思議な感覚だ。


 そんなことを思っていると、南雲さんに袖を少し引っ張られた。どうやら、恋愛映画が見つかったらしい。彼女が指で示したものは「恋と謀略とハイヒールの季節」というタイトルの映画だ。一応、裏表紙を見てみるとOLが後輩に恋する感じの恋愛映画だった。どうやら、問題なさそうだ。


「これにする?」


 そう訊くと、南雲さんは何も言わずに頷いた。


 壁掛けの時計は、13時10分を指している。これを見終わったら、15時を手前ぐらいになるだろう。徐々に消費されていく時間を名残惜しく思いながら、リビングルームに帰ってきた俺はディスクをビデオプレーヤーに挿入した。振り返ると、既にソファーに座っていた南雲さんが軽くソファーを叩いて、着席を促してくる。それに従って、俺はすぐに彼女の隣へと腰を下ろした。


「そういえば……君はどうして、あんなことしたの?」


 そんなとき。南雲さんは問いを投げかけてきた。彼女の示す「あんなこと」とはきっと、誘導尋問のことを言っているのだろう。ただ、それを問うた彼女に怒っている様子はなく、それは単なる純粋な疑問のようだ。


 だから、俺は取り繕わずに答えた。


「なんか、言うのも恥ずかしいんだけどさ……南雲さんの心に、触れられる気がしたから、かな」


 それは、あの時の俺の気持ち、そのままだ。すると、南雲さんは俺の腕を抱きながら再度問う。


「それが恋?」


 その答えを、俺は明確に持ち合わせていなかった。顎に手を当てて少し悩んだ末に、出た結論は、


「たぶん」


 という、なんとも曖昧なものだった。


「そっか」


 すると、南雲さんはなぜか口角を上げていた。それは、優しい微笑みというよりか、どちらかというと、からかうみたいなニュアンスを持っているような、少し小悪魔的な笑みだ。


 そんな彼女は、映画の音に重なることを気にしてか、囁くみたいに小さな声で言った。


「じゃあ、しょうがないね」


「しょうがないのかな?」


「しょうがないよ」


 しばらくすると、映画のロゴだけが映るシーンが終わりを迎えて、オフィス街を闊歩する美人なOLの姿が大きなディスプレイに映し出された。どうやら、本編が始まったらしい。


 俺は南雲さんの小悪魔的な一面に再び顔を赤くして、また恋に落ちてしまいそうなほどに鼓動を高めながら、腕に当たる柔らかい胸の感触から気持ちを逸らすように、ディスプレイの中で動く登場人物たちの想いに意識を向けた。


 これを終えれば、人生の残り時間は10時間を切る。確か、隕石の衝突は0時30分頃だったはずだから、正確には9時間とちょっとといったところだろう。幸か不幸か、睡眠は十分にとれているので、次に眠るのは最期の瞬間のときになる。そろそろ、終わりも近いようだ。


 流れゆく南雲さんとの時間も、この残り時間を過ぎれば最期。すべては木っ端みじんに星屑となって消えゆくのだろう。そんな未来は正直望んでいなかったけれど、少なくともこの人生最期の一日は俺にとって最高なものになりそうだ。ちょっとした喧嘩も、仲直りも済ませて、割と恋人らしいことは結構やれているのではないだろうか。これで最期に彼女が願いを叶えて俺に恋をしてくれたなら、俺はきっとぐっすり、誰よりもぐっすりと幸せな眠りにつくのだろう。

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