3 桃娘と姫様

 メイドさんの案内で王宮の中へ入っていきます。

 特に迎えなどもありません。

 使用人の雇用でいちいち出迎えしないことを考えれば、それと同じなのでしょう。


「ここから、後宮です」

「あ、はい」


 後宮とは王宮の中でも国王一家が普段住む場所で、一番奥です。

 立ち入れる人間も少なくなり、セキュリティーも高いです。


 後宮への通路の入口には近衛兵がいたので、頭を下げて通ります。

 近衛兵は鎧にミニスカの女の子です。いわゆる女騎士と言われる人たちです。


 後宮は妃様と子供たちが住んでいるので、当然として男性が入るにははばかられる場所があります。

 そういう場所への立ち入りのため、女騎士を配置しているのでしょう。


 あれっとは思ったのでしょうが、特にとがめられることもありませんでした。

 すでに通達などが行っていると思われます。


 そして通路の先、中庭に面した場所が私の部屋のようです。


「こちらがエイラ様のお部屋となります」

「ありがとう」

「いえ、仕事ですから」


 窓があり中庭がよく見えます。

 緑の芝生、青い木々、季節の花々。とてもよいお庭です。


 しかし。

 しかしですよ。桃娘なのでとくにすることもありません。

 ただ中庭を眺めて過ごします。

 話し相手もおらず、ただぼーとします。


 昼間の王都まできた道中が懐かしいくらいです。


「ご夕食です」

「はい」


 部屋に夕食が運ばれてきました。

 といっても、桃だけです。


 本格的に桃娘になるときが来たのです。

 桃しか食べられないという噂は本当のようでした。

 こうして一日が過ぎて行きました。



 それから一週間、桃を食べる以外に本当にすることがありません。

 ただ部屋から中庭を眺めて、ときおり飛んでくる蝶々を見つめたりするだけです。


 そうしていると、はじめての桃娘の仕事がありました。


「採血をいたしますね?」

「血、を取るんですか?」

「そうですね」


 私の腕から血を抜かれます。

 それほど長い時間ではありませんが、チクッとするので好きではありませんでした。

 そうして週一回、採血で血を抜かれる以外にはすることがないままでした。


 連れてこられてから一か月ほど経ったある日。

 中庭を少女が歩いています。

 年の頃は私と同じ八歳前後でしょうか。

 一目で良い品だと分かるミニドレス風のワンピースを着ているので、きっとお姫様だと思います。

 私は窓からそれを眺めました。


「あっ」


 向こうの少女がこちらを見つけます。


「ああんっ、桃のいい匂いがする!」


 少女が回り込んで部屋に入ってきました。

 そしてガバッと私に抱き着きました。


 頭をぐりぐりとしてこすりつけてきます。


「桃娘だ。あのね、あのね、私、あなたのおかげで元気になってきたんだよ」

「えっ、どういう……姫様?」


 お付きの人が後ろで見ていますが、ほほえましそうに見守るだけです。

 私を姫様の抱き着き攻撃から救い出してはくれないようです。


「私、ほとんど寝たきりだったの。でも血を。血のポーションをいただいてから元気になったの」

「あ、あの」


 私の血。抜かれた血は血液検査でもしているのかと思っていました。

 よく考えたら異世界で血液検査何てしているはずもないですね。


 その血を元にポーションが作られて、姫様に届けられていたのです。


「一緒に、遊ぼう!」

「あ、うん」


 こうして私は姫様のお友達になることになりました。


 姫様は基本的には部屋にいます。

 中庭に出たのは、本当にたまたまだったようです。


 とにかく部屋の中で姫様と人形遊びをしました。

 村でアンナちゃんと遊んだ実績があるので、遊び方を提案したり見せたりすると、姫様はことのほかよろこばれます。


 しかし姫様はやはり病弱体質のようで、疲れてしまい長時間遊ぶことができず、またベッドに戻っていきます。


 また私の体から漂う桃の香りが好きなようで。


「えへへ、ギュッてしよ」


 と言って頻繁に私を抱きしめます。

 姫様と抱き合うと、人肌のぬくもりを感じて、少し幸せです。

 百合の波動を少し感じます。

 まだそういう年齢ではないのかもしれませんけれど、その気があるのかもしれません。


 元男としては、女の子はとても好きです。


 こうして桃娘は姫様、第三王女エステル様のお友達という地位を得ました。

 姫様に血をお分けするという桃娘本来の業務もあります。


 私の食事はこちらへ来てから早二か月でしょうか。

 ずっと桃だけです。


 特に調子が悪くなるということもありません。

 むしろどちらかというと快適です。


 この前、姫様がおやつを分けてくれる、というので頂こうとしたのですが、なぜか喉を通りませんでした。

 もしかしたら、もはや私の体は桃娘に最適化されているのかもしれません。


 姫様とは「姫様」「桃娘さん」と言い合っています。

 そういう意味では、私は個人ではなく桃娘として認識されていることになります。


 そしてついに王様と対面することになりました。

 ある日、姫様がこう言いだしました。


「パパのところへ遊びに行こう」

「あ、はい」


 私は同意してしまったのですが、周りはあまりよい顔をしていませんでした。


「王様は今、執務中なのですけど」


 メイドさんにたしなまれます。


「ずっとお仕事をしていらっしゃるわ。小休止はしたほうがいいのよ」

「そうですが」

「娘の顔を見たら、元気が出るかもしれないもん」

「そうですね」


 メイドさんもにっこり応答してくれます。


 こうして執務室へ向かいました。


 いよいよ王様と初顔合わせです。

 私の中では、桃娘などという少女を囲う、ロリコンのイメージで固まっています。

 さてどんなお人柄なのか、大変興味深いところです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る