3 ガンナーの仕事

 門番から見えなくなった辺りで、エルナもモジモジしだす。

 俺も少しソワソワしていた。


「どうしたエルナ、落ち着かないで」

「んっとぅ、あのね、あの、手」

「手?」

「んっもう、分かってよ。手、つなご」

「ああ、別にいいけど」


 こうしておっかなびっくりエルナが手を出して俺の指先をちょんちょんする。

 俺がそのさ迷ってる手を掴んで、手を握る。


「んにゃぁ」


 そうするとエルナがだらしない笑顔になってしまう。

 まあ、かわいいからいいんだが。


 誰か見ていたらどうする。と言ってもこの街道の前後に人影もモンスターもいない。


 向こうの近道である崖道のほうには最近、盗賊の一派が住み着いて、たまに馬車を襲うという話が出ていた。

 村長から話を聞かされたが、俺たちは知らぬ存ぜぬ、関与しないということになった。

 村人がこちらのルートへ人を呼ぶため、誰かが手を引いているのではと思われたらたまったものではないというのが村人たちの満場一致の意見だ。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 後方から馬車の車輪の音がしてくる。


「エルナ、人くるぞ」

「うん……」


 ぱっとエルナの手が離れる。

 別に馬車の人に見られたからどうってことはないが、シャイなエルナは見られたくはないらしい。


 白い幌馬車が三台。先ほど村長の家の前に停まっていたものだ。

 やはり歩きよりは馬車のほうが速いらしい。


 さっと御者台と荷台を順番に見る。

 護衛の人が多数、商人のおじさん。下働きの男性。それから若い女の子が一人。

 その女の子と目が合った。

 やはりお嬢様がいるらしい。


 かなりの美少女だった。

 挨拶ぐらいしておけばよかったかもしれない。

 ここを商売のルートにしているのであれば、また同じルートを通る可能性が高い。

 できればお近づきになっておいたほうがお得である。


「んっ、もう、トムさんったら。……さっきの子、美少女だったね」

「そうだな」

「興味あるでしょ」

「まあな。あれだけの美少女、ぜひお近づきに」

「トムさんのバカ」


 せっかく再びつないだ手をエルナは放して、向こうを向く。


 背中側の長い髪が見える。

 サラサラの髪は太陽の光を綺麗に反射して、とても美しい。


「エルナの髪は綺麗だな」

「でしょ、んふふ。さっきの美少女にも負けてないでしょ」

「そうだな。俺はエルナの髪、好きだよ」

「えへへへ」


 それだけで機嫌が戻った。

 こうコロコロ変わる表情はとても面白い。

 いつまでもグチグチ言ったり引きずったりしないさっぱりしたところはエルナのいいところだろう。


 エルナがスキップしたりくるくる回ったりして、髪を見せるように俺の隣を歩く。

 なかなか器用だ。


 俺があんなことをしたらコケるに決まっている。

 俺はゴブリンくらいなら倒せるがあまり運動神経はよくない。

 だから冒険者に向いていなかった。

 最初は冒険者になろうと思っていた。しかし危なっかしい、やめろ、と言われたのだ。


 めちゃくちゃ悔しかった。


 しかしガンナーなら。じっと敵に近づいて、狙って撃つ。

 そこまで運動神経は必要とされていない。

 そして肉は高い。


 ただしガンナーには問題もある。

 ひとつはモンスターに弱いこと。連射ができないので集団戦に劣る。

 弱いモンスターは群れることが多い。

 また魔法弾という運用コストがかかる。

 弾を外してばかりいると、赤字になる。


 もちろん俺はそこまでヘボではないが、出費自体はなかなか痛い。

 初心者は元手がないのであまりガンナーになりたいというやつはいない。


「エルナ、これ、ツユクサ」

「あぁ、うん。採ってく。ありがとう」


 ぼへぇと歩いていたエルナだが、俺が草を見つけると表情を変える。

 ツユクサは草の一種で、青い小さな花をつける。


 含有魔力量が少し多めで、ポーションの材料の一つだ。


「うん。これで中級ポーションがひとつぶん」

「これで一個か」

「うん。抽出しちゃうと嵩が減るからね」

「まあそうだな」


 いつも見ているから知っている。

 草をザル一杯にして、ポーション一個分くらいだろうか。


 水で煮だして、それを『錬成』するとあの小さいポーションになるのだ。

 ポーションは五センチくらいの小さい専用の瓶に入れるのが普通だ。

 もちろんお徳用と言って倍以上の大きさもあるにはあるが、あまり用途はない。

 一度にそんなに必要はない。

 都市で病院に行ったら目にするぐらいだろうか。


 だからポーション瓶といったら小さい奴だ。


「よし、この辺で森に入る」

「分かった。いつもと一緒だね」

「そうだ」

「見てても、この辺ってよく分からないんだけどね」

「毎日、来てればそのうち覚えるよ」

「うん」


 街道から森へ。

 街道沿いにはツユクサのように光が好きな薬草もぽつぽつ生えている。

 それは採って歩いた。

 ここから先は俺のターンだ。狩猟を開始する。


「薬草、採るときには?」

「必ず声を掛けること。置いてかれないように」

「そうだ。厳守たのむ」

「了解」


 再確認して進む。

 この前みたいに離れてついてくるとか言語道断だ。

 しっかり認識したので俺のすぐあとを来るように指示する。


 森の中は道があってないようなものだ。

 この辺は何回も通り道にしているので、下草が少なく蔓が絡まっていない道がある。

 よく見なければ分からないだろうが、前回、前々回と通った道だ。


 ザワ、ザワザワ。


 シカだ。

 俺は後ろ側に手を上げる。

 エルナが俺の手を触って了解の合図をする。


 ふたりでその場でしゃがむ。


 目標まで何メートルだろうか。

 近すぎず、かといって遠いというほどではない。


 まだ下草を美味しそうに食べている。


 俺が手にしていたライフルを構える。

 呼吸を整えて、ファインダーを覗く。


 バンッ。


 シカの胴体に命中する。

 そのままバタンとシカが倒れる。一発だった。

 一発でないと困る。単装式なので連射ができない。


「やったね!」


 エルナが俺をバシバシする。


「ああ、これで今日も帰れる」


 倒れているシカに近づいて、周りを確認してから収納する。

 アイテムボックスは便利だ。


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