第23話 ドワーフの神
魔王たちが帰ったあと、ドワーフのノルムはじっと写真を眺めていた。
「ミランダ……。ワシを許してくれ。ワシは逃げたんじゃ。怖くなって、どうしようもなくなって逃げたんじゃ。権力者に
目尻には涙を溜め、歯をグゥと食い縛る。程なくして彼は机の上に引き出しに写真立てを仕舞った。まるで全てを諦めるかのように。
◇◆◇
プリセラは表情こそあまり変化しないが、悲しんでいた。
ノルムに怒鳴られたからか。それとも彼の悲しみが伝播してしまったのか。
そのどちらにしても、俺のやることに変わりはない。
「で、ルドヴィカ。その情報は確かか?」
彼女が持ち帰った情報に俺は激怒していた。
情報が正しければ、ノルムが世を憂い、引きこもってしまったのにも合点がいく。権力者嫌いなのは、さもありなんだ。
「ええ。あのノルムという男は、あまり人付き合いをしてこなかったようですので調査に時間が掛かりましたが確実でしょう」
彼女が持ち帰った情報。それは、ドワーフの王であるガリガンテスがノルムの妻を略奪したというものだ。
ノルムの妻は若く美しかったという。ドワーフの王は再三に渡り彼女を譲渡するように彼に命令したらしいが、それを彼は頑なに断り続けた。
結果、逆上した王は妻を強奪し、彼自身にも危害を加えた。
こうして彼は、人族もドワーフも容易に近づけない魔族の領地まで逃げる羽目になってしまったのだ。
愛する者を強引に奪われるなど、彼の悔恨の念は察するに余りある。
「ドワーフの王……。たしかガリガンテスと言ったか? 許せないな。確かに略奪は強者の特権。世の理だ。それは俺も承知していたつもりだ。だが、どうやら俺は世の理を許容できないらしい」
それはきっとノルムの悲しみをこの目で見てしまったからだろう。見ず知らずの者の身に起きた出来事であれば、「それは可哀想に」で済ませたかもしれない。だが、俺はもう知ってしまった。
ならば、自分に出来ることをしなければならない。
「お心のままに……。略奪には略奪を。急ぎドワーフの国に攻め入る準備を始めます」
たしかにドワーフの王は卑劣な男だろう。だが、それをもってドワーフの国に戦争を仕掛けるわけにはいかない。
「その必要はない。『略奪には略奪を』って、ルドヴィカは俺の話を聞いていたか?」
「略奪は強者の特権であり、世の理だとおっしゃていませんでしたか?」
「俺は、それを許容しないと言ったんだ」
「……頭が沸騰しそうになりましたが、やっと理解しました。つまり、この世の理は魔王様ご自身だということですね?」
ルドヴィカは何を言ってるんだろうか? 疑問に思うが相手をしている暇はない。
「もうそれで良い。その仮面、借りていくぞ」
机の上にあった不気味な仮面を手に取る。なんとなくノルムに返しそびれていたものだ。
「いったい何処へ行くのですか? 私もお供いたします」
「俺一人で十分だ。お前はここに残れ。プリセラがノルムを傷つけたと思って悲しんでいるみたいだから、出来れば、元気付けてやって欲しい」
「ですが、魔王様——」
「『ですが』も『しかし』も許さん。これは命令だ」
これ以上、俺が何者かに襲われれば彼女の面目は丸潰れ。上からものを言うようで本当は命令なぞしたくないが、こうでも言わねば彼女は必ず俺についてくるだろう。
だが、ついてこられては困る。なぜなら、俺はこれから転送陣でドワーフの国に向かうからだ。
おそらく、この世界に転送陣の使い方を知っている者はいない。古代からある何に使うかわからない遺物。それが世の中の転送陣に対する認識なのだ。
例え、相手がルドヴィカであっても俺に与えられた武器を知られるワケにはいかない。
「……承知いたしました」
渋々といった感じで彼女は俺を見送ったのだった。
◇◆◇
闇夜に紛れ、俺はドワーフの王が住む城の真上を飛んでいた。念のため、すでに仮面も被っている。
「仮面を被るなんて久しぶりだな」
魔王になる前、
「時間は経っていなくても、周りや俺自身はかなり変わったからな」
変化の大きさが時間の長さを凌駕しているのだ。
今、空中を飛んでいることにしてもそうだ。昔ならこんなマネ不可能だった。
【
安定して宙を舞うため、結局スキルLvを5まで引き上げることになった。
だが、スキルポイントたったの5で空を飛べるのなら安いものだ。
「さて、ノルムの妻はミランダだったか? 簡単に見つかると良いんだがな」
山岳地帯に作られたドワーフの王城は複雑な造りをしており、俺の記憶によれば内部も迷路のようになっていたはずだ。
もしミランダというドワーフが城内の奥深くに囚われているのなら探し出すのは困難を極めるだろう。
と思ったのだが、ことの他すぐにお目当ての女性は見つかった。
ベランダでシクシクと泣いている女性が目に入る。歳は少し違うが、写真で見た姿によく似ている。おそらく彼女がミランダだろう。
「君がミランダか?」
「ひっぃ!」
ビックリさせないよう静かに近づいて声を掛けたのだが、彼女は驚きに目を見開いて後退りしてしまっていた。
宙に浮いているのが、よくなかったのか?
それとも仮面をつけているのが、よくなかったんだろうか?
「怪しい者じゃない。君がミランダか?」
「い、いったいどうやってここへ……」
どうやってと聞かれても……飛んできたワケだし、空からか?
そう思い、取り敢えず頭上を指差してみる。
言っておくが、怪しさ満点なのは自覚している。空からやってきた宙に浮く仮面の男なんてほぼほぼ不審者だ。
ないしは——。
「か、神様! ああ、そのお姿は紛れもなくヴァルカン様! 哀れな私のもとにお姿をお見せになってくれたのですね」
——神の化身か何かだろう。
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