002 空虚な悲鳴と、歪な情事

 大粒の涙が零れ落ちて、肩が濡れている。


 綺麗な顔を崩してなお、まだ美しいその顔は今までになく感情的で悲しげに歪んでいた。心の傷から漏れ出たような悲痛の呻きは、彼女の苦痛が耐え難いことを教えてくれる。


 そして、なぜだろうか。そんな彼女が目の前にいるのに、俺は何も出来ずにいる。


 意識は朦朧として、視界はぼやけて。


「あれ?」


 気が付くと、目が覚めていた。おかしな話だ。寝ていないのに目が覚めているなんて。俺は南雲さんと恋愛映画を見ていたはずだったのだが、気づけば意識は闇の中にあった。ロゴが出て、誰かがしゃべり始めて、それで……。思い返せば、喋っていたのが誰なのか分からない時点で、何かが間違っている。


 もしかして、全部夢だったのだろうか。


 隕石のことも。あと数時間で、全人類が命を落とすということも。


「……そう……だったら」

「起きた?」


 嬉しいような、悲しいような。その綺麗な声は、南雲さんのものだった。気づけば、なぜか頭を撫でられていて、もふもふと髪を優しく撫でる小さな手の感触を感じる。うっすらと目を開けると、目前に南雲さんの姿があった。


 そして、それが意味することは、これが現実であること。


「私も、さっき起きたところ」

「へ、へぇー」


 そして、南雲さんに膝枕されているということだ。


 寝ている間にリセットされた頬の熱さが、急激に上昇する。そういえば、頭の下の感触はなにやら柔らかくもちっとしていて、枕じゃないみたいだった。これは、彼女の太ももだったのだ。飛び上がりたい気持ちを抑えて、南雲さんが怪我をしないようにゆっくりと頭を持ち上げると、頭に乗せられていた彼女の小さな手も離れていった。少し名残惜しいが、恥ずかしすぎて耐えられないので、仕方がない。


 辺りを見渡して、壁掛けのデジタル時計を見つけた。指し示すのは、7時10分。映画を見たのが1時すぎだったから、6時間ほど寝ていたことになる。それはつまり、残された24時間のうちの6時間を無意識のまま過ごしていたということだ。普段は寝ている時間だったとしても、これは相当なミスである。


「やらかした……」


 内臓から出たみたいな苦し気な後悔の声は、彼女の耳にも届いたようだ。膝枕の最中に気に入ったのか、南雲さんは俺の頭に手をのせて、わしわしと撫でながら言った。


「気にしてない。私も、眠かったし」

「俺って、どれくらいで寝てた?」

「映画が始まって3分経たないくらいで、寝息を立ててたかな。一応、私は最後まで見たけど、聞きたい?」

「まぁ……目的は果たしたから、大丈夫」


 すると、南雲さんは首を傾げて訊いてきた。


「恋愛映画、見たかったんじゃないの?」


 その問いは、確かにその通りだ。しかし、俺が重視していたのはそこではなかった。あの恋愛映画も、別に興味があって選んだわけじゃない。そもそも、恋愛映画というものにそこまで興味がなかった。それでも、俺がこのタイミングでそれをすることを選んだのは、南雲さんが隣にいたからというただそれだけの理由だ。


「南雲さんと映画見れたし、それで満足だよ」


 すると、南雲さんは少しだけ目を見開いた。驚いたのだろうか、その小さな口も少し開いている。


「映画みたいなこと、言うんだ?」


 察するに、恋愛映画の中に似たようなシーンがあったのだろう。睡眠学習でもしていたのかもしれない。だが、それだけが理由ではないだろう。


「一応、恋してるから。一方的かもしれないけどさ」


 俺はそう答えて、ソファーから立ち上がる。この恥ずかしさは経験済みだが、彼女の顔が見れないくらい緊張するのは何度やっても同じことらしい。彼女の反応を見ることができないのは残念だが、きっと南雲さんのことだから平然としているのだろう。


 これは彼女にとって、人生最期の気まぐれに過ぎないのだから。そもそも、彼女は恋なんてしていないのだ。


 逃げ出したみたいに部屋を出て、隣の洗面台へと足を運んだ。顔を洗って口をゆすいで、ストレートな髪を軽く直す。顔が冷えてきたら、キッチンの棚からポットとコップ2つを取り出した。朝食の用意をするためだ。


 荷物を持って再び生活スペースへと戻ると、南雲さんはソファーの上で大きく口を開けて欠伸をしていた。口の間からは綺麗に生えそろった白い歯が覗けて、ちょっとばかし艶めかしい。少し背伸びをするみたいに、ピンと背筋が張っていて、少し眠たげな眼はどこか猫のようだった。


「……気になる?」

「あ……」


 見つめていたのを、気付かれてしまったらしい。結構、遠くから見ているつもりだったのだが。恥ずかしくて冷たくしたはずの頬がまた熱くなっていく。もう、抵抗は無駄なのかもしれない。


 そんなことを思っていると。


「君はさ、恋して楽しい?」


 南雲さんから、予想外の問いが投げかけられた。耳から入った音を、頭の中でかみ砕いて、理解するまでに数秒。すると、何故か無性に笑いがこみ上げてきて、口から吹き出そうになる。


「ふっ」


 恋して楽しいか、か。


 南雲さんから、そんな言葉が出たのが意外だったからだろうか。それとも、小学生が先生に質問する内容みたいだったからだろうか。心の中で笑いは今もくすぶっている。割と真剣そうな南雲さんの表情も、今に限っては面白さのスパイスだ。上がりそうになる口角を必死に抑えて、口を無理やり噤んだ。


「そんなに可笑しい?」

「いや、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。南雲さんがそういうこと俺に訊いてくるなんて、思ってなかったから……すぅ……はぁ。可愛いなと、思っただけだよ」


 ちょっぴり不満げな南雲さんに、言い訳をするみたいに言葉を紡いだ。


「南雲さんは、恋したことないの?学校では、結構いろんな奴に言い寄られてたように見えたけど」

「ああいうのは、下心が見え見えで嫌い」


 彼女は心底嫌そうな冷たい目でくうを見た。こんな表情を見せたのは、初めてのことだ。それは愛嬌のあるジト目とは違って、凍えるような軽蔑した意思を感じさせるもので、俺に向けられていたらと考えたらゾッとする。


「……それに、恋っていうのが、分からない」

「そっか」


 手に持っていたコップをテーブルに置いて、ポットをコンセントに繋いだ。スイッチを入れると、独特の低音が小さく鳴って熱が加わり始める。コンビニのビニール袋からカップみそ汁やおにぎりなんかを取り出して朝食の準備を始めながら、俺は彼女に問いかける。


「南雲さんは、おにぎりの具は何が好き?」

「昆布かな」

「……渋いね」


 昆布のおにぎりを南雲さんに手渡す。彼女は何やら考えているようで、どこか上の空だ。だが、これもまた、彼女の問いに対する一つの答えだと思っている。


「……きっとこの好きも、一種の恋なんじゃないかな。なぜか気になって、欲しくなる。俺も、そんな感じだし」

「これが?」


 南雲さんはソファーに座りながら、小さな手のひらの上に乗ったおにぎりを見つめていた。かわいい。まぁ、俺も恋を語るほど恋をしたことはないけれど、この気持ちが一般的に恋心と言われるものであることは間違いないだろう。


「きっと恋は、そんなに高尚なものじゃないんだ。食べ物とか、漫画とか、ドラマとか、そういう好き嫌いと同じで、いつか人に恋するんだと思う」

「そうかな」

「そうだよ」


 随分恥ずかしいことを言っている気がしたが、真面目に喋ったので変にどもることはなかった。ポットは徐々に周囲に熱を放ち始めて、中の水は本格的に熱湯になり始めている。そんな、静かな地下の秘密基地には風の音すらなく、彼女の微かな呼吸音さえ鮮明に聞こえた。


 そんな、数秒の沈黙の後、南雲さんは呟くように言った。


「じゃあ、私も恋してみようかな。どうせ、最期だから」

「……誰に?」

「君以外、いないじゃん」

「……」


 その言葉に驚きすぎて、声も出なかった。ただ、乾いた空気が開いた口から抜けていく。目はきっと、大きく見開かれているのだろう。


 でも、彼女の考えが理解できないわけではなかった。


 今日は、人生最期の日だから。


 未だ知らぬ恋を、最期に知ってから終わろうとしているのだろう。


 そんな南雲さんはというと、頬を染めているでもなく、恥ずかし気に口を噤むでもなく、やはり平然としている。ただ、すこしだけその口角は上がっていて、微笑んでいるように見えなくもない。


 真っすぐにこちらを見る彼女の瞳は、何故だろうかゆっくりと近づいてきている。時間がゆっくり流れてるみたいに思えた。ほんの数センチのところまで来ると、彼女は瞼を閉じた。


 そして、その瑞々しい唇が触れる。


 数時間前の記憶と同じ、あの柔らかく瑞々しい感触がある。南雲さんの唇が触れていたのは、ほんの数秒のことだったけれど、その衝撃は残り続けている。


「嫌だった?」

「い、嫌じゃないけど」

「私も、嫌じゃない。でも、それだけなんだ。やっぱり私は、まだ恋をしてないみたい」


 頬が熱を帯びている。彼女の頬も俺と比べると普通だが少し赤い。一応、キスという行為について恋人同士がするものという認識はあるのだろう。でも、それだけだ。彼女は、それだけしか感じていない。これは単なる行為でしかないのだ。


「……それが、南雲さんのやり残したこと?」

「うん」


 無粋なことは、いくらでも言える。だが、南雲さんもまた俺と同じく、死を前にした人間だ。


 それならば、人生の最期くらい、彼女の好きに生きるべきだろう。今日が過ぎてしまえば、明日はもうないのだから。それに、気まぐれでも俺に協力してくれているのに、俺が彼女に協力しないのはフェアじゃない。


「なら、いいんじゃないかな。俺も、そのほうが嬉しいし」

「そうなの?」

「俺は、南雲さんのこと好きだから。南雲さんが俺のこと好きだったら、嬉しいに決まってる」


 何度も告げた恋は、スムーズに口に出るようになってきた。すると、ポットが、うるさいくらいの電子音で沸騰を知らせた。キリのいいタイミングだ。


「まぁ、とりあえず、朝ご飯にしようか」

「うん」


 俺がカップみそ汁のフタを点線まで開けると、南雲さんはポットを取って手慣れた感じで熱湯を注ぎ入れていった。プラスチックの軽い容器が音を立てて、水がカップの中に溜まる。


「……南雲さん、慣れてる?」

「よく作るから」

「そうなんだ。てっきり、作ったことすらないかと思ってた」

「幻滅した?」

「そんなわけない。むしろ、庶民的でなんか安心したよ。」


 カップの底から徐々に湯気が立ちのぼり、味噌の香りが広がっていく。何度も食べたことがあるけど、未だ飽きない安定した良さがあった。やはり、日本人の血が求めているからなのだろうか。


 そんなくだらないことを考えていると、南雲さんが箸を手渡してきた。そういえばもう、朝食の準備が終わっていたんだった。


「いただきます」


 彼女は手を合わせて、呟くように言った。それに倣って、俺も手を合わせた。


「……いただきます」


 カップみそ汁を割りばしで混ぜて、一口つけると味噌の風味が口の中全体に広がった。おにぎりの具に到達しない最初の一口を味噌汁で流し込むと、最高に美味しい。横を見ると、南雲さんも小さな口でぱくぱくと昆布のおにぎりを口にしていた。それから、しばらく黙々と食べ進めて、俺が一足先に食べ終えた。


 そのあと。


 ふと、テレビをつけた。


『巨大隕石の到着まで、残り15時間を切りました。ご覧ください。現在隕石は、アメリカ大陸を目掛けてゆっくりと進んでいます。物理学者の中田教授によりますと、隕石が直撃した場合、地球上の殆ど全ての生命は衝撃に耐えられずに命を落とす、とのことです。外出は控え、なるべく安全な場所で待機していてください。繰り返しま……』


 情報の更新は、特にないらしい。まったく、嫌な話だ。


 夜のニュースから、キャスターのお兄さんはそのままだ。その表情には、若干の疲れが見えてきている。このひとは、0時からいつまで配信し続けるつもりなのだろうか。


 はぁ、とため息を一つ。


 地球上の生命の命が絶たれるまで、残り15時間。残りの人生にしては、随分と短い時間である。


 せいぜい楽しむことにしよう。そう思って俺は、ぱくぱくとおにぎりを上品に食べる南雲さんを、ちょっぴりニヤニヤしながら温かい目で見守るのだった。



 それから、後片付けやら、朝の準備やらを色々して。気づけば時刻は7時40分ごろ。再びソファーに座りなおした俺たちは、互いに1本ずつ割りばしを掴んでいた。


「「王様だーれだ」」


 赤い割りばしを引いたのは俺。つまり、俺が王様である。声のトーンが盛り上がってないのは、初回だからだろうか。


 南雲さんから提案があって、王様ゲームをやることになった。なんだか、合コンみたいなレパートリーであるが、イチャイチャできるのはいいことだ。俺は、なるべく顔色を変えないようにしながらOKして、今はこうして王様役になっている。


「えーと」


 さて、王様ゲームというものをやったことがない俺であるが、このゲームの本質はなんとなくわかる。それは、許されないことを言わないことだ。例えば、俺が見知らぬおじさんだったとして、「一番は王様とキスをする」なんて言ったとしたら、その場はドン引きで終わるだろう。なんなら、今後は関係を絶たれて一生呼ばれないなんてこともありうる。そういう、恐怖を帯びたゲームなのである。


 だが。


「一番は、王様とキスをする」

「うん」


 南雲さんと俺は近くに寄って、唇を合わせた。何度味わっても最高の感触だった。


「じゃあ、次やろう」


 そう言うと、南雲さんは平然とした表情で、割りばしを渡してきた。


 そう。これもまた、王様ゲームのテクニックである。まぁ、多分だが。許されないことを言わないのは当然だが、それはつまり許される事なら言ってもいいということだ。もう何回か互いにキスを済ませた俺と南雲さんならば、これくらい大丈夫。きっと、そういった形で徐々にギリギリを攻めていくのが、このゲームの楽しみ方なのだろう。


「「王様だーれだ」」


 2回目の王様は南雲さんだ。


「そうだね……ハグでもする?」

「何番と?」

「君と」

「……」


 形式上はルール違反であるが、俺は手を広げて受け入れ態勢を作った。


******


 8時30分。物置部屋からツイスターゲームをとってきて、二人でやることになった。結果はボロボロだったが、それはつまり色々きわどい感じになったということでもあって、非常に良かった。


 9時40分。ゲームで汗をかいたので互いにシャワーを浴びた。髪を濡らして帰ってきた南雲さんのスカートは、出会ったときより随分と短くなっていた。きっと、王様ゲームの時に訊かれたのは、こういうことがしたかったからなのだろう。


 10時30分。ネタが尽きて、普通に対戦系のゲームをやった。最初は弱かった南雲さんも2戦3戦やったところで急に強くなって、最終的に一方的な試合展開で負けるようになった。まぁ、負けると南雲さんに頭を撫でて慰めてもらえるので、実質勝ちみたいなものだ。


******


 そして、12時頃。いや、正確には12時を過ぎる前だ。


 本当に楽しい時間を過ごしたと、心から思う。けれど、なぜだろうか。さんざんイチャイチャしたのに、愛が育まれている気にはならなかった。当然、南雲さんの体に触れるという行為自体には若干の慣れが出てきたし、互いにそれを許し合う関係にはなってきた。けれど、それが恋愛であるかというと、正直に言って頷けない。心地よくはある。恋愛の衝動を発散は出来ている。でも、互いに心を許しているかというと、そうではないのだろう。


 最期を言い訳に、色々なことをすっ飛ばしてきたから。


 まぁ、それが分かるようになっただけでも、十分な進歩なのだろうか。


 時間感覚のない地下室で、壁掛けのデジタル時計だけが昼を知らせている。もう少しで、一日の半分が過ぎようとしていた。


 ふと、気になってテレビをつけた。


 ディスプレイのLEDが光って、画面が明るくなったそのとき、最初に映し出されたのは何か宇宙船のようなものが無音で大きな爆発を起こす映像だった。宇宙ステーションなんかとは比べ物にならないほど大きなそれは、巨人に両側から引き裂かれたみたいに分解されて、ぐちゃぐちゃになって、やがて宇宙の闇に消えていった。


 まるで、特撮映画のようだ。


 現実感のない巨大な宇宙船が、ド派手な爆発と共に消えていく。


『これは、10分ほど前に撮影された映像です。その詳細は不明ですが、中には人間のような』


 アナウンサーのお兄さんから、とんでもなくグロイ言葉が出そうになったので、思わずテレビを消した。独りだったら見ていたんだろうけれど、南雲さんに見せたくはない。


 横目でチラリと南雲さんを見ると、彼女は平然と。平然と?


「?」


 平然を、装っているように見えた。


 ちょっとした違和感だった。手の握り方、表情の硬さ、瞬きの少なさ。一日の約半分を共に過ごしただけの俺だが、ずっと近くにいたせいかその小さな違和感には妙な確信がある。


 南雲さんは確実に、動揺していた。その平然としたポーカーフェイスの裏で、確実に大きな感情の揺れ動きがある。こんなこと、今までに一度も見たことがない。


「南雲さん?」

「なに?」


 単に宇宙船に乗っていた何者かの行く末を悲しんでいるのだろうか。それとも、何か別の理由があるのだろうか。南雲さんの瞳を真っすぐに見つめると、珍しく視線を逸らした。やはり、今の彼女はどこかおかしい。


「なにかあった?」

「なにも」


 ないわけがない。でも、彼女が隠そうとすることを、わざわざ暴くのもどうかと思った。


「そっか」


 だから、俺はあえて触れないことを選んだ。彼女を信頼するのなら、待つべきだと思ったから。


「う、ん」


 声が、震えていた。


 その色んな雑多でごちゃごちゃした感情を含んだ端的な返事に、俺は思わず目を見開く。逸らした顔を、ゆっくりと彼女の方へと向けると。


 南雲さんの頬に、涙が伝っていた。


 顔は、いつものポーカーフェイス。でも涙が、心の異常を示している。まるで、感情がバグったみたいだ。


「あ、っと」


 泣いている女の子を見たのは、いつぶりだろうか。でも、そのときとは違って、泣いている少女は他人ではなく俺の彼女である。どうするべきかと、頭の中で考えを巡らせるけれど、一向に解決策は見えず。


 とりあえず、という感じで抱き寄せた。我ながら、数時間で随分と成長したものだ。


「……」


 南雲さんは、何も言わない。ただ、されるがまま、俺の腕の中に収まった。隠すみたいに顔を胸板に埋(うず)めて、きっと俺の制服は彼女の涙で濡れているのだろう。


「すぅ……はぁ……」


 腕の中の南雲さんは、大きく深呼吸した。そして、小さな声で言った。


「私、あの人を殺せなかった」


 俺は、動くことが出来なかった。

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