第21話 婚約者

 状況的にメイヴィスとは似ても似つかない、この少女が彼の娘なのだろう。

 先ほどの「お久しぶりです」という発言から俺と彼女が顔見知りであることもわかる。


 だが、いかんせん俺は彼女を知らない。旧魔王が彼女にどのような接し方をしていたのか不明だ。


 俺に抱きついてきているくらいだし、フランクに挨拶を返してもいいのか?


 彼女に抱きつかれたまま、どう反応するべきか思案していたら、ふいにメイヴィスが大きく笑った。


「リリベット〜。お前、魔王に忘れられちまってるみたいだぞ?」


「そんな……。私をお忘れになってしまったのですか? 私を妃に迎入れると約束してくれたではないですかっ!」


 驚愕の事実。魔王には婚約者が居た!


 初耳ではあるが、よく考えてみれば、旧魔王は人族で言うところの王族や貴族に類する存在なワケだから婚約者くらい居てもおかしくはない。むしろ、居て当然だ。


「それはだな……」


「ヒドいです! 本当にお忘れになってしまったんですかっ!? 二人で未来を語り合った、あの日のことを!」


「……忘れたというか」


「私は毎夜毎夜あの日のことを思い出していたというのに……」


「……いや」


 このままでは押し切られて知らない娘が嫁入りにきてしまう。可哀想だが、ここはキッパリと彼女の求愛を断るしかない。


 そもそも彼女と恋仲だったのは旧魔王。俺が彼女を嫁に迎えたら、すなわち、それは寝取りとなる。


 そんな不道徳なマネが許されるわけがない。


 たとえ、寝取らなければ死ぬとしても、俺は寝取りなんてしない。誰かを寝取るくらいなら潔く死を選ぼう。


 とは言え、相手がメイヴィスの娘となると政略結婚の向きもあるはずで、出鱈目な理由をつけて断るわけにもいかない。


「リリベット。君の気持ちは嬉しいんだが、俺にも色々と事情があってだな……」


 話しながらも、どうするべきか熟考し、ことを穏便に済ますための手段を頭の中で幾つか用意していく。


 だが、頭でカロリーを消費させる必要など最初から俺にはなかったのだ。

 次に発せられたメイヴィスの言葉で、俺はそれを知る。


「おい、リリベット。いい加減にしねえか。あんまり魔王を困らせるな。約束ったって、お前がヨチヨチ歩きの頃の話だろ? ガキとのママゴトなんて魔王は覚えちゃいねえよ」


「えへっ。久しぶりにお会いできて、ついつい調子に乗ってしまいました。ごめんなさい、魔王様」


 全て徒労。旧魔王も隅に置けないな、などと思ったが、単にリリベットがふざけていただけのようだ。

 まさか旧魔王の方もヨチヨチ歩きの彼女に恋心を抱いたりはしていないだろう。


 真面目に考えて損したな……。


「ウチのバカ娘がすまねえな。だが、大きくなって驚いただろ? たしかリリベットと会うのは十年振りになるか?」


 十年振りか……。それだけ間が空いているのなら、リリベットへの接し方もメイヴィスと同じで問題ないだろう、


「もうそんなに時が過ぎたか。見違えるほど美しくなったな、リリベット。正直に言うと実は一瞬、誰かわからなかったくらいだ」


「美しいだなんて、魔王様ったら、そんな本当のこと……」


「煽てるのはやめておけ。すぐにコイツは図に乗るからな」


「みたいだな」


 赤らめた頬を両手でサンドウィッチして照れる乙女を眺めながら俺はメイヴィスの言葉に同意したのだった。


◇◆◇


 なるほど、メイヴィスの言う通り、ノルムという名の結界技師は偏屈者であった。

 案内人に連れられ、彼の家に着いてから三十分、家の外から彼の名を呼び、ドアをノックし続けても一向に出てくる気配がない。時折、家の中から音はするので居留守だろう。


「出てこないな……。こうなったらドアを破壊して突入するか? なんてな」


「承知しました」


 冗談で言ったのに、あろうことか、ルドヴィカが真に受けてドアを思い切り蹴り飛ばす。


 俺の目の前で家の中にぶっ飛でいくドア。


 当然、中からドワーフの男が怒髪天の様子でドタドタと走ってきた。


「なんじゃ、貴様らはーっ! 死ねーっ!」


 やってきたドワーフはルドヴィカ並みに短気だった。奇声を上げて、ハンマーやら、仮面やら、そこらにあるものを手当たり次第に俺たちに向かって投げ付けくる。


 相当お怒りの様子だが、ドアを破壊されたんだから当たり前か……?


「ルドヴィカ。どうするんだ? これじゃ話すら出来ないぞ」


「お任せください」


 いや、任せたくない。そう思ったのだが、時すでに遅く、彼女が胸元から拳銃を取り出して上空に向け発砲。パンパンパンと乾いた音がメイヴィス領地に木霊した。


「静まれ、ドワーフ! 魔王様の御前だ!」


 果たしてドワーフのノルムは動きを止めてくれた。だが、心象は最悪だ。ノルムがメッチャ怖い顔で俺を睨みつけてきている。


「魔王じゃと? ……そんなの知ったことか。帰れ! ワシは権力者が大嫌いなんじゃ!」


 俺もノルムの言葉に概ね同意ではある。権力を笠に着て、好き放題する奴は俺も好きではない。彼が嫌っているのは、そういう奴だろう。


「少し落ち着いてくれ。俺は魔王として会いに来たわけじゃない。今日は俺一個人として依頼を持ってきたんだ。俺の立場は忘れてくれないか?」


「黙れ! そうやって取り入ってワシに何をするつもりじゃ!? 次は何を奪う? 命か? いいじゃろう、殺すなら殺せー!」


 過去、彼の身に何が起きたのか知らないが、取り付く島もないとは、このこと。どうにも今日は引き下がるしかなさそうだ。


「ノルム。俺が大切に思う者たちを守るために君の力を貸して欲しい。……今日は帰るが、また明日来る。何度でも来る」


 そう言って俺はドアの修理代を目に付いた棚の上に置き、その場を後にした。


「これでよろしかったのですか?」


 後ろを歩くルドヴィカは不満げだ。俺に対してではなく、おそらくドワーフに対して不満を抱いているのだろう。


「これで良い。交渉は粘りだ。忍耐だ。ウィンウィンじゃなきゃならない」


 前世の記憶を思い出しながら、そう言って振り返ると、ふと彼女の腰元にぶら下げている剣が目に入った。


 その剣には更に不気味な仮面がぶら下がっている。おそらく、先ほどノルムが投げ付けてきた仮面が良い感じに剣に引っかかったんだろう。


「お前の剣に変なものがぶら下がってるぞ?」


「ん? これは何の面でしょうか? 少し気持ちが悪い造形ですね」


「面っていうのは宗教儀式に使うものも多いからな。大方そういう類の品だろう」


「そういうものですか。やはり魔王様は博識でおられる」


「博識じゃない。これは常識の範疇だ」


 話しながらメイヴィスが俺たちに用意してくれた家へと向かう。

 こうして、俺の三顧の礼もどきが始まったのだった。

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