6 桃娘と王様の差し金

 王様の執務室で、抱き枕をするようになってしばらく経ちました。

 王様は名目上「置物」と呼んでいます。


 しかしたまに簡単な相談に乗ったり、いらいらしたときの精神安定剤をしたりと意外とやることがあります。

 またこれはと思った時には意見をいうこともあります。

 しかし基本は置物、つまり静かに抱かれているのを貫いています。

 これがことのほか王様に気に入られていることの原因だと思われます。


 相談役は欲しいがうるさいやつはいらないと以前ぽろっと言っていたはずです。

 言い方は悪いですが、都合のいい話し相手が必要だったのです。


 俺は前世で、このようなぬいぐるみについて聞いたことがあった。

 一流のコンピューター会社にはぬいぐるみが置かれている。

 仕様を決めたり、何か問題点について考えるときに、そのぬいぐるみを使って一人で会話をすると、とてもはかどるという話だった。

 日本ではなかなか実践しづらそうだな、とも思ったけれど、そのへんシリコンバレーはギークに優しいのだろう。


 私は王様のギークのぬいぐるみなのでしょう。ごほほん。

 しかし礼儀はただしくないと、怒られてしまいます。

 間違ってもここは王宮それも後宮なのですから。


「それでな。これは提案なのだが、桃娘」

「なんでしょうか」


 私は頭をクエッションにします。


「ずっとここにいても暇だろう」

「まあ、そうですね」


 そうですね。八割くらいは暇です。

 仕事量が減ったことで時間的余裕も生まれています。


「そこでこの首輪だ」

「首輪」


 赤い首輪です。これは知っています。奴隷の首輪なのです。

 私を奴隷にするつもりなのでしょうか。

 ついに、食べられてしまうのでしょうか。それにしてはいたずら小僧みたいな笑顔を浮かべています。

 さすがにサイコホラーの主人公ではないので、人を食べる顔ではないようです。


「これは『奴隷の首輪』だ、いいね。そういうことになっている。実はただのペット用の首輪だ」

「えっ?」


 よく意味が分かりません。


「君は今日から桃娘改め、王家一家のペット猫『モモ』だ。王家一家以外の前ではにゃーんと鳴きなさい。人の言葉を使ってはダメだよ」

「あ、はい。にゃーん?」


「奴隷の首輪により強制されている。という設定だ。そうだ。猫ちゃん。はい首輪。それから猫耳ね」


 王様はご丁寧に薄ピンクの猫耳カチューシャを私の頭に付けました。


「にゃう?」

「おーほいほい、可愛い猫だね、モモ。遊んできていいよ。猫は王宮内、すべて出入り自由だからね」

「にゃん!」


 私は王様の上から立ち上がり、部屋を出ていきます。

 頭を下げますが、王様は笑って見送ってくれました。


 つまりです。

 私に猫になったつもりで王宮内を偵察してこい、ということのようです。

 厳密には言っていませんが、お前ならわかるだろうということのようです。

 かなり、そう、かなり信頼されている証拠です。

 ただし扱いは猫に準じると。


 なかなか面白い発想です。

 にゃーん。


 猫です。すでにペットの猫は出入り自由という通達が行っていたようです。

 しかし私の顔を見て、一瞬びっくりします。

 さすがに猫娘じゃなかった桃娘の私がその「猫」だとは思っていないでしょう。


 厨房に行ってみました。


「おぉぉ、これが噂の桃娘、いや違った猫ちゃんだね?」

「にゃーん」

「おや、にゃーんとしか言わないのかい?」

「にゃんにゃん」


 美少女だからか、桃のいい匂いがするからか、それとも猫だからか。

 理由は定かではありませんが、私を邪険にする人はいません。


 厨房で桃のおやつをもらいました。

 コック長はいい人のようです。


「本当は俺も王様の本心とか聞きたいんだけどねぇ。何食べても美味しいとしか言わないし」

「にゃんにゃ?」

「お前に言っても無駄みたいだけどね。本当は嫌いな物とかあるんじゃないのかな」

「にゃん」

「じゃあね、ばいばい」


 なるほど。

 にゃーんしかしゃべらないと理解すると、王宮の人は私に話しかけてくれます。

 意外とみんな王様を心配したり、それから私にも好意的だったりといい人が多いです。


 しかし廊下を折れた先、不審な人物もいました。


「おっっとなんだよ、猫か。獣人奴隷か?」

「にゃーん」

「なんだなんだ、しゃべれないのかよ。くそが、あっちけ、忙しいんだよ」


「おい、どうした。マルク」

「なんでもねえミゲル。今行く」


 向こうへ行ってしまいました。マルクそれからミゲルですね。

 覚えておきましたよ。


 夕方、私は王様の執務室の前へ戻ってきます。


「猫のモモ、入ります」


 衛兵の人に声掛けを視線でお願いして入れてもらいます。

 王様はすでに仕事を終えてくつろいで本を読んでいました。


「どうだった猫のモモ」

「あの、態度の悪い人がいて」

「そんな人を雇った覚えがないんだが」

「そうなのですか? マイクという人で、ミゲルという人と仕事のようでした。隠れてこそこそしてました」

「そうか、調べておく」


 なるほどね。

 猫って身分も意外と便利なようです。


 こうして私は姫様のお友達。王様の執務室の置物。

 王宮の猫ペット『モモ』という立場を得ました。


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