第26話 奪還
「メイヴィス。墓地に何か用か?」
背後に降り立った俺がそう尋ねれば、彼は振り返り、眉をピクリと上げた。
「いきなり手紙で息子に呼び付けられてな。まさかお前もか?」
「どうやら、そういうことになるみたいだな」
手紙の差出人はマイセンだったようだ。俺に敵意を向けていることは知っていたが、それにしても誘拐までするとは……。
「アイツは魔王まで呼び付けたのか。それで、お前は呼び出された理由を知っているのか?」
「『プリセラを返して欲しくば墓地まで来い』だそうだ。メイヴィスまで呼び付けた理由は知らないが、大方ロクでもない用件だろうな。アイツはプリセラを誘拐する際に、すでにお前のところの衛兵を一人殺めてしまっている」
「あの娘を誘拐した上に身内殺しだと? それは本当……なのか?」
彼が俺の話を信じられないのも無理はない。誰だって自分の息子がそんなことするなんて思えないし、信じたくもないものだ。
だが、今のところ、それが真実以外の何物でもないのだ。
「俺は嘘は言わない」
「そうか……。アイツ、ついに超えちゃいけない一線を超えちまったのか……」
メイヴィスが頭に手をやり、首を横に降っている。顔には後悔が滲み出ていて、ほんの数秒しか経っていないのに、まるで一回り歳をとったかのように人相が変わってしまった。
「掛ける言葉もない……」
「いや、すまない。これは俺の責任だ。マイセンは気が弱いし、口では色々と言うが、そんな大それたことを仕出かせるなんて思っていなかったんだ。俺が、もっとアイツの話に耳を傾けてやっていれば、こんなことには……」
「ああ、俺もそう思う」
「ふっ……。お前もそう思うか。俺は父親失格だな」
「違う。そうではない。俺が同意したのは〝マイセンにそんな度胸はない〟という部分だ」
俺はメイヴィスと話しながらゴブリンの集落が襲撃された日のことを思い出していた。
あれは明らかに黒幕のいる事件だった。ただの勘だが、今回も同じ者が裏にいる気がするのだ。
「……何が言いたい?」
憔悴し切ったメイヴィスの顔がピシリと引き締まる。眼光は鋭く、もし息子を唆した者が存在しているのならば決して許さぬ、といった様子だ。
「つまり裏でマイセンを操っている奴がいるという話だ。何か心当たりはないか?」
「……そう言えば、見知らぬ男が手紙を渡しに来たらしい。見るからに不気味な男だったそうだ。たぶん、この辺りに住んでいるヤツではないな」
「少なくともマイセンは単独犯ではない、ということか」
「ソイツがマイセンをたぶらかしたワケか。許せんな……。だが、それを止められなかった自分はもっと許せん」
「そう、自分を責めるな。過去の過ちは消せないが、これ以上、過ちを犯さないようにすることは出来る。……行くぞ」
そう言って俺は歩き出した。
◇◆◇
途中でルドヴィカと合流し、墓地を進む。墓地というのは不思議なもので、気温が周りより低いわけでもないのに、ヒンヤリとした感覚を覚えてしまう。
「来てやったぞ。出てきたらどうだ?」
声を上げるも誰かが現れる気配はない。
焦らしているつもりなのだろうか? もしかしたらマイセンは自分に優位な状況を楽しんでいるのかもしれない。
「マイセン! いい加減にしないか! ツラを見せろ!」
堪らずメイヴィスが怒声を上げる。静まり返って墓地にその声がよく響いた。
「オヤジ。リリベットも連れてくるように伝えたはずだが?」
声を上げたことで隠遁の魔術効果が切れてしまったのか、マイセンが数メートル先に突然姿を現す。
彼の足元にはプリセラの姿。遠目からで判断は難しいが、彼女に外傷があるようには見えない。おそらく眠っているだけだろう。
「お前はいつから親に命令できるほど偉くなった?」
「命令したつもりはない。お願いしたたげだ。まぁ、連れて来なかったなら仕方ない。本当はリリベットにも魔王が俺に跪く姿を見せてやりたかったんだがな。オヤジは、たっぷりと見物していってくれ。そうすれば、如何にそいつが魔王に相応しくないかわかるはずだ」
メイヴィスをわざわざ呼び付けた理由は判明したが、予想以上に下らない動機だ。
こんな奴がメイヴィスの嫡男とは……。
「おい、貴様……。魔王様を侮辱するのも大概にしろ。処刑するぞ?」
「処刑? お前如きが俺をか? 笑わせるな。そうだ、お前は頭も性格も悪いが身体だけは良い。毎夜、俺を楽しませるのなら、側に置いてやってもいいぞ? 俺に付くなら今のうちだ」
「貴様……っ」
魔王軍副官であるルドヴィカを相手にして、こんな態度が取れるなんて、なるほど、マイセンはかなり増長しているらしい。
自信満々といった具合で、諸侯会議で会った時と顔つきも違う。
一方、ルドヴィカは怒りで爆発寸前の表情をしている。プリセラが人質になっているのに、今にも飛び出していきそうだ。
「少し落ち着け、ルドヴィカ。マイセンといったな? 話はそれだけか? だったら眠いから帰りたいんだが」
ルドヴィカを嗜め、マイセンに向き直る。ヤツが俺をギロリと睨みつけてきているのは、馬鹿にされたとでも思ったのだろう。
実際に煽っているので馬鹿にされたと思うのは間違いではない。
「余裕ぶっこきやがって! 魔王だからって調子に乗るなよ!」
「調子に乗っているのはお前だ」
単純なヤツはこれだから助かる。完全に俺の方に意識が向いてしまっていて、プリセラへの注意が消え失せている。
【
習得する前は、魔王にしては地味なスキルだと思っていたが、今では汎用性の高さに納得している。
空を自在に飛ぶことも出来るし、寝転がっているプリセラを思い切り空に飛ばすことも可能だ。
「あっ……」
俺のスキルで空にぶっ飛んでいくプリセラをマイセンが馬鹿みたいな顔で眺めている。何が起きたのか把握できていないのだろう。
そして、空から降ってきたプリセラを俺がガバリと抱きしめれば、短い空の旅から帰還してきた彼女が目を覚ました。
「……プリセラ、寝てましたか? おはようございます、マスター」
「ああ、おはよう、プリセラ」
「あれ? 衛兵さんは何処に行ってしまったのですか?」
眠らされる寸前まで一緒にいた衛兵のことが気になったようで、プリセラが墓地をクルクルと見回している。
……だが、彼はもうこの世にはいない。そして、それはプリセラが知る必要のないことだ。
「衛兵さんはお家に帰ったよ。たぶん彼は疲れてたんだ」
「そうだったのですね。プリセラについて来て貰って悪いことをしてしまいました」
「……良いんだよ。それが彼の仕事だ。さぁ、プリセラも早くお家に帰って眠りなさい。外で寝ると体調を悪くしてしまうよ? ドワーフさんには明日謝りにいこう」
「……わかりました。プリセラお家に帰って寝ます」
「そういうワケだから、ルドヴィカ。プリセラを家まで送り届けてくれ」
そう言ってプリセラを地面に下ろす。
「承知いたしました。ですが、魔王様……」
ルドヴィカがまるで言葉を選んでいるように言い淀んでいる。直情的な彼女にしては珍しい光景だ。
「なんだ?」
「あの男は私を言葉で辱めました。私は二度とあの男の顔を見たくありません」
つまり殺せということか? 彼女にしては遠回しな表現だが、親のメイヴィスが近くにいるから言い方に気を遣ったのだろう。
「お前の気持ちはわかったが、それを決めるのは俺じゃない。プリセラを連れて早くいけ」
彼女は頭を下げるとプリセラの手を引き、墓地から引き上げていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます