第12話 ホムンクルスのプリセラ

 ゴブリンの集落を救ってから数日後、俺は魔道生物研究所なる場所に来ていた。魔王城から北に向い数百キロと遠方にあるのだが、もしやと思い魔王城の南にある転送陣に触れてみれば、簡単に起動し、近くまでワープすることが出来た。


 何でも試してみるもんだ。


「魔王になる前は触れても何も起こらなかったんだけどなぁ……」


 そうなると俺はモブからプレイヤブルキャラにでも昇格したんだろうか?

 いや、どう考えても魔王はプレイヤー側ではない。むしろ、どストライクに敵陣営だ。


 色々と疑問に思うところだが、その問題は一旦脇に置いておいて、研究所の奥へと進もう。


 俺がこの場所に来た目的は一つ。ゴブリン集落襲撃事件のおり、オークたちの身に起きていた異変の調査だ。あの時、彼らは傍目から見ても異常な状態だった。しかも、彼らにはその時の記憶が無いときている。


 どう考えてもアレは人為的な事件。何者かが裏に存在しているはず。

 ひょっとすると旧魔王襲撃事件にも繋がっているかもしれない。


「これはこれは魔王様。このような場所まで、ようこそお越しくださいました」


 研究所の奥へ来るとローブを目深に被り顔を隠した翁に声を掛けられた。やはり、この男も俺を魔王と認識しているらしい。

 こうなると、少なくとも旧魔王と会ったことのある者たちは皆、俺を魔王と認識していると考えて間違いないだろう。


「……グンターか。視察に来てやったぞ」


 俺が少し横柄な感じを出しているのは、先日アラベラタに助言を受けたからだ。

 彼曰く、もう少し威厳を出して欲しいとのこと。

 俺としてはフランクな方が良いと思うのだが、部下からすると上司が周りにナメられてしまうのではないかと気が気でないらしい。


「それはそれは。どうぞご自由にご覧になってくださいませ」


 恭しく頭を下げているこの男がグンター。研究所の所長であり、ゲームにおいてはプレイヤーたちが何度となく対峙することになる敵の一人だ。


 〝人造人間ホムンクルスたちをけしかけて自分だけサッサと逃げる〟という非常に陰湿な性格のため、プレイヤーたちの間では、かなり嫌われていた。


 実際、俺も幾度となくムカついたもんだ。


「研究の調子はどうだ?」


 バスタブのような入れ物を覗きながら、それとなく世間話に突入する。

 入れ物の中では人造人間ホムンクルスが青い溶液に浸かっていて、見ようによっては入浴剤を入れた風呂に潜水しているようでもあった。


「変わりはありません。全てが順調です」


「そうか。……少し尋ねたいことがあるのだが良いか?」


「何なりと」


 彼自身があまり信用できるタイプの魔族ではないため遠回りに尋ねようと思ったが、単刀直入に尋ねてしまった方が良いだろう。なにぶん俺は駆け引きが苦手だ。


「実は先日事件があってな。他者を意のままに操る、もしくは、相手を狂わせ凶暴にするような方法をお前は知っているか?」


 俺の問いにグンターの動きが止まる。みじろぎ一つとしてしない。


 怪しい男だと思っていたが、やはり何か知っているのか?


「……これは魔王様のお耳まで伝わっていない話だと思うのですが」


 そう切り出し、彼は語り出した。


 彼が言うことには以前この研究所である研究が行われていたという。


 その研究内容は魔物の強化。


 薬物投与と魔術によって強化が行われたらしいが、結局、幾度実験しても被験者が死亡してしまい実験は失敗、研究責任者も謎の変死を遂げ、研究自体も事態を知ったアラベラタが中止させたそうだ。


「アラベラタは全て知っていたワケか」


「アラベラタ様は魔王様のお耳に入れるべき事案ではないと言っておりました。残酷な実験ですので魔王様がお心を痛めると思ったのに違いありません」


 それはどうだろうか? アラベラタが心中で何を考えているのか未だ判然としない。


 この男もそうだが、あの吸血鬼の王もまた軽々しく信用することなど出来ないのだ。


 などと考えながら歩いていたら、他のものより二回りほど小さい、子どものような人造人間がふと目に入った。


「これは随分と小さいな」


「も、申し訳ありません。魔王様の目にこのような失敗作を。すぐに破棄いたします」


「やめておけ」


「ですが……」


「捨てるのなら俺が貰い受けよう」


「いえ。このような失敗作を魔王様に献上するわけには参りません」


「構わん。これが欲しい」


「………」


「これが欲しい」


 断っておくが、俺はロリコンではない。


 俺がこの個体に固執したのには理由がある。


 溶液に浸かった少女の名はプリセラ。ゲームのシナリオ通りならば、人造人間でありながら王国に味方し、ゲストキャラとしてプレイヤーとともに戦う存在。


 そして、最後は儚く散る……。魔族も人も同様に全てを恨みながら……。


 おそらく廃棄された少女は何らかの方法で生き延び、その後、憎しみの塊となるのだろう。


 これは、ただの自己満足だが、出来れば、そうならないようにしたい。

 少女が王国に味方しなかった場合、世界のシナリオにどのような影響を及ぼすのか、という点にも興味はある。


「わかりました。魔王様がそこまでおっしゃるのでしたら献上いたします」


「恩に着る」


「有難きお言葉。では、私は起動の準備に取り掛かりたいと思います。そうですね、七日、いえ、五日ほどお待ちください。用意が出来次第、半人半鳥ハーピィにでも送り届けさせますので」


「ああ、頼んだぞ。それから先ほどの実験の話だが、報告書のようなものがあれば城まで送ってくれ」


「承知しました。この人造人間とともにお送りいたします」


 用件は済んだ。帰ろうと思い、踵を返したところで、後ろからグンターに呼び止められてしまった。


「魔王様。あの件のこと、よろしくお願いしますよ?」


「……あの件?」


「まさか魔王様……。忘れたなどとは言わせませんよ?」


 ローブの奥からグンターの瞳がギラリと光る。その瞳は有無を言わせぬ輝きを放っていた。


「あ……ああ、わかっている」


 どう答えるべきか悩んだ末、俺が了解の意を伝えると、彼が再び恭しく頭を下げた。


 『あの件』とやらも後でさぐらねば。


 また余計な心配事が一つ増えてしまった。


 ……そして、約束通り五日後。


「よろ……よろ……しく……お願……いしま、ま、魔王さ、さ、さま」


 魔王城にやって来たプリセラがたどたどしく言葉を紡いでいる。

 彼女がメイド服を着ているのは誰の趣味だろうか?

 怪訝に思うが、銀髪に青い眼を持つ彼女には良く似合っている。


「ああ、よろしく。プリセラ」

「プリ……セラ?」

「君の名前だよ。今日から君はプリセラだ」

「お名前、あり、あり……がとうござい……ます」


 そう言ったきり、プリセラは表情なく立ち尽くす。


 そんな彼女が、ゲームの中で死の間際に憎しみの言葉を叫んだ少女と同一とは俺には到底思えなかった……。

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