第27話 暴風雨

 背後から石が割れるような音が響いてくる。振り返れば、マイセンが手当たり次第に墓石を蹴り倒していた。


 まったく罰当たりなヤツだ……。


「人質を取り返されて苛立つ気持ちはわかる。だが、墓を壊すな。お前には死者への敬意がないのか?」


「俺は苛立ってなんかない!」


「それが苛立っていると言うんだ……。で、どうするんだ? にでも助けを求めてみるか?」


 プリセラを奪還した今となっては、もはやマイセンに用はない。

 早いところ、彼をそそのかした者に登場していただきたいところだ。

 もちろん裏でコソコソと動いているヤツが安易に姿を見せるとは思っていないが。


「俺に仲間なんていない! いるのは手下だけだ!」


「面倒なヤツだ。手下でも何でもいいが、今そいつは何処にいる?」


「そんなことお前に教える義理はないな」


「なら、教えたくしてやる」


 スキルを発動させようとしたところで、メイヴィスに肩を掴まれた、


「すまんが、俺にやらせてくれ。息子の不始末は親が片付けなきゃならん」


 きっとメイヴィスは息子を手に掛けるつもりなのだろう。

 覚悟を決めた表情をしてしまっていた。


「殺すなよ? 聞きたいことが、まだ残っている」


「ああ、わかった」


 メイヴィスとマイセンが向き合う。

 親と子の戦い。

 こうなったら俺の出る幕ではない。


「おいおい、なにを怖い顔してんだよ?」


「お前は外道に堕ちちまった。俺が終わらせてやる」


「外道? まさかウチに仕えてる兵士を殺しちまったことが不満なのか? それなら事情があるんだよ。殺す気なんてなかったのに、アイツが急に声を上げたから俺は仕方なく——」


「もう黙れ!」


 メイヴィスがピシャリと言い放ち、腰に下げていたレイピアを抜く。

 半身になって剣先をマイセンに向けた。

 マイセンもこれ以上の会話は無意味と悟ったのか、舌打ちを一つ。同じようにレイピアを構えた。

 互いに飛び出し、二、三、切先を交わす。


 瞬間、マイセンが放った風の魔術でメイヴィスの肩口が切り裂かれた。


 後退するメイヴィス。


「【鎌鼬ウィンドカッター】か。お前も器用になったもんだ。以前なら剣を振るうだけで必死だったというのに」


 おそらく飛行船の鎖も、あの魔術で切ったのだろう。それにしても低級の魔術でメイヴィスに傷を与えるとは、マイセンも中々の腕前だ。


 いや、やはり何者かに強化されているのか?


「オヤジが俺を褒めるなんて珍しいな。もしかして降参か?」


「降参するわけねえだろ、馬鹿息子が。少しは強くなったみたいだが、結局、お前は中身が伴っていない」


 メイヴィスの表情は真剣そのもの。

 一方、マイセンは笑っていた。

 数度、剣を交わして自分の優位に気が付いたのだろう。


「強さに中身も何もないだろ。まぁ、いいや。本気で来いよ、オヤジ」


「最初から本気だが?」


「……そうかよ」


 会話はそれきりで互いに踏み出す。


 だが、今回は剣が交わることはなく、マイセンの魔術がメイヴィスを襲っていた。

 メイヴィスは矢継ぎ早に繰り出される【鎌鼬ウィンドカッター】を躱すので精一杯のようだ。

 そして、次第に避け切れなくなり、裂傷を増やしていく。


「おいおい、嘘だろ……。オヤジってこんなに弱かったのか? いや、俺が強すぎるのか? なんだ、なら俺が魔王になればいいだけじゃないか。オヤジを魔王に、なんて計画していたのが馬鹿みたいだ」


 たしかにマイセンは強い。想像以上だ。

 低級魔術であれ程の威力を出せるのもそうだが、魔術の発動速度が異常に早い。

 ほぼ即時発動になっている。


「馬鹿だったことにやっと気づいてくれたか。ついでに言うと、お前如きが魔王になるってのも馬鹿みたいだぞ?」


「うるさいなぁ。もうお前死んでいいぞ? 用済みだ」


「まさか息子にそんなことを言われるとはな。笑えない話だ」


「もはやお前は親でもなんでもない。いいから黙って死ね」


 マイセンがブツブツと詠唱を始めると、墓地に巨大な魔法陣が描かれていく。

 それは緑色に輝き、月明かりだけの墓地に灯りを灯す。


 大魔法で格の違いを示そうというのか?


 わかってはいたが、すでにマイセンの心は堕ち切っている。

 己のことしか考えていない。

 たとえ実の親であっても、自分以外の存在はどうでも良いのだ。


 元来、そういう性質なのか、はたまた策謀者に踊らされているだけなのか?

 どちらにせよ、親に手を掛けるのであれば、もう元には戻れない。


 だが、メイヴィスとて黙ってやられる男ではない。


「中身がないと言うのはそういうところだ」


 詠唱の隙をつき、メイヴィスが一気に距離を詰める。

 遠方から魔術を操り攻撃できる魔術師ではあるが、詠唱は最大の隙を生む。

 だからこそ周りが、その隙をカバーしなくてはならないのだ。

 一体一で詠唱に時間の掛かる大魔法なぞ馬鹿のすること。


 ……のはずなのだが、メイヴィスの身体はまたも風の魔術で切り刻まれていた。


「なるほど、同時詠唱か。ゲームだと一度に一つの魔術しか行使できなかったが、現実ならいけるもんなんだな」


 マイセンは大魔法の詠唱を行いながら、低級の魔術の行使も同時に行なっているのだ。

 高度な技術に思える。少なくとも俺が見たことのない技術だ。


 おれは俺も出来るだろうか?

 いや、俺は無詠唱でスキルを発動できるのだから、する必要もないか。


 などと眺めていたら、ついにマイセンの大魔法が完成したようだ。


「消え失せろ。ついでに魔王! お前もな!」


暴風雨スーパーセル


 巨大な竜巻が墓石を巻き上げながらメイヴィスを飲み込もうとしていた。

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