第22話 二つの願い

 翌日、メイヴィスに用意して貰った家で、俺はルドヴィカと今後の方針を話し合っていた。


 結界技師のノムルは偏屈者だ。だが、その偏屈には、きっと事情がある。

 根っからの権力者嫌いなら、そもそも王国に仕えたりはしなかったはずだ。


「ルドヴィカはノムルの事情を探ってくれ。そこに解決の糸口があるかもしれない」


「回りくどいことをせずとも力でねじ伏せてしまえばよろしいのでは?」


 ルドヴィカはこれだから困る。なんでも力で解決しようとしてしまうのだ。だが、脳筋の彼女らしいとも言える。


「俺の目的は何だ?」


「それはもちろん集落の安全を確保するため、あのドワーフに結界装置を作らせることです」


「力で抑えつければ必ず反作用が起きる。それは敵意だ。敵意を持つ者が作った装置にお前は安心できるか? それは正常に作動するか? もしノルムが裏切ったら? 無理やり作らせてどうするんだ」


「それは……。その通りにございます。無知な私をお許しください」


「よい。お前はお前の意見を言ったまでだ。気にするな」


「有難きお言葉。それと昨日、魔王様を襲った犯人ですが……」


 ルドヴィカに言われ、昨日の落下劇を思い出す。

 あれは、かなり遠方からの攻撃だった。思うに術者は相当の手練れだ。そんな奴が容易く尻尾を見せるとは思えない。

 そして、メイヴィスが事件捜査のために動いている。俺たちが動く優先順位は低い。


「それは後回しでいい。その件はメイヴィスが探るはずだ」


 今の俺はメイヴィスの衛兵にガッチリ守られてしまっている。襲撃者がよほどの自信家か、馬鹿でなければ、襲ってはこれまい。


「メイヴィス殿が、ですか……」


 ふと彼女がメイヴィスという単語に反応を示す。訝しんでいる、といった様子だ。


「何かあるのか?」


「いえ……。思い出したのですが、確か子息のマイセンが風の魔術を得意としておりまして」


「マイセンか。そう言えば、俺に敵愾心を持っていたな」


 マイセンと言えば、諸侯会議のおり、俺を蹴落とすだの何だの叫んでいた男だ。メイヴィスには俺たちが向かってあることを伝えていたから、息子である彼もそれを知っていたはず。


 確かに俺を襲う動機も手段もある。


「ええ。ですが、奴に遠方から攻撃するほどの腕はありません。あのようなマネ不可能にでしょう」


 どうやら手段の方はなかったようだ。


「能ある鷹は爪を隠すという諺もある。マイセンは腐ってもメイヴィスの子だ。警戒だけはするように」


 マイセンが襲撃者でなかったとしても、用心に越したことはない。どの道、アイツも俺と敵対しているのだから。


「承知しました。で、魔王様は如何なされるのですか?」


「俺はノルムと話してくる。とにかく頼んでみるしかないだろう」


「では、私は早速ノルムの情報収集に参りたいと思います」


「ああ、よろしく頼む」


 そして、その三日後。


 四度目の訪問にして、やっと俺は室内に通されていた。頑固なドワーフも俺のしつこさに根負けしたワケだ。


「勘違いするな? お前を家に入れたのはキッパリと断るためじゃ。何度、来ても俺は依頼を受けたりせん。特にお前みたいな権力者の依頼は、な」


「何故そんなに権力者を嫌う? もちろん俺だって権力を笠に着る奴は嫌いだが」


「魔王が何を言うか。お前は権力者の権化じゃろうがっ!」


「返す言葉もないな。だが、俺を魔王ではなく一人の男として見て欲しい。俺はただの依頼人だ」


「依頼人か。いいじゃろう、お前を依頼人として見てやる。答えはこうじゃ。断る!」


「ノルムが必要なものは用意する。お前の力を借りたいんだ」


「聞こえんかったか? 断る!」


「何が必要だ? 名誉か? 金か? それとも俺の誠意か? 誠意だけなら俺は誰にも負けんが」


「お前の誠意なんていらーん! いい加減しつこい! 断ると言っておるじゃろうがーっ!」


 プリセラが室内を掃除する中、交渉は平行線を辿っていた。


 プリセラが掃除しているのは彼女の趣味だ。


 俺が指示したワケではなく、「プリセラ、片付けるです」と言って勝手に掃除を始めてしまったのだ。ノムルの方も「勝手に触るな」と初めは怒っていたが、彼女が「片付けるです」の一点張りで、結局、彼女のするがままになっている。


 偏屈者のドワーフも幼い少女には強く出れないと見える。


「平行線だな。どうしたものか」


「平行線じゃないわい。さっきからワシは断ると言っておる。ただの破談じゃ!」


「そういう見方もあるかもな」


「お前は何なんじゃ……」


「魔王だな。魔王だから仲間たちを守る義務がある。ゴブリンやオークたちは弱い。それにプリセラも強くはない。俺が不在の時、力のあるものに蹂躙される危険性がある。俺はそれを望まない。だから、お前の結界技師としての腕が必要なんだ。皆を守るために、な」


 本心を言えば、魔王軍がどうなろうと俺の知るところではない。だが、俺を慕ってくれる奴らは違う。守る力を得たなら守りたい。


 それが今の俺の願いだ。


 この願いは、人族にとっては良くない結果に繋がるのかもしれない。

 もし彼らの集落を人族が襲ったのなら、俺は必ず対抗する。

 もし俺が不在の時にそれが起きたなら、絶対に報復する。

 確実に自分と同じ種族である人族を殺めてしまうことになるだろう。


「守るためか……。お前の言い分はわかった。じゃがな、ワシは——触るな、小娘!!」


 話の途中、ノルムが大声を上げ、立ち上がる。

 プリセラを見れば、彼女が棚の上に伏せられていた写真立てのようなものを持ち上げようとしていた。


「プリセラは、いけないことをしてしまいましたか?」


「黙れ、小娘! それに触るな! 返せ!」


 ノルムが写真立てをひったくる。


 一瞬だけ見えたその写真には彼とドワーフの女性が写っていた。


 笑い合い、親しげに肩を組んでいたところを見るに、あのドワーフは彼の妻だろうか?


「帰ってくれ。もう帰ってくれ。……頼むから」


 偏屈者のドワーフに今までの威勢はない。


 今日はこれまでだろう……。


「邪魔をした。プリセラ、帰るぞ」


「でも、マスター……。ドワーフさん、ゴメンなさい。たぶんプリセラはいけないことをしました。ゴメンなさい」


「行くよ? プリセラ」


 俺に引っ張られながらも家を出るその瞬間まで、プリセラは悲しそうな顔で俯いたドワーフに謝罪し続けていた。

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