第11話 ハロー。ヘイロー。

 長老ゴブリンが俺の提案を受け入れ、本題の半分が片付いた。あとは……。


「ルドヴィカ。オークたちを呼んできてくれないか?」


 ルドヴィカに指示を出しながら、会場の端っこで居心地悪そうにしていたオークたちを指差す。

 集落を襲った張本人たちが宴に参加しているのは変な話かもしれないが、彼らをこの場に招いたのは俺だ。


「やはり処刑ですか? でしたら、魔王様の手を煩わさるまでもありません。サクッと私が処刑してきます」


「違うって。いいから連れてきてくれ」


 そうして、ルドヴィカが連れてきたオークたちが俺の前に座る。

 ルドヴィカが余計なことでも言ったのか、オークたちは皆、観念したような顔をしていた。


「ルドヴィカ。すまんが、今から言うことを翻訳してくれ。……お前たちも集落の開拓を手伝ってくれないか? だが、無理に俺に従えとは言わない。……俺はお前らの王を倒したかたきだしな。自分の居場所に戻りたいヤツは戻れ。好きにしろ」


 彼女が俺の言葉をオーク語で伝えれば、彼らが互いの顔を見合わせる。そして、彼らの暫定リーダーと思しき者が立ち上がり、歩み出た。


 彼らを放置すれば、また同じ事件が起きる可能性もある。出来れば俺の目の届くところに置いておきたいのだが。


「ブヒヒっ(まずは、魔王様の寛大なる御慈悲と、このような場にお招きいただいたことに感謝を申し上げます)」


 深くこうべを垂れるオークに合わせ、俺も軽く頭を下げる。

 隣でルドヴィカが通訳してくれているため、彼の言っていることはわかっている。


 見た目の野蛮さとは裏腹に礼儀正しいヤツだ。


「ブヒゴゴ(さて、先ほど問いに対する回答ですが、我らオークの掟では、王を倒した者が次の王。掟に従えば、魔王様こそが我らの王であります」


 そこでオークは一度言葉を切り、グイっと俺の方に一歩進んでから、こう言い切った。


「ブヒー! (ですが、掟など関係ない! 私は、自らに刃を向けた者すら赦す魔王様のその寛大さに心を打たれました! そして、あの強き王を一撃で屠ったその強さに心酔いたしました! 是非に私を、いや私たちを魔王様の子分にしていただきたい!)」


 他のオークたちもこのオークリーダーと同じ意見のようで俺を真っ直ぐに見つめ、コクコクと頷いている。


「それは、魔王軍ではなく俺個人につく、ということか?」


 そうであれば俺の望むところではある。


「バビブ(魔王軍には、これまで通り恭順いたします。ですが、我らの真の主人は魔王様、貴方様です! 何卒、我々を子分に!)」


「……お前たちの好きにしたら良い」


「ブヒバ(寛大なお言葉、感激の極み! では、その労役も謹んでお引き受けいたします。また、それを以ってゴブリンたちへの償いといたしましょうぞ)」


「引き受けてくれて嬉しいよ。これから頼む」

 

 オークが一斉に平伏する。これで本題は全て片が付いた。


 あとは宴を楽しむだけなんだが……。


「ごぶーごぶ(おい、そこのメスゴブリン。さっきから魔王様の太ももに触れているが、もしかして手を切り落とされたいのか?)」


 ルドヴィカが俺の両脇に座っているメスゴブたちに何か言っている。


「なぁ、ルドヴィカ。今、彼女たちに何て言ったんだ? まさか『殺すぞ』とか言ってないよな?」


「殺すぞ、とは言っておりません」


「なら良いんだけど、本当?」


「本当です」


 だったら、なんでメスゴブたちは手をガダガダと震わせているんだろうか?


 俺には彼女たちが怖がっているように見えるんだが……。

 どうせルドヴィカが物騒なことを言って彼女たちをビビらせたんだろう。


 仕方ない……。俺が安心させてやるか。


「ごぶごぶ(お前たち、今晩どうだ?)」


「ゴ、ゴブゥ……(ま、魔王様がお望みでしたら……)」


 ちゃんと笑顔でゴブゴブ言ってみたんだが、何故か余計に彼女たちは震え出してしまった。


 残念ながら、いい加減なゴブリン語では彼女たちに俺の気持ちは伝わらなかったみたいだ。


 一度ルドヴィカに簡単にでも言語を教わっておいた方が良さそうである。


◇◆◇


「真理が私にそう呟いたのだ」


 雷鳴が轟く嵐の中、男はフラフラとした足取りで目的地に向かっていた。

 身体はガリガリにやせ細っており、まるで肉が全てこそが落ちているようだ。


 それもそのはず彼はリッチ。

 妄執により死してなお魂が体を離れず、アンデッドと化した亡者の末路。


「違う。そうではない。私は試練を与える者。殺そうと言うわけではないのだ」


 誰にでもなく彼は答える。つまりは独り言。


「いや、死んでしまうのならそれまでか。それは天の意志。私は天に楽しんでいただければ、それで満ち足りる。……ああ、やっと辿り着いたか。この身体は軟弱でいけない。身体は新しくできないのか?」


 ツタだらけの大きな屋敷を前にして彼は振り返る。そこには、やはり誰もいなかった。

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