9 猫モモのデビュー

「そうだわ、モモちゃん」

「はい、なんでしょう?」


 二回目の週一回の王家家族の食事会の時でした。

 王妃様が突然おっとりと、何かを提案してきました。


「あのねモモちゃん。王家主催のパーティーを開きましょう。ペットのモモちゃんを紹介するのよ」

「えぇぇ」


 私はうげぇと思ってしまいました。

 前世でも男子高校生ではありましたが陽キャではありません。

 大勢の人の前に晒されるという機会に乏しく、あまりパーティーの類を楽しいと思ったこともありませんでした。


「モモちゃんかわいいから、大勢に自慢したいのよ」

「そ、そうですか」

「そうよ、ピンクのかわいいドレス仕立てましょうね」

「はい……」


 私は普段、白いワンピースを着ています。

 ノースリーブで膝上丈のミニスカートになっています。

 装飾は少なくシンプルで生地は薄いため、桃の体臭がよく周りに広がります。

 王都に来た時に着てきたものにデザインは似ています。ただし最高級の輸入品である絹製であるところが違います。

 その光沢はまさしく高級品の証です。


 そんなシンプルな普段着とは違い正式なドレスを。ペットの猫にパーティードレスを着せようなんて。

 この手のドレスはとても高価だと思われます。

 それこそ普通の服の百倍の値段がしてもおかしくないのです。


 しかも女性のデビュタントは十五歳と決まっています。

 それまでは私的なパーティーにのみ出席するのが習わしで、それ以外は非公式として扱われます。

 非公式での参加ではドレスは二級品のものを着用する風習なので、こんな小さな子の一級品のドレスはありません。

 とまあメイドさんによる解説を聞きました。

 そのため完全に特注となり、とても恐ろしい値段なのではないか、とメイドさんはうっとりしていました。


 それから一週間程度経過したある日。


「モモ様、パーティードレスの試着をお願いします」

「う、はい」


 メイドさんが私に伝えてきました。


 そこに待ち構えていたのは、ふりっふりのめちゃんこかわいいドレスでした。

 総絹製で縁にはレースが使われています。

 フリルとリボンをふんだんにあしらったデザイナー渾身のドレスは、年相応にかわいしいもので、とんでもない値段なのは一目でわかりました。

 ピンクに染め上げた光沢のある絹がキラキラと輝いています。


 胸がぺちゃんこでもおかしくないように胸の中央にもリボンがあり、その周りはフリルで飾られています。


 スカート丈は普通のドレスであれば膝下丈です。

 しかしこれは幼女服に合わせてミニスカート仕様になっていました。

 私の細くて小さい脚がスカートから生えています。


「まぁまぁまぁまぁ、かわいぃぃぃぃいいい」

「とってもおかわいらしいですよ、モモ様」


 メイドさんたちが集まってきて、キャッキャ、わいのわいのとおだててきました。

 さらに他のメイドさんを呼びに行って、屋敷中の顔見知りのメイドさん全員が私をほめていきました。


 こうして試着会は終わりました。



 試着だけで済めばよかったのですが、もちろん本番が待っていました。


 上位貴族という上位貴族が方々から集めらるだけ集められました。

 王家はペットのお披露目を大々的に行うことにしたのです。


 私は控室で震えていました。

 人の字を手に書いて飲み込みます。


 来賓の中には要注意人物としてマークされている人もいます。

 顔は知りませんが、各家の紋章と名前は頭にだいたい入っています。

 上位貴族の情報は書類仕事をしているうちに覚えてしまいました。

 中には報告が細かくて感心する人や、つまらないダジャレを混ぜて書いてくる人など、個性的な人もいました。


 スーツとドレスの右胸には各家の紋章をつけるのがこの国の様式なので、顔が分からなくても誰かだいだい判断できるのです。


「第三王女マリエール様、ペット猫モモ様、入ります」


 扉の向こうで私たちを呼ぶ声がします。

 マリエール様がエスコートをしてくれることになっていました。

 私も緊張していますが、マリエール様も緊張しているようで手が震えています。


 二人で手を取り合うと、やっと安心してきました。


「それじゃあ行こうか、モモちゃん」

「うん。マリエール様。おっとここからは猫で。にゃーん」


 扉を潜りホールへと進み出ます。


「おぉぉ、なんておかわいらしい」

「マリエール様も素敵です」

「猫、猫って、女の子じゃあ」

「ああ王様が桃娘を飼っているという話がありましたな。それがこの子なのか」

「確かに桃の匂いがしますね、いい匂い」


 どうも私の正確な情報を知らない人もいるようで、本当に猫のペットを紹介すると思っていた人もいるようです。

 しかし私の奴隷の首輪を見て、みな納得する顔をしました。


「王様も人が悪い。美少女を猫として飼っているのですね。そういう趣味もおありとは」

「ほんとかわいいですね」


 マリエール様に手を引かれて壇上に上がります。


 上から見下ろすと家臣の上位貴族の人たちが一望できます。

 隅の方では「してやったり」という顔の宰相エダン様がニヤリと不敵に笑っています。

 中には不審な顔をしている人もいました。王家が何か企んでいると思っている様子です。

 そういう人はそっと紋章と名前を確認して心のメモ帳に記載していきます。


 私たちの横には、一段下がって王様、王妃様、それから王子と王女様たちが並んでいます。


「これがワシのかわいい第三王女マリエールと、それから本日お披露目となった愛玩動物、猫ペットの『モモ』だ。みんなよく覚えておくように」


「マリエールです。この度はペットのモモちゃんをよろしくお願いします」

「にゃーん」


 私たちが頭を下げるとパチパチパチパチと大きな拍手が沸き起こりました。

 不審そうにしていた人も、私がにゃーんとしか言わないところを見て、愛玩動物でしかないと思い直したのでしょう、ホッとした顔をしていました。

 もちろん、そういう態度を私は心に記録していきます。あとで王様に報告しないと。


「うむ、ではパーティーだ。楽しくやってくれ。楽にするように」


 王様が楽にするように言って、談笑がはじまりました。

 みんな上位貴族です。派閥の人同士で楽しく会話が始まります。

 ライバル関係の人たちは、表向きの挨拶のみをして離れていくのが見えます。なるほど報告書の情報などと照らし合わせても情報の通りのようですね。


 私の席には新鮮なカットされた桃だけが置かれています。


「ねえ、見てごらん。あの子、本当に桃しか食べられないんだって」

「可哀想にねえ。王様は何を考えているのやら」


 ちょっと小言も聞こえます。

 私は耳がいいのです。


「ふむ。小さい女の子はかわいいなぁ」

「侯爵様はああいう子が好きなんですよね、知ってますよ。げへへ」


 なにやらロリコン趣味の人たちが集まって、ああでもない、こうでもないと私たちを品評していました。

 少し気持ち悪いのですが、どうしようもありません。


 自分も自分が『可哀想』だという認識はあります。

 早く死んでしまう、食べられてしまう、という風に知っているからです。

 本当に食べられてしまうとは思っていませんけれど、可能性はゼロではないようで、恐怖心は今でもあります。

 ただ早く死んでしまうというのは、大丈夫そうだという実感がありました。

 これは神様のおかげかもしれません。桃だけなのに元気です。


 こうしてペット猫のお披露目パーティーはつつがなく行われました。

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