4 桃娘と王様

 王様の執務室へ入ります。

 入口には当然のように専用の衛兵が立っていました。


 姫様の友達の地位を得た今、次に狙うターゲットは王様です。

 いい機会だと思いました。


「エステル、桃娘、入ります」

「そうか、入れ」


 中から応答の声が聞こえました。


「どうしたエステル。それから桃娘……確かエイラと言ったかな」

「パパ、お疲れだと思って、息抜きも必要ですよ」

「そうだな」


 そういって王様が立ち上がり、相好を崩しました。

 先ほどの威厳のある王様のお顔が、だらしがない顔に早変わりです。

 そして両手を広げます。


「パパぁ」

「ほれ、どうした。桃娘もほら」


 王様は右手で娘のエステル様を抱きしめつつ、左手を空けています。

 私は遠慮がちにその左腕に収まります。


「ほほぉ、桃娘とは、本当に桃の匂いがするのだな。素晴らしい」


 王様が私の頭に鼻をくっつけて、くんくんと匂いを嗅ぎます。

 少しくすぐったいです。

 第三者から見たら変態親父そのものですが、彼は王様なので許されるのです。


 エステル様のほうへも視線を投げてフォローを忘れません。

 なかなかできる人のようですね。


 そうして私とエステル様をしばらく抱擁をしました。

 実際には私の匂いを嗅ぎたかったのだろうとは思います。

 しかしエステル様の手前、私だけを抱いたりしないのが王様のさすがの対応でした。


 王様は少女が好きなのだろうか、と少し考えます。

 少女が嫌いな殿方もあまりいないので、当然ではあります。


 なんといっても美少女。

 かわいいは正義、は異世界でも同じです。


 そうしてしばらく王様とエステル様はたわいのない話をしました。

 しかしそのうち姫様はお疲れになったようです。


「すみません。私、部屋へ戻りますね。疲れてしまいました」


 姫様は戻っていきます。

 私も戻ろうと思ったのですが。


「桃娘、君はここへ残りなさい。少し話もある」

「はい」


 きました。

 王様とワンオーワンです。

 ここで好感度を上げておくに越したことはありません。


 エステル様が退室をしたあと、王様は執務机に座り直します。

 そして膝をぽんぽんと叩きました。


「桃娘、こちらへ」

「はい」


 お呼ばれですね。

 私は恥ずかしかったのですが、そっと王様の膝の上へ座ります。

 まだ小さい体なので体重も軽いです。


 大きな王様の上にすっぽりと抱きかかえられる形で収まりました。


「聞いてはいたが。素晴らしい。いい匂いだ。リラックスできる」

「はい、ありがとうございます」

「さて、話とはまず、娘を救ってくれて、礼を言う」

「とんでもございません」


 私を後ろから抱きしめながら、頭をぐるぐると撫でてきます。


「いいんだ。事実だ。桃娘の血を摂取するようになってエステルはだいぶ元気になった」

「そうですね。よかったです」

「なかよくしてくれているそうだな。これにも感謝する」

「ありがとうございます」

「本来は乳母の娘が相手になるはずだったのだが、子供の頃に死んでしまってな」

「そうでしたか」

「部屋に引きこもりで、ワシはいつ死んでしまうかと不安だった。そこで藁にも縋る気持ちで、桃娘を募集したのだ。いい子が見つかってよかった」

「はい」


 たしかによかった。

 でもこのままでは私は結局食べられてしまうのです。


「ところで王様、ひとついいでしょうか。姫様について」

「なんだ、遠慮しなくていい、気になったことは言ってみろ」

「ありがとうございます。それでほとんどお部屋でお過ごしです。人間は毎日五分でいいのです。陽に当たったほうが健康でいられると聞いています」

「そうなのか」

「はい。日光浴というのですが、必要な栄養素が太陽に当たることで皮膚の表面で作られるそうです」

「ほう、そうなのか」

「それで、朝日を浴びるといいと思います。朝起きてご飯を食べたら、中庭で五分、遊ぶ。どうでしょうか、ご提案します」

「わかった。そうしてみよう」


 王様はまだ私を膝に乗せています。

 そのまま執務も始めてしまいました。


 文書に目を落とすので、私もそれを読みます。

 他にすることがありません。


 本来なら他人に見せてはいけない書類でしょう。

 しかし私は桃娘。どうせ内容など理解できないと思っているのだろうし、理解したところで数年で死んでしまうのです。

 たいした脅威にならないと思い込んでいます。


 最近、小麦の値段が上昇しており、インフレーションの傾向があるらしい。

 王軍での兵糧の予算を増やしてほしいという要求書です。


 王様はうむ、と言ってハンコを押しました。


「今年は凶作ほどではないが麦の収穫が減っていてな」


 私に向けて、いや誰に向けてでもなく、ぽつりとこぼしました。

 そういいつつ、私の頭を撫でるのを忘れません。

 それから鼻を頭にこすりつけて匂いを嗅ぎました。


 まるで私は猫か犬のようだと思いました。

 そう、あれ『猫吸い』というのをご存じでしょうか。あれです。

 これでは『桃吸い』だけど、ふむ。


 気が付いたら夕食の時間になっていました。


 書類の中には、王様を逆なでするような無神経な物もたまにあります。

 しかし王様はそういうときは、私の匂いを嗅いで心を落ち着かせていました。


「うむ。今日ははかどった。素晴らしい。また頼む」

「頼むとは?」

「エステルと遊ぶのは昼食後一時間ぐらいだろう? 朝食が終わってエステルと庭を見たら、その後桃娘はひとりでこちらへ来なさい」

「分かりました」

「うむ。お前は無駄なことを言わないから、そばにいてもいらいらせずに済んで助かるのだ」

「さようですか」

「これが下手な家臣だと、ワシのことを思って、ああでもない、こうでもないと口をはさむんでな」

「ああ、なんとなく分かります」

「どうせ、お前では何もわからないのだろうが、それでいいんだ」


 こうして私は毎日、王様の相手をすることになりました。

 姫様の友達。そして王様のお相手。

 私の地位向上プロジェクトは確実に実を結んでいました。


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