5 桃娘と王様の仕事量
桃娘の私は朝の桃を食べた後、姫様のエステル様と五分程度、お庭散策をしました。
これは昨日、私が提案したことです。
すでに通達が行っており、滞りなく行われました。
今日はアゲハチョウがいて、場を盛り上げてくれました。
姫様とは別れて、王様の執務室へ向かいます。
「おはよう、桃娘。ほら」
「はい。おはようございます。失礼します」
私は王様の膝の上です。まるで抱きかかえ枕ですね。
王様は顔を後ろから抱きかかえて私の髪の毛の桃の匂いを嗅ぎます。
「ふむ、また一段と桃の匂いがするようになったかな」
「さぁ、自分でも桃の匂いは分かりますけど、強さまでは」
「そうか」
そうしてそのまま執務を開始します。
「どうしたエダン?」
「いえ、桃娘を抱いたままですが、よろしいですか?」
「別に構わんだろ。王宮から出られないのだし、それに桃娘だぞ」
「それもそうですね」
少し不満顔の宰相エダン様ですが私が首を傾けて『無邪気そうな』顔で見つめると、少し顔を赤くして、ごほんと咳払いしました。
――落ちたな。
美少女に見つめられるというのは、女の子側は意識していなくても、もっとも効果のある攻撃手段なのです。
女の子はこうして無防備な男をたらしていくのですが、私は中身が男子高校生なので、そのつもりはありません。
「いえ、可愛いです。王様、私にも貸してくれませんか」
「だめだ。これは王家のものだ。エダンにはやらん」
「そうですか。残念です。では、話を戻します」
そうして今日の政治の話を始めます。
もうすでに私のことなどいないかのように、重要なことをぺらぺら話し出しました。
「バンレドリル男爵に謀反の疑いありですね。小物ですが、そうとう私腹を肥やしているようです」
「ほう」
「隣国クエルスタンと通じている様子です」
「ああバンレドリル領は隅っこがクエルスタンと接しているんだったか」
「そうですね。オマケ程度で裏街道なので目立たないのですが最近は荷が異常に多いと報告が上がっています。しかし帳簿上では以前と変わらないことになっています」
「つまり関税をちょろまかしていると」
「そうでしょうね。正規ルートは北側のメッサージュ辺境伯領ですから」
「わざわざ峠越えとはご苦労なことだ。即刻、召還するか」
「うーんどうでしょうか。口を割らないかもしれません」
「それは困るな」
二人が黙り込んだのを見計らって、私はそっと手を上げます。
「あの王様」
「どうした桃娘」
「きっと屋敷に裏帳簿があります。峠越えのルートの物品リストです。相手国には報告をしないといけないと思うので。向こうも輸出入の管理は必要だと思います」
「それもそうだな」
「召還ではなく、騎馬の精鋭部隊を送り込んで屋敷を捜索し、同時に拘束するのがいいかと思います。素人考えですけど」
「桃娘のいうことももっともだな」
「そうだな、うむ、そうしよう」
王様が私の頭を再び撫で始めます。
「うむ、いい発想だ。桃娘にしては、頭もいいな」
「えへへ」
頭を撫で続けます。王様はご機嫌でした。
私も少しうれしいです。
お役に立てることも素直にうれしいです。
黙っているのがいい、ということで置いてもらっています。
しかし私は黙っているわけにはいきません。
前世のある程度の知識と知恵があります。
昼食をはさんで午後一時間エステル様と遊びます。
もちろん私は桃だけをいただきます。
その後は再び執務室に戻ってきました。
黙っていたら置物です。それでは桃娘のまま食べられてしまいます。
さすがに王様に「私を食べるのですか?」とは聞けません。
怖いんです。「そうだ。残念だがお肉になってもらおう」と言い出すかもしれません。
そうしたら私は解体されてしまいます。
弱肉強食という言葉があるように、強くならなくては。
私も女の子に向かって「食べちゃうぞう」とか一生言えそうもありません。
私の境遇を知ってなお「きゃっきゃっ」とふざけてくれたらいいですが、ドン引きされてしまいそうです。
私だって「沈黙は金、雄弁は銀」という言葉くらいは知っています。
知っていてなお、口出しは私の活路になります。
しかし普段必要なければしゃべらないように心がけます。
うるさがられて今のポジションを剥奪されないように気をつけます。
その塩梅をうまく探します。
「王立学園は順調なようだな」
「にゃへへ」
「アルバートも元気でやっているようでなにより」
「んんっ」
王様が機嫌がよさそうに私を撫でます。
少しくすぐったくて、変な声が出てしまいます。
機嫌が悪くても機嫌が良くても、私の頭を撫でるようです。
こうして時間が過ぎていきます。
報告書は多岐に渡ります。
誰かのどこかの陳情書。
最近、王都ベルデダラスでは野良猫が増えているそうです。
なんとかならないでしょうか。
可哀想です。
そんな文書まで回ってきていました。
私はピンときました。
王様が多忙なのは、そもそも下読みがいないのでは。
もう午後も夕方、ぎりぎりの時間です。
「あの王様」
「なんだ桃娘。王都の野良猫が気になるか?」
「いえ。報告書と陳情書全部こちらに回ってきていませんか? 優先度の低い物、もしくは秘密にする必要のない類の書類は、一度下請けの人に分けてもらって、王様以外が判断してもいいものは、そちらで処理してもらったほうが」
「まあそうだな。すべて見ないと気が済まないという性分なのかもしれんな。だが誰を下読みにするか、という問題がある。できれば機密を扱う可能性のある身分が欲しいのだが、適任者がな」
「それもそうですね」
さすがに今すぐ「はい、私やります」という訳にはいかないのは十二分わかっていました。
「そうだな、執事長のミシェルにでもやらすか」
「それがいいですね」
私は正直ホッとしました。
執事長。屋敷の使用人の中で一番身分が高い人です。
信用はできるのでしょう。
王様がテーブルにあるベルをつまみ上げて、チリンチリンと鳴らします。
入ってきたのは若いメイドさんでした。
さっと視線を私の方へ向けて顔を一瞬、柔らかくしてから、キリっとした顔に戻り王様のほうへ視線を戻しました。
さすがプロです。
「お呼びでしょうか、王様」
「ミシェルを呼び出して欲しい。ひとつ、毎日仕事を頼みたい」
「毎日ですか、はい。分かりました」
こうして間接的にミシェルさんが呼び出されました。
「王様、この桃娘は。確かにいい匂いがしますが」
「これは置物だ。気にしなくていい」
「さようですか。それでご用件は?」
「ワシに回ってくる書類の下分けを頼みたい」
「以前は『全部自分で見るからいい』とおっしゃいましたが」
「いや、ちょっと気が変わってな」
王様がさっと私の髪を撫でます。
「そうですか。ようやく私を信頼していただけるのですね」
「まあ、そうだな。よろしく頼む。あぁ、迷ったときは回すほうの書類にして構わない」
「仰せのままに。本日分、残りの書類も先に見ましょうか?」
「そうだな、頼む」
執事長のミシェルさんが順番に封筒を開け、ハンコと中身を見比べて偽造でないか確認しつつ、中身を見ていきます。
そうして三分の一ほどが王様の前から避けられました。
封を開けて確認する作業だけでも、数が多いとなると助かります。
「こちらは宰相様へ回しておきます」
「そうだな、それでいい。頼んだ」
「では、失礼します」
ミシェルさんは去り際に私の方へニコッと視線をよこしてから、退室していきます。
少しお茶目なところもあるようです。
「これで仕事が減ったな」
「そうですね。ゆっくりできますね」
「ああ、でもすることがないな」
「そうですか」
そういいつつ私の頭をこれでもかと撫でてくれました。
王様のなでなでは夕ご飯の支度ができるまで続きました。
さて置物も桃を食べなくてはいけません。
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