第24話 娘は二度涙する
「ヴァルカン様。もう私はどうだって良いのです。娘を……。どうか娘を救ってください」
ミランダは絶賛勘違い中だ。俺をドワーフたちが信奉する神『ヴァルカン』だと思い込んでいる。
不気味な仮面だと思ったが、これはヴァルカン神を模して作られたものみたいだ。
「良かろう。詳しく話してみよ。娘がどうかしたのか?」
俺は神ではなく、むしろ、その正反対の魔王なのだが、彼女に話を合わせる。勘違いさせておいた方が早く済みそうだ。
「ドワーフの王が無理やり私の娘にまで手を出そうとしているのです。そして、本日が初夜。十五になったばかりなのに、ああ、なんて可哀想なリエール……。ヴァルカン様、どうか娘を救ってください」
ゲームで見た時も大概イヤなキャラであったが、なるほど、ガリガンテスという王は心底クズらしい。話を少し聞いただけで胸糞悪くなってくる。
「些細わかった。その娘はどこにいる?」
俺の問いかけにミランダは王城の最上階にある一室を指差した。
飛んでいける位置にあって非常に助かる。
「ここで待っておれ。私が救おう」
「ああ、ヴァルカン様。ありがとうございます。ありがとうございます!」
あまり大きな音を立てたくはなかったが、気付けば俺は、王のいる部屋の壁をぶち壊していた。部屋は半分ほど崩壊し、ベッドの上ではパンツ脱ぎかけのドワーフが口をあんぐりと開けている。
その隣にはドワーフの少女。まだ服を着ているところからして間に合ったようだ。
「ガリガンテス。……己を恥じよ」
「なんだ、貴様は?! 私はこの国の王、ガリガン——っ」
コイツの言葉など聞きたくもない。聞く価値もない。
俺は【
風の暴力によって勇猛を馳せたドワーフの王も成されるがまま。ただただ叩きつけられるのみ。
「よく聞け、ガリガンテス。正直に生きよ。だが、このヴァルカンは悪徳を許さん。殺しはならん。不貞も認めぬ。朗らかであれ。次は殺す。わかったか?」
「あばば……はがぁ」
「わかったかと私は聞いている。わかったのなら返事をしろ。承伏できぬと言うのなら、それも良かろう。首を横に振れ。私はお前の意思を尊重しよう。ただし、その瞬間、その首が地に落ちると知れ」
「は、はひぃ。わかりまひた!」
「わかったのならば良い」
首を縦にガクガクと振るガリガンテスの土手っ腹に足の爪先をグイとめり込ませれば、彼はグルりと白目を剥いてしまった。
泡を吹いて倒れる全裸の国王。
だが、コイツを手に掛けなかっただけ、今の俺は冷静だと言える。
「リエールだったか? 厄難は過ぎ去った。行くぞ。父と母がお前を待っている」
「お父さん……が?」
「ああ、お前の父が待っている。お前の父ノルムの愛が、このヴァルカンをこの場に呼び寄せたのだ」
俺の大仰にすぎる言葉を聞き、その瞬間まで呆然としていた少女がポロポロと涙を流し始める。心の中のものがブワりと溢れ出したように涙を流し続ける。
きっと今までツラかったのだろう。
父から引き離され、その怨敵に身体まで奪われようとした。その悲しみは想像するに余りある。
だが、いつまでも、その悲しみに寄り添っているワケにもいかない。外は大騒ぎになっていて、グズグズしているとドワーフ達に囲まれてしまいそうだ。
「さぁ早く行くぞ、両親のもとへ」
「貴方様はいったい?」
「先ほどからヴァルカンだと言っているだろうに。我は弱き者を救う神ヴァルカンである」
そう言って差し出した俺の手をドワーフの娘は強く握ったのだった。
◇◆◇
そのあと、ノルムの妻と娘を小脇に抱えて空を飛び転送陣まで来ると、彼女たちには目隠しをしてもらい、メイヴィスの領内まで戻ってきた。
俺は今、ルドヴィカに先ほどまでの一件を話しているところだ。
「それでは、魔王様は最後まで正体を明かさなかったのですか? 魔王様が妻たちを救出したと知れば、ノルムも喜んで魔王様の配下になりましょうに、何故ですか?」
「恩に着せるつもりはない。俺はただ、愛する者たちを切り裂いたガリガンテスを許せなかっただけなんだ。損得で動いたわけじゃない」
とどのつまり今回俺がやったことは、力ある者が力を振りかざしただけのこと。その矛先が悪であっただけだ。
涙を流しながら抱き合うノルムたちの間に割って入り『妻たちを救ってやったから俺の言うことを聞け』なんて言えるはずもない。
そんなやり方は、力で無理やり妻や娘を奪ったガリガンテスと大差ない。俺はそう思う。
彼らを救ったのはヴァルカン神。それで良いのだ。
「そうですか。なんとお優しい。魔王様の慈悲は大海すらも飲み込んでしまいそうです」
「優しいワケじゃない。甘い……、いや自分がやりたいようにしたいだけか? 結局、結界装置も他に当てをつけなきゃならないし、馬鹿なだけかもな」
「馬鹿などとは、とんでもない。……やはりノルムたちを集落に招致してみては? ノルムの奴も妻と娘が戻って少しは偏屈が薄れているでしょうし、交渉の仕方次第では頷くかと」
きっと魔王という存在は家族団欒の邪魔になる。ルドヴィカの意見も理解できるが、これ以上彼らが何かに囚われて生きるのを俺は見たくない。
彼らはそってしておいてやるのが一番だ。
「それはよしておこう。……そう言えば、プリセラは何処に行ったんだ? さっきから姿が見えないが」
ふとプリセラのことに意識が向く。いつもなら俺が帰ったと知れば、すぐにやってくるんだが……?
「すぐに呼んで参ります。お〜い、プリセラ。魔王様がお呼びだぞ〜」
ルドヴィカは声を上げながらプリセラの部屋に向かっていったが、すぐに引き返してきた。
プリセラは一緒にいない。
もしや寝てしまっていたのだろうか?
「魔王様。プリセラが部屋におりません」
「こんな時間に出掛けたのか? どこに?」
「わかりません。衛兵に聞いてみましょう」
彼女の言葉に従い、外を守っていた衛兵に尋ねてみたところ、プリセラは謝罪するためノルムの家に向かったという。
念のため衛兵が一人、彼女に同行したという話だが、俺は背筋に何かがのたくるような不気味な感触を覚えていたのだった。
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