4 ガンナーの日常

 シカを一匹狩った後はエルナに付き合って薬草を採って歩く。

 そんなときでも二匹目を狙うチャンスがくることもあった。


「シカだ。よし狩ろう」

「うん」


 バンッ。


 しかし命中しなかったらしくシカは走って逃げて行ってしまった。


「残念っ」

「ああ、まあ、そういうときもあるさ」


 この初心者用の銃は単発式だ。それでもって散弾銃ではないので実は当たりにくい。

 俺はそこそこの命中精度「エイム能力」があると思っているけれど、他の人のことまでは知らない。


「また薬草発見!」

「おう、周辺警戒」


 俺が周りをチェックしつつ、エルナが薬草を採る。

 エルナはマジックバッグに摘んだ薬草をホイホイ入れていく。


 薬草は同じ種類が群生していることが多いので、一箇所で採り始めるとそこそこの収穫になった。



 こうして村に戻ってくる。


 村に戻ったらシカの解体だ。

 気分的な問題ではあるがなるべくアイテムボックス内に放置せずに、早めに解体を済ませてしまう。

 シカやイノシシはでかいため、アイテムボックスを圧迫するという理由もある。


「シカさん~、シカさん~」


 エルナの歌に合わせて、二人掛かりで解体をしていく。

 肉を小分けにする作業はまた別だ。まずは内臓、皮、肉、骨と切り分ける。

 世の中には骨付き肉というのもあるが、ここでは小さめのジャーキーにするのが主流なので、骨は取ってしまう。


 実はこの骨などを煮込んで出汁を取ると、めちゃくちゃうまいスープができる。

 ただし魔道コンロといえども手間なのであまりこれを作る人は少ない。

 骨も別で乾燥させてハンマーで砕き、肥料にすることが多い。



 切り分けた肉は、今度は小さくカットして干肉にしていく。

 作業は窓を閉めた室内で行う。基本は陰干しだ。

 虫がよってくると衛生的に問題になるので、網で囲ってある。


 さてこうしてジャーキーになるというわけだ。


 そのジャーキーは村の他の産品と同じように村長の家を経由して、行商人に渡たり、だいたいは王都方面に向けて運ばれる。


 村長の家は村唯一の商店兼宿屋をしている。

 行商人から買った物品も村長の店で買うのが普通だ。

 例外は取り寄せたものや、行商人が見せてくれた品を直接買い付ける時だけだった。


 今日も村長の店に行く。


「村長さ〜ん。いつもの塩とコショウよろしくね」

「ああ、エルナちゃん。はい」


 銀貨と塩コショウを交換する。

 肉を村長の家に売って、材料の塩コショウを買う。


 塩はそれほど高くはない。

 問題はコショウだけど、しっかりコショウが効いているジャーキーはうまいと評判で、これがないと始まらない。

 二等級のスジ肉はほとんど塩のみにする。

 一等級の肉はコショウを効かせた高級品になる。


 コショウはそこそこの量をまとめ買いしているので商人がおまけして単価を安くしてくれている。

 周辺の村よりコショウの値段はかなり安くなってはいると思う。

 村の人々もその恩恵に密かに預かっているんだけど、村から出ない村人にはその事実はあまり知られていない。


 今日はジャーキーとオリーブオイル、トウガラシ、ニンニクを使ったペロペロンチーノだ。

 手製パスタもこの村ではよく食べられる。

 ジャーキーのコショウの風味も相まってすごくうまい。


 翌日。

 今日は衛兵の日だ。

 村の門番は若者からおじさんまで男衆の持ち回りで回している。

 領主様の代理人である村長からわずかばかりの賃金も出る。


「んじゃ、行ってくる」

「いってらっしゃーい。私はポーション作ってるから」

「了解。お昼、楽しみにしてるよ」

「愛情たっぷりにしておくね」

「ああ、頼んだ。んじゃあ」


 とぼとぼと門まで向かう。

 門番の仕事の給金は猟師に比べたらずっと安い。

 しかしガイ、クエの青年二人は専属として門番の仕事をこなしてくれていた。

 二人はベテランなので給金も少しだけ色がついているらしい。


 今日はガイが非番なので、俺の日だ。

 門番は二人のときもあるし、三人のときもある。

 村の門は北門、南門、東北門の三つ。


 東北門は普段閉鎖されていて、鐘を鳴らすと近所の農民の人が門を開けてくれる手はずになっていた。

 普段は人通りもほとんどなく、使われていない。北街道という脇道につながっている。


 北門は俺たちが普段使っている門で、俺が警備するのもこの北門になる。

 ここを進んだかなり先に王都がある。

 隣町も王都側のこちらにある。


 南門は田舎側で、第二都市ベレマールに続いている。

 ベレマールは港湾都市で海があり、塩とコショウが特産品だ。


「ほら、食うか?」

「ああ、さんきゅ」


 クエにアイテムボックスから高級ジャーキーを取り出してあげる。

 二人でしばし肉の旨味をかみしめる。


「徒歩のお客さんだな」

「ああ」


 北門の先からソロの徒歩の人が向かってきていた。

 まったくいないわけではないが、モンスターも出る可能性があるので一人旅は珍しい。


「こんにちは」

「こんにちは」


 まだ若い十五くらいの青年だった。

 腰にはショートソードをぶらさげているからして冒険者なのだろう。


「一人かい?」

「そうだけど」

「どこへ?」

「第二都市ベレマールを目指してる。あそこには迷宮もあるし」

「なるほど」


 王都は内陸にあり、隣国四方面の交通の要所で発展した都市だ。

 そのかわり大都市にしては珍しく迷宮がない。


 こういう一発当ててやろうという冒険者は迷宮を目指す人が多いのだ。

 俺は若いころ知らなくて王都へ向かったのだけど、そこで結局ガンナーになった。


 若い冒険者を少し羨ましく思う。

 ソロで街道を歩けるくらいには腕にも自信があるのだろう。

 俺はそこまで強くないので、正直眩しく見えた。


「頑張って。今日は泊っていくだろ。宿屋は村長の家だ」

「一応、入村税、銀貨一枚なんだけど?」

「わかった。はい、ありがとう」


 銀貨をもらい受ける。

 まああってないような制度だが一応入村税と呼ばれる通行税がある。

 この村は独立採算制に近いので門番の賃金はこの通行税が当てられている。


 門を通過していく若者の背中を見送る。


「あ、そうだ。おい」

「なんでしょう?」


 若者を呼び止める。


「ジャーキー食うか、ほれ」


 俺が高級ジャーキーを一枚渡す。


「ありがとうございます」


 もぐもぐ、もぐもぐもぐ。


「うまい……すごく、うまいです。ありがとうございます」


 重ねて礼を言って青年は村へと入っていった。

 高級ジャーキーの宣伝くらいはしておく。


 駆け出し冒険者には肉なんて贅沢品だ。こんなうまいジャーキーはめったに食べられないだろう。

 自己満足だがちょっとだけいいことをした気分になって見送った。

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