第25話 害する者

 嫌な予感を覚えた俺は、ルドヴィカを連れてノルムの家へ向かった。何もなければ、それで良い。


 だが、俺の願いに反して、道の途中で見つかったのは衛兵の亡骸であった。


 亡骸の上には一通の手紙。


人造人間ホムンクルスを返して欲しくば、指定の位置に来いとのことです」


 ルドヴィカが手紙を俺に手渡す。そこには地図のようなものが描かれて、その一点に赤いバツのマークが付けられていた。


「ハーピー飛行船を襲った奴の仕業か? どうやら、よほど俺を怒らせたいらしい。ルドヴィカ、この場所はわかるな?」


「はい。おそらくあそこでしょう」


 彼女が指差した先に丘が見える。遠目から見るだけで、そこが墓地であるとわかった。


「墓地か。手紙の差出人は『ここにお前も埋めてやる』とでも言いたいワケか? ……ふざけやがって」


「如何なさいますか?」


「如何も何もない。プリセラを助けるだけだ」


 即座に【君主の咆哮】を発動。空から墓地の様子を眺める。手紙の差出人は見当たらない。隠遁の魔術で隠れているのだろう。


 一方、ルドヴィカはすごい速度で走って墓地に向かっている。


「ん? あれは……」


 そこで見知った人物を発見した。場所は墓地に繋がる道。

 俺は、彼の背後に音もなく降り立った。


◇◆◇


 魔王がドワーフの王国で救出劇を繰り広げている最中、プリセラは衛兵に守られながらノルムの家へと向かっていた。


「衛兵さん。ドワーフのおじさんはプリセラを許してくれるでしょうか?」


 先ほどからプリセラはそればかりを気にしていた。衛兵がこの質問を受けるのも三度目だ。


「事情は知りませんが、きっと許してくれますよ。わざわざ謝りに出向くんですから」


「そうでしょうか。とても怒っていたので許してくれないかもしれません……」


「大丈夫ですって。それにしてもプリセラ様は心の優しい方だ。ウチの娘にも少し見習わせたいですよ」


 この衛兵とプリセラの付き合いは、まだ四日と浅いが、彼はプリセラを気に入っていた。

 同じ年頃の娘を持つのが理由だが、生憎と彼の娘は反抗期というやつで、最近はロクに口も聞けていない。


「優しいのでしょうか? プリセラは魔王様に言われました。『悪いことをしたら謝らなければいけないよ』って。だからプリセラは謝るんです」


「そうですか。魔王様もよく出来た方ですね。メイヴィス様が信頼なさるのもわかる」


「魔王様はすごいです。優しくて強いです」


「羨ましい限りです。それに比べてマイセン様は……。どうにも思考が幼いと言いますか」


「マイセンさんはダメな方なんですか?」


「あっ、いえ、すみません……。プリセラ様に言うべき話ではありませんでした。忘れていただけると助——」


 その時、突然、彼は強烈な眠気に襲われた。抗えぬほどの眠気で地面にグタリと倒れ込む。


「衛兵さん? えいへ——」


 続いて、魔術に対する抵抗力の高いプリセラも眠気に襲われ、地に伏した。


「誰の思考が幼いって?」


 その場に現れたのはマイセンとローブの男。


 二人を眠らせたのはローブの男だ。


 彼らの目的は一つ。プリセラの誘拐。彼女を人質の取ろうというのだ。

 これは、ハーピー飛行船から落下する時に魔王がプリセラを庇っているのを見て、マイセンが思い付いた作戦だ。


「魔王なんかを褒めくさりやがって。俺の家に仕えてるのにコイツは何も見えちゃいない。まったく、どうしようもない男だ!」


 マイセンが大声を上げた瞬間、衛兵がウーンと寝言を漏らす。


 ビクリと震えるマイセン。


 あろうことか、驚いた彼は咄嗟に衛兵の背中に思い切り剣を突き立ててしまっていた。


「……殺す必要がありましたか?」


 ローブの男は腐り切っており、殺し自体に感情を動かすことはない。これは非難しているワケではなく、無意味に思える殺しの説明を求めているだけだ。

 しかし、非難されたと思ったマイセンは激昂し、男の胸ぐらを掴み上げた。


「う、うるさい! さっきコイツは魔王を誉めていた! なら俺に叛逆したも同じだ! コイツは裏切り者だ! 殺して何が悪い!?」


「失言にございました。申し訳ありません。ですが、騒ぐのはおやめになった方がよろしいかと」


 冷静に謝罪されてしまい、怒りの矛先を失ったマイセンは胸ぐらから手を離したが、突き飛ばすように手を離されたローブの男はフラフラとよろめいていた。


「わかっている。お前が変なことを聞いたのがいけないんだ。俺は悪くない」


「……全くその通りにございます。失礼しました」


「わかれば良い。とにかく、これで準備は整った。そうそう、ちゃんと手紙をオヤジに届けただろうな? オヤジも来なくちゃ始まらん」


 彼の用意した手紙は二通。一つは魔王宛、そして、もう一つは自らの父親宛だ。


 手紙には『リリベットを連れて墓地に来るように』とだけ書いてある。


「ええ。門番に手渡しましたので、おそらく届いているかと。ですが、よろしいので? メイヴィス様を呼びつけるまでは、まだ理解が及びますが、その娘まで呼ぶ必要はないのでは?」


「お前は愚かだな。まぁ、俺の計略を教えてやろう。馬鹿げた話だが、俺の妹は魔王に惚れてやがる。目の前でアイツの情けない姿を見せてやって目を覚まさせてやらねばならんのだ」


「はぁ……、なるほど。マイセン様も妹にはお優しいというワケですね?」


 あまりの下らなさに普段は平身低頭を心掛けているローブの男も息を漏らしてしまった。


「わからん奴だ。俺はアイツなんぞどうでも良い。だが、使い道はある。オヤジが魔王になったら竜族に嫁がせるのだ。そうなれば、頑なに魔王軍に参加せぬ奴らも俺の陣営に加わるはずだろう?」


 身内を嫁にやった態度で竜族が魔王軍に加わるのなら、すでに誰かが実行しているはずなのだが、浅はかな思考しか持たない彼はそれを理解できない。

 自分だからこそ思いつく計略だと考えているのだ。


「流石はマイセン様。深慮遠謀にございます」


 今度は自らの心のうちにある嘲りを外に出さぬよう、ローブの男が誉め称える。


「やっと理解したか。竜族が俺の配下に加われば、もはや怖いものなどない。人族もエルフもドワーフも世界の全てが俺のしもべになるのだ!」


 まるで願望の成就が間近であるかのようにマイセンが高笑いを上げる。

 そんな中、プリセラはスースーと寝息を立てていた。

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